第11話【王の崩御】
「裁きを受けよ!!」
蛇の頭があしらわれた杖を振り上げ、アスダッド王と自ら名乗った王様は杖の先端で床を叩く。
次の瞬間、フェイたちが立つ不思議な古代文字がビッシリと隙間なく刻み込まれた床が波打った。
盛大に打ち上げられて空中を無様に舞うフェイは、情けなく悲鳴を上げてしまう。ちょっと心の準備が出来ていなかった。
「わわわわわわわあああああッ!?!!」
慌てて空中で器用に体勢を立て直し、難なく床に降り立つ。ジーンと足の裏から鈍い痛みが伝わってきたが、その程度なら我慢できる。
一方でご主人様のユーリと元仕事仲間であるルーシーもまた難なく床に着地し、二人揃って銃火器をアスダッド王に突きつける。
金銭さえ払えばどんな願いも叶えるユーリの【強欲の罪】とあらゆるものを有機物・無機物問わず食べることが出来るルーシーの【暴食の罪】という反則的なスキルがあれば、アスダッド王など一瞬で終わる。そのまま引き金を引けば討伐される。
だが、アスダッド王がそんな簡単に得られる勝利を許さなかった。銀色と紫色の散弾銃を構える二人の探索者を睨みつけ、
「壁よ!!」
蛇の頭があしらわれた杖を横に薙ぐ。
すると、その動きに合わせて古代文字が刻み込まれた壁の一部が飛び出してくる。
壁が狙ったのは、紫色の散弾銃を構えるルーシーである。トロンと垂れ気味な赤い瞳を驚愕で見開き、すぐさま狙いを自分に襲いかかってくる壁に移した。
「食べちゃおー」
ルーシーの身体に壁が触れるより先に、彼女のスキルが発動する。
石柱のように伸びてきた壁の一部はルーシーのスキルによって無惨に食い千切られ、パラパラと砂粒が舞う。食い残された壁の一部は崩れ落ちて瓦礫の山と化した。
アスダッド王は「なかなかやるではないか」と薄く笑い、
「それならこれでどうだ?」
アスダッド王が二度ほど杖で床を叩くと、崩れた壁の一部が再構築されて巨大な手のひらを作り出す。
手のひらの中央にはギョロギョロと忙しなく蠢く眼球が埋め込まれ、標的であるユーリとフェイ、ルーシーの姿を認めると音もなく眇められた。まるで笑っているようだ。
人差し指と中指を使って器用に立ち上がると、二本の指をさながら足の如く動かして巨大な手のひらが迫ってきた。
「ぎゃーッ!? 気持ち悪い!?」
フェイは思わず悲鳴を上げて、人差し指と中指でザカザカザカザカ!! と気持ち悪い移動をしてくる巨大な手のひらから逃げ回る。
伊達に長いこと魔物を相手に囮の役目を負っていないので、逃げ足には自信があった。巨大な手のひらはぎゃーぎゃーと悲鳴を上げながら逃げ回るフェイに標的を集中させ、二本の指でこれまた器用に歩きながら追いかける。
アスダッド王も無様に逃げ回るフェイに狙いを定め、杖で床から柱を勢いよく生やしながら戦う術を持たない奴隷を先に仕留めようと目論む。本当にどうなっているのだろう、彼の杖は。
「本当に勘弁してよぉ!! 何で手のひらが追いかけてくるんだよぉ!!」
「不満なら二つに増やそうか」
「増やしてんじゃねーッ!!」
フェイの反応を面白がったアスダッド王が、巨大な手のひらを二つに増やしてきた。人差し指と中指を上手に使ってフェイを追いかけ回す手のひらの、何と恐ろしいことか。悪夢に出てきそうだ。
半泣きで手のひらから逃げ回るフェイは、ギョロギョロと忙しなく目玉を動かす巨大な手のひらを相手にスキル【鑑定眼】を発動。そこまで値段は高くないが、安くもない中途半端な価値が算出される。
スキルによって読み取った手のひらの値段を、価値あるものを重要視するご主人様へ伝える為にフェイは声を張り上げた。
「マスター!!」
銀色の散弾銃を構えてアスダッド王を睨みつけていたユーリが、フェイへ赤い瞳を投げかける。
「一万二〇五〇ディール!!」
「でかしたよ、フェイ」
ユーリは銀色の散弾銃を、巨大な手のひらの怪物に向ける。
「食らえ、シルヴァーナ!!」
銀色の散弾銃が縦に割れ、さながら生物の口のように広がる。そこから風が吹いて、見上げるほど巨大な手のひらを吸い込んだ。
フェイが算定した巨大手のひらの価値は、一体につき一万二〇五〇ディールである。それが二体なので二万四一〇〇ディールとなる。やはり中途半端な値段だ。
少ないけどないよりはマシと言える値段が貯蓄された銀色の散弾銃を揺らし、ユーリは疲れて膝をつくフェイの頭を撫でた。
「よくやったよ、フェイ」
「お、お褒めいただき光栄です……」
顎を伝い落ちる汗を拭うフェイだが、正直なところもう囮は出来ない予感があった。体力がいくらあっても足りない。
アスダッド王は「どうした?」とつまらなさそうに唇を尖らせる。
どうやらあの暴虐無知を極めた王様は、奴隷がぎゃーぎゃー叫びながら逃げ惑う姿がお気に召した様子である。大変嬉しくないことだ。
「もっと悲鳴を聞かせるがいい。貴様の悲鳴は愉快なものだな」
「させる訳ないだろうに」
ユーリは銀色の散弾銃をアスダッド王に向けて、
「五万ディール装填」
金銭を対価に捧げて、どんな願いも叶えるという反則的なスキルを発動させる。
「《杖を滑り落とせ》」
「ぬうッ!?」
アスダッド王の手から、唐突に蛇の頭をあしらった杖が滑り落ちた。カランカラーン、という軽い音が広大な部屋の中に落ちる。
慌ててアスダッド王が杖を拾おうと手を伸ばすが、それよりも先にルーシーが動いた。
紫色の散弾銃を蛇の頭があしらわれた杖へ向け、容赦なく引き金を引く。彼女の所有スキルである【暴食の罪】が発動され、杖にあしらわれた蛇の部分と同時に杖へ伸ばされたアスダッド王の指先まで食われてしまう。
無惨に食い千切られた傷跡から噴き出す真っ赤な血。アスダッド王の絶叫がフェイの鼓膜に突き刺さった。
「お、おおお、おのれ、おのれェェェ!!」
「うーん、そこまで美味しくなーいなー」
ルーシーは紫色の散弾銃を揺らし、密かに顔を顰める。彼女にも美味いか不味いかの判断はつくのか、とフェイは素直に驚いた。
アスダッド王は血走った目でユーリとフェイ、ルーシーの三人を睨みつけてきた。食い千切られた指先からは絶えず鮮血が溢れ出て、古代文字がビッシリと刻み込まれた床を汚す。
指先を食われた痛みは計り知れない。よく見れば白い部分も見えてしまっているので、骨まで美味しくいただかれたのだろう。やはりルーシーのスキルは攻撃力が高い。
憎悪の視線を向けてくるアスダッド王に銀色の散弾銃を突きつけるユーリは、
「一〇〇万ディール装填」
金銭を弾丸として散弾銃に込めて、引き金を引いた。
「《心臓を止めて死ね》」
ガチン、と死神の鎌が振り下ろされた。
ユーリの願ったアスダッド王の死は、寸分の狂いもなく叶えられた。
アスダッド王は胸元を押さえて、唐突に呻き始めたのだ。膝をつき、苦しさを紛らわせる為に指を床に突き立ててガリガリと引っ掻く。
「お、ぉ、おの、れ」
しばらく悶え苦しんでいたアスダッド王の手が、パタリと床に落ちた。
それと同時に、聞き覚えのある女性の声が迷宮区全体に響き渡る。
迷宮主が討伐された合図である、ということを。
――迷宮区【サンドグレイヴ】踏破です。
☆
さて、アスダッド王の身柄の話だが。
「ゆりたんにあげるねー」
「いいのかい?」
「トドメを刺したのはゆりたんだしねー、わたしは迷宮主の遺体に興味ないしー」
ルーシーはあっさりと迷宮主の身柄を引き渡すことを承諾し、それならばとフェイはアスダッド王の遺体を鑑定する。
スキル【鑑定眼】を発動させ、アスダッド王の遺体の価値を算出。やはり迷宮主なのでそこそこのお値段があり、棺も合わせれば多少は元が取れるだろう。
フェイは興味深げにアスダッド王の遺体を見上げるユーリへ振り返り、
「マスター、五〇二万八〇〇〇ディール」
「はいよ」
銀色の散弾銃でアスダッド王の遺体を吸い込み、五〇二万八〇〇〇ディールという金額を貯蓄することが出来た。
まあ人魚の迷宮区でなかなか稼げたので、まだ貯金はたんまりと残っていることだろう。大きな願いを叶える為に金銭を捧げなければ余裕がある。
銀色の散弾銃をしまったユーリは、
「ルーシー、今回は付き合ってくれて助かったよ」
「ううんー、わたしも久々にゆりたんとお仕事できて楽しかったよー」
「アンタとだったらまた仕事をしてもいいさね」
「えへへー、わたしもゆりたんとのお仕事は楽しいからいつでも歓迎だよー。また奴隷君のご飯も食べられるしねー」
「次は程々にしときなよ。アンタは空腹でなけりゃスキルが使えないんだからねェ」
「はーい」
そんな和やかな会話を経て、迷宮区の自動転送機構が発動する。
これにて今回のお仕事は終了だ。迷路形式の迷宮区は意外と経験がないので、フェイも頼もしい二人の探索者のおかげで安全に探索が出来た。
――そろそろフェイも男なので武器の一つぐらいは持ちたいのだけれど、多分ご主人様は許さないと思うだろうなぁと内心でしょんぼりと肩を落とすのだった。




