第10話【ミイラの迷宮主】
宝箱を守る番人を討伐したのはいいが、肝心の迷宮主は一体どこにいるのだろうか?
「この部屋に仕掛けがないのかねェ」
広大な部屋をぐるりと見渡すユーリが、そんなことを言う。
フェイは少しでも価値あるものを探そうと周囲に視線を巡らせているのだが、なかなか価値のあるものが見当たらないのだ。スキル【鑑定眼】にも引っかからない。
あとはもう宝箱を回収して、再び迷宮区【サンドグレイヴ】内を彷徨うしかないのだが、果たして迷宮主の元に辿り着くのはいつになることやら。
紫色の散弾銃で宝箱を叩くルーシーは、
「ねえー、これ開けてみようよー」
「いいさね。仕掛けもなさそうだし、お宝を回収してまた迷宮区を歩いてみるかい」
ユーリは宝箱の蓋をいそいそと開け、中身の金貨に赤い瞳を輝かせる。財宝大好きな彼女らしい反応だ。
食欲旺盛なルーシーもまた金貨には「おおー」と手を叩いて驚いていた。金がなければ食事も出来ないので、彼女にもいくらか渡るはずだ。
フェイは「多分五〇〇〇万ディールぐらいだよ」と金貨の値段を告げ、
「断定しないのかい?」
「金貨の値段は常時更新されるからね」
そう、フェイのスキル【鑑定眼】は現在の市場価値から算定した金額を示すのだ。なので価値あるお宝の値段は常に更新される。
値段が更新されない場合は希少価値があるので高額な値段に固定されるが、金貨などの貴金属は値段の更新が激しいのだ。現在の価格で算出すると、宝箱の金貨は総額五〇〇〇万ディールはある。
ユーリは「ふぅん」と頷き、
「じゃあ半分に分けるかねェ」
「えー、いいのー?」
「アンタには付き合ってもらってるからねェ、それぐらいの気前は見せるさ」
珍しいことに、ユーリが財宝を分けることを告げたのだ。
この場にいたのが【傲慢の罪】メイヴ・カーチスや【怠惰の罪】アルア・エジンバラ・ドーラだったら確実に分けていないだろう。多分【憤怒の罪】ドラゴ・スリュートは分けるはずだ。
実はユーリとルーシーは仲がいいのかもしれない。おそらくズボラなルーシーをユーリが面倒を見ているだけに過ぎないだろうが。
「じゃあねー、貰ってくねー」
「シルヴァーナも半分にしておくんだよ、分けるんだから」
銀色の散弾銃で金貨の半分をユーリが吸い込み、残りはルーシーが背負うことになった。まあ動き回らずとも彼女は十分に強いので、多分問題はないだろうが。
半分の重さになった宝箱を麻縄で縛り、ルーシーが「よいしょ」と背負った瞬間だった。
ガコン、という音がした。
「あん?」
「え?」
「あれー?」
三者三様の反応を見せるフェイ、ユーリ、ルーシー。
台座に置かれた宝箱を持ち上げた瞬間、壁の一部が埋没したのだ。
どうやら隠し扉が機能した様子で、そのまま埋没した壁の一部が脇に収納されていく。その向こうに広がっていたのは松明が等間隔に並べられた薄暗い廊下で、壁や床には意味不明な文字や記号などが刻み込まれている。
明らかに怪しい廊下である。そしてこの先に待ち受けるものは一体何か。
「よし行くよ」
「了解」
「はーい」
即決で行くことにしたユーリに、フェイとルーシーは同じく賛同したのだった。
☆
薄暗い廊下に刻み込まれた文字は、やはり意味の分からない文字である。さすがのユーリやルーシーでも読めない文字だった。
古代文字なのだろうか。スキル【鑑定眼】で認識できればいいのだが、それが出来ないのが残念である。
廊下をズンズンと突き進んでいたユーリは、ふと足を止めた。
「マスター、何かあった?」
「あったよ」
フェイの質問に即答するユーリ。
彼女の前には部屋が広がっていた。宝箱が置かれていた部屋よりもなお広大な部屋だ。
壁や床、天井にはビッシリと意味不明な文字や記号が刻み込まれ、不気味な雰囲気がこれでもかと漂う。それ以上に触れたくないものが、部屋の中央に置かれた巨大な棺だ。
吸血鬼などが使う棺ではなく、ミイラを収納して置く為の黄金の棺である。蓋には人間の顔見たいなものが描かれて、地位の高さが窺える。
「ミイラ用の棺だねー」
ルーシーが巨大な棺を眺めながら、そんなことを言う。
「あのデカさは迷宮主に匹敵するねェ」
「迷宮主って美味しいかなー?」
「食ってみれば分かるさね」
「本当かなー?」
ユーリとルーシーは、さすがSSS級探索者と言えようか。彼女たちはのほほんと会話を交わしながら、黄金の棺に歩み寄る。
フェイもスキル【鑑定眼】を発動させて、棺の価値を見た。
黄金に輝いているからか、なかなかのいいお値段である。人魚の迷宮区で人魚の値段を見ているからか、もう金銭価値が麻痺しているのだ。いいお値段だとは思うのだが、人魚たちと比べてしまうと見劣りしてしまう。
すると、
「誰だ、我が寝所を荒らす者は」
嗄れ声が耳朶に触れる。
黄金の棺がゆっくりと開かれ、蓋が部屋の床に落ちる。ズシンという重たい音がした。
その中から起き上がったのは、蛇を模した頭巾を被った巨大な男である。隈取りを施した目でユーリとフェイ、ルーシーを睨みつけると「不躾であるぞ」と苦言を呈してきた。
「不用意に我の棺に触れるな、下女め」
「フェイ、コイツの価値は?」
「迷宮主だから価値を算定するのは止めておくね」
毎日のようにスキル【鑑定眼】を使っているので、フェイのスキルもそれなりに成長していたのだ。おかげで物の情報が分かるようになった。
この蛇を模した頭巾の巨人は、紛れもなく迷宮主である。この巨人を討伐すれば終わりだ。
迷宮主の巨人は、自分から見れば明らかに小さなユーリとルーシーを見下ろして「フン」と鼻で笑う。
「ちっぽけな女如きが、我に勝てると思うてか」
「勝てるさね」
「勝てるよー」
ユーリとルーシーは即答していた。
フェイも間違いなくユーリとルーシーが勝てると思っていた。
彼女たちはSSS級探索者だ。数多くの危険な迷宮区を踏破してきた実績がある。それに彼女たち二人の持つスキルはどれも強力なものであり、もはや反則と呼んでもおかしくなかった。
蛇を模した頭巾を被る巨人は音もなく瞳を眇めると、
「ほう? ならば立ち向かってみせよ」
棺から立ち上がり、巨人はユーリとルーシーの前に立ちはだかる。
巨大な右手を持ち上げれば、床からメキメキと杖のようなものが生えてきた。やはりこちらも蛇を模した杖であり、上部に取り付けられた蛇の頭には瞳に青い宝玉が、口に赤い宝玉が嵌め込まれていた。
ユーリとルーシーもそれぞれの散弾銃を取り出し、その銃口を巨人へ突きつける。
「我が名はアスダッド王――我を愚弄したことを後悔するがいい!!」
自らのことをアスダッド王と名乗った巨人は、寝所に侵入してきた無粋な探索者たちを蹴散らす為に杖を振り上げた。




