第7話【迷宮区での夜】
静かな聖堂の中心がぼんやりと照らされ、ぱちぱちと薪が弾ける音が耳朶に触れる。
広々とした聖堂を拠点とすることにしたフェイたちは、体力温存の為に早めの休息を取ることにした。
フェイは基本的にご主人様の意向により、戦闘へ参加することが出来ない。武器も持たされていないので囮になるぐらいしか出来ず、なので火の番とかは積極的にやるようにしているのだ。
そんなもんで、
「…………どうしてこうなるかなぁ」
胡座を掻いたフェイは、困ったように自分の金髪を掻いた。
フェイの膝を占拠するのは、ご主人様のユーリと元仕事仲間であるルーシーだ。彼女たちはフェイの硬い膝を枕にして、すよすよと夢の世界から帰ってくることはない。
もちろん寝袋はあるのだ。ただ何故か「フェイ、膝枕をしな」とご主人様のユーリが主張し、ルーシーが便乗してきたのだ。本当にいいのか、これで。
焚き火が消えないように監視しながら、フェイは「うーむ」と唸る。
「男の膝なんて硬くて寝れないのになぁ。寝袋の枕を使えばいいのに」
そう言って、フェイは膝を占拠するご主人様と元仕事仲間の女性に視線を落とす。
ルーシーの燃えるような赤い髪は三つ編みの状態から解かれ、静かに背中を流れている。地面の砂に綺麗な髪がついてしまうので、フェイはルルーシーを起こさないように彼女の髪を掬い上げて肩からかけてやる。
同じくユーリの銀髪も完全に地面へ散らばっていたので、付着した砂を払い落としてから彼女の肩にかける。普段から髪の手入れをしているので、ご主人様の美髪はよく知っている。
指通りがよく、艶もある。いつまでも触っていたくなる銀髪だ。
「銀髪、いいなぁ」
銀髪に対して、フェイは密かな憧れがあった。
普通の人間には似合わない髪色だ。透き通るような純銀の髪はどこか浮世離れした美しさがあり、気高いご主人様によく似合う。とてもではないが、フェイでは似合わない色合いである。
まあ、フェイも自分の髪を気に入っていない訳ではない。「アンタの髪は綺麗だねェ」とユーリからもたまに褒めてくれるので、意外と金髪は気に入っているのだ。
「…………うおお」
ぷるり、とフェイは背筋を震わせる。
急に催したのだ。人間だから誰しもあるだろう。
ユーリとルーシーが眠る前に飲んでいた粉の紅茶がいけないのだろうか。紅茶は便所が近くなるとかよく聞くので、多分そのせいである。
ただ困ったことに、フェイは絶賛ユーリとルーシーの枕になっているところである。彼女たちの安眠を妨害するのは本意ではない。
「えーと……」
寝袋に放置された枕を引っ張り出し、フェイはユーリの頭をそちらに移動させる。ルーシーにも同じようなことをした。これで足は自由だ。
「はあ、便所便所っと……魔物が出てきませんように……」
そういえばここ迷宮区だった、迷宮区のど真ん中だったと思い出しながら魔物が出現しないように祈ってフェイは聖堂から離れる。
☆
「あー、スッキリした」
迷宮区探索用に購入した携帯便所を使って用を足し、フェイは聖堂まで戻ってきた。途中で魔物が出てこなくてよかったと思う。
焚き火は消えていないだろうか、と不安に思っていたが聖堂は変わらず中心で燃える焚き火によってぼんやりと照らされている。魔物の姿もないのでよかったと思うが、よくないと思った部分もあった。
寝ていたはずのユーリが起きていたのだ。ぼんやりと燃える焚き火を見ていた彼女は、フェイの足音を聞いて振り返る。
「マスター、起きたの?」
「フェイ、どこに行ってたんだい?」
「え、そこまで便所に」
フェイが先程までいた方向を指差し、用件をご主人様に報告する。奴隷なのでご主人様の命令には逆らえないのだ。
別に問題がある訳ではない。人間なのだから出るもん出るのだ。
ユーリは「ふぅん」と頷くと、
「てっきり自分で迷宮区探索をするものだと思っていたよ」
「そんなことする訳ないのはマスターが一番分かってるだろ」
「そうだねェ」
フェイが勝手に自分から離れることはないと理解しているユーリは、戻ってきたフェイに手招きをする。
「こっち来な」
「うん」
フェイはユーリの元まで戻ると、
「ん」
「ん?」
「んッ」
何故かご主人様が、両腕を広げてフェイを迎え入れた。何か不満げに唇を尖らせている。
フェイはそれだけで、彼女が何を求めているのか理解した。
夜や暗い場所を苦手とするユーリは、フェイを抱き枕にして眠るのが日課だ。それは場所が迷宮区となっても変わらない。今まで膝枕をしていたフェイが急にいなくなって、不安なのだろう。
ご主人様のユーリを抱きしめたフェイは、
「はいはい、何がお望みですかマスターは」
「膝枕」
「マスターさ、男の膝枕なんて硬いだけだと思うんだけど」
「いいんだよ」
ユーリはいそいそとフェイの膝を枕代わりに寝転がり、
「アタシはこれでいいのさ」
「俺は動けなくなるからよくないんだよなぁ」
「いいから膝枕をしな」
「はいはい」
フェイは大人しくご主人様の枕になることにし、瞳を閉じる彼女の頭を撫でながら火の番に戻るのだった。
☆
しばらく経ってから、ユーリはパチリと目を覚ました。
頭の上から「すぅ、すぅ……」という規則正しい寝息が漏れる。
ふと視線を上げれば、可愛い寝顔が視界いっぱいに飛び込んできた。閉ざされた瞼を縁取る金色の長い睫毛にスッと通った鼻梁、半開きになった唇から規則正しい寝息が漏れる。
焚き火の明かりを受けてキラキラと輝く彼の金色の髪は宝石のように見え、頬にかかる髪を指先で払うと「んー……」と唸る。
「ふはッ、本当に可愛いねェ」
指先で頬をくすぐると、座ったまま眠ってしまったフェイは僅かに身じろぎをする。嫌がるかと思えば、彼はだらしなく開いた口から寝言を漏らした。
「んー、ますた……どしたの……ぐぅ」
どうやら夢の中でもユーリと一緒にいるようだ。これで他の女の名前を呼ぼうものなら叩き起こしていたところだが、可愛い寝顔を見れたので良しとしよう。夢の内容にも満足である。
ユーリは腹筋を使って起き上がると、フェイの背中に回って肩を引っ張る。
眠っている最中の彼は簡単に倒れ、ぽすんとその頭をユーリの膝の上に乗せる。手触りがよくふわふわとした金色の髪が肌に触れ、ユーリは眠るフェイの頭を撫でながら笑う。
「アンタは本当に可愛いねェ」
可愛くて、健気で、大切な奴隷。
他の誰にも絶対に渡さない。彼の持つスキルが「外れ」と罵られようと、ユーリの元仕事仲間が彼の存在を欲しがろうと、他の女が彼のことを誘惑しようと、絶対に渡してなるものか。
フェイ・ラングウェイという奴隷の青年は、ユーリのものだ。
「火の番なのに寝ちまうなんてねェ、まあ一人で任せていたのが悪いんだけどさ」
一人で出来ると気負っていたが、結局は眠気に負けて寝てしまった。まあフェイの言葉を信じて一人で任せてしまったのが負担になってしまったのだろう。
ここからの火の番は代わってやるとしよう。ユーリのスキルは金銭を払えばどんな願いでも叶うものだ、戦闘も貯蓄した金銭に物を言わせて全て薙ぎ払ってやる。
すっかり眠ってしまったフェイの頭をくしゃくしゃと撫でながら、
「おやすみ、アタシの愛しい子。いい夢を見るんだよ」
最愛の奴隷の青年の可愛い寝顔を見ながら、ユーリは迷宮区での夜を明かすのだった。
彼の存在があれば、夜も暗い場所もお化けもゾンビ系魔物も平気だ。ユーリはどこまでも強くなれるのだ。だから、迷宮区で過ごす夜も平気だ。
――大迷宮【アビス】を攻略している時は簡単に行かなかったが、きっとフェイがいれば攻略できることだろう。




