第2話【真似できないスキル】
やはり万能とも呼べるご主人様でも真似できないスキルとやらが気になりすぎる。
「マスター、聞いてもいい?」
「何だい、フェイ」
「ルーシーさんのスキルってどういうものなんだ? 物を食べるスキルって言ってたけど、まさか料理系じゃないよな?」
迷宮区の申請が無事に終わって戻ってきたご主人様のユーリに、フェイはそう問いかけていた。
ユーリのスキル【強欲の罪】は、金銭を払えば願いを叶える特殊なスキルである。それは彼女が願えばスキルの真似ごとだって可能としてしまう。
それなのに、万能とも呼べるスキルを所有するユーリでさえ真似できず、あまつさえ掛け値なしの称賛を与えるスキルとは想像がつかない。料理系のスキルはそれほどご主人様に褒められるような内容のスキルなのか。
首を傾げるフェイに、ユーリは「ああ」と納得したように頷いた。
「分からないのも当然さね。ルーシーのスキルは特殊も特殊、この世で類を見ないスキルだからねェ」
「そうなんだ」
「試しに見せてもらうかい?」
「出来るの?」
フェイは瞳を瞬かせた。
スキルを披露してくれるのであれば、是非見てみたいものだ。
そのスキルがご主人様から称賛されるほどのものなのか、ちょっとフェイは嫉妬しているのである。探索者組合『七つの大罪』には誰も彼も規格外のスキルを持っているSSS級探索者がいたが、ユーリは誰も彼女たちのスキルを褒めることはなかったのだから。
すぐそこで退屈そうにしていた赤毛を三つ編みにした女性――ルーシー・ヴァニシンカを呼んだユーリは、
「ルーシー、ちょっとアンタのスキルを見せてくれないかい?」
「いいよー」
疑問を持つことなく、ルーシーはあっさりと許可した。
拳銃嚢から紫色の散弾銃を引き抜くと、ルーシーは眠たげな瞳を周囲にぐるりと巡らせる。それから彼女が注目したのは、すぐ近くに立っていた街灯だ。
どこかの迷宮区から採れる鉱石を利用した街灯は、夕方になれば煌々と輝くように設計されたありふれた代物である。特殊なものにはまるで見えないし、表面も非常に硬いものだ。
ルーシーは紫色の散弾銃を街灯に突きつけ、
「いただきまーす」
それはまるで、食事の開始を告げるかのようだった。
紫色の散弾銃を街灯に突きつけたルーシーは、迷わずその引き金を引く。
ガチンという撃鉄が落ちる音がした瞬間、紫色の散弾銃を突きつけられた街灯が消失した。
「えッ」
フェイは驚愕する。
街灯は根本を残した状態で、食い破られたような切り口を残して消失したのだ。上から丸呑みされたかのような状況である。
馬鹿には街灯が見えなくなったのかと思えば、違う。確かに街灯は食われてなくなっていたのだ。無機物で、硬くて、食べられそうにない街灯が簡単に。
一方のルーシーは紫色の散弾銃をぶらぶらと揺らしながら、ユーリへ振り返る。
「ゆりたーん、足りないよー」
「アンタの胃袋は底なしかい?」
「だってー、中途半端に食べちゃったらさー、食欲が出てきちゃうじゃんかー」
ルーシーは膨れっ面でそう言い、ユーリは「我慢しな」と返す。
銀色の散弾銃を外套の内側から引き抜き、ルーシーのスキルによって犠牲となった街灯をわざわざスキルを使用した修理するユーリ。
金銭を払って願いを叶えれば、たちまち街灯は元の状態で修復された。あの食われたような切り口が晒されたのは、ほんの短い時間だった。
唖然とした様子のフェイを見やったユーリは、
「これで分かったかい?」
「…………まあ、何となく」
「そうかい。じゃあ言ってみな、答え合わせをするよ」
フェイは頭の中で先程の情報を整理しながら、答えを導き出した。
「物を食べるスキル――多分、何でも食べるんだよな? 無機物でも、有機物でも、魔物でも人間でも何でも」
「正解さね、完璧な解答じゃないかい」
ユーリはフェイにご褒美の頭なでなでをくれてやりながら、
「ルーシーのスキルは【暴食の罪】――空腹感を代償に、撃った相手を食うスキルさね。それは無機物でも有機物でも関係なく、アイツが空腹であればあるほど何でも食らえるようになるのさ」
なるほど、とフェイは今度こそ納得した。
ルーシーの【暴食の罪】はあらゆるものを食べるスキルなら、ユーリは逆立ちしても真似することが出来ない。金を払って似たようなことは出来るだろうが、他のスキルと違って完璧に再現することは難しいだろう。
ご主人様が掛け値なしに称賛する理由が分かったような気がする。これは確かに強力なスキルだ。
ルーシーは「照れるなー」と頬を指先で引っ掻きながら、
「わたしはスキルを使う為にお腹を減らさなきゃいけなくてー、嫌なスキルだなって思ってたんだけどー、ゆりたんに褒められたらいっかなって思うよねー」
「アンタのスキルはアタシでも真似できないんだから、もっと誇りな」
「うんー、そうするよー」
ルーシーはフェイに詰め寄ると、
「ねー、ゆりたんの奴隷君はどうかなー? わたしは強いかなー?」
「はい、強いと思います」
フェイも掛け値なしの称賛を与えざるを得なかった。
ユーリのスキルも強力だが、ルーシー・ヴァニシンカという女性が持つ【暴食の罪】もまた真似できないほど強力なスキルである。腹が減っていれば減っているほど何でも食べられるスキルであれば、次の迷宮区も安全に踏破できるかもしれない。
彼女は凄いスキルを持っているのだ。称賛されて然るべきである。
フェイにも褒められたルーシーは嬉しそうに微笑むと、
「奴隷君にも褒められると嬉しいなー、わたし次の迷宮区も頑張れちゃうなー」
「フェイ、今の感想は」
「母性本能が凄い」
見た目によらず中身が幼いので、褒められて照れているルーシーに母性本能がくすぐられたフェイである。奴隷の身なのでまずいとは思うのだが、頭を全力で撫でてやりたい衝動に駆られる。
ユーリもそれを理解しているようで、真剣な表情で頷いて「だよねェ」などと言っていた。彼女の周りにはフェイを狙う変人と自分とフェイを狙う変人とフェイを嫌う変人しかいないので、彼女のような純粋無垢な子供っぽさは心を掴まれる何かがあるのだろう。
その時だ。
「この食い逃げ野郎があッ!!」
「えー?」
ルーシーの肩を思い切り掴んだのは、髭面のおっさんだった。しかも料理長の服を着て、フライパンを片手に顔を真っ赤にしている。
かなり怒った様子の、どこかのレストランの料理人のようだった。ルーシーも覚えがないようで困惑気味である。
フェイも唐突のことでついていけなかったが、ユーリには分かっていたようでそっとため息を吐いていた。
「ルーシー、アンタはまたやったのかい?」
「また?」
「そうさね」
ユーリはやれやれとばかりに肩を竦めると、
「スキルのせいで腹を減らなきゃいけないんだけどねェ、それを抜きにしてもルーシーは大食いなのさ。しかもかなりのねェ」
「え、じゃあつまり……?」
「おおかた、金銭の持ち合わせがなくて無銭飲食でもしたんだろうさね。ただでさえ食べるから食費で金がかかるのに、迷宮区には面倒臭がって潜り込まないしねェ」
「あー……」
フェイは料理人の男性とやり取りをするルーシーを見やった。
ようやくどこの店の料理人か思い出したようで、ルーシーは本当に悪そうに「ごめんってー」と謝っている。
ただ料理人の方も簡単に怒りを引っ込めることが出来ない様子で、
「いい加減に金を払って言っただろ!! ツケが溜まってんだよ!!」
「だからー、迷宮区に潜るからー、その踏破報酬で払うってー」
「その金でまたウチの店で食うんだろ!? ふざけんな!!」
「払うよ今度こそー、多分ねー」
「多分っつったな今!?」
強力なスキルを所有するが食欲に正直なルーシーに、ユーリとフェイは揃ってため息を吐くのだった。やはり『七つの大罪』の探索者たちは変人ばかりなのだろうか。




