第11話【女王討滅】
ゾンビ系の魔物は夜型であり、昼には出現しない魔物だ。
理由は、彼らが強い光を嫌う傾向にあるから、と誰かの研究論文で見た覚えがある。果たしてそれは車椅子に腰掛けて緑色の狙撃銃を構える深窓の令嬢だったか、他の誰だったか。
緑色に腐っていたとしても、見た目は厳しい猿だ。ゾンビ系の魔物を苦手とする意外と怖がりな一面を持つユーリでも、嬉々として相手をしていた。
「五万ディール装填」
銀色の散弾銃を緑色に腐った猿へ突きつけ、ユーリはその願いを口にする。
「《光よ弾けろ》!!」
ガチン、と引き金を引く。
放たれたのは弾丸ではなく、捧げた金銭に対応する願い。
それがご主人様であるユーリの持つ希少スキル【強欲の罪】だった。便利というか、便利を通り越して色々と反則的なスキルである。
「ぎゃああああああああああッ!!」
ゾンビ猿の女王様が野太い悲鳴を上げる。
ユーリの願いは叶えられ、薄暗い教会の中に強烈な光が弾ける。
ゾンビ系魔物が強い光を避ける傾向にある、という情報を知っていたからだろう。彼女の願いに寸分の迷いすらない。
巨大な手のひらで目を覆うゾンビ猿の女王様は、太い指の隙間からユーリをジロリと睨みつける。
「おのれ、小娘がぁ!!」
「ふん、今のアンタに怒鳴られても怖くないねェ」
余裕綽々とした笑みを見せるご主人様。先程までフェイの背中に張り付いて怯えていた姿はどこへ行ったのだろうか。
「一〇〇万ディール装填」
銀色の散弾銃にさらに願いを叶える為の金銭を捧げるが、
「小癪なッ!!」
ゾンビ猿の女王様が近くに転がっていた木製の長椅子を、ユーリめがけて投擲してきた。
ユーリは飛んでくる木製の長椅子を、埃っぽい床を転がって回避する。硬い床に叩きつけられた木製の長椅子は、あっさりと粉々に破壊された。
危なげなく回避したユーリは「ふぅ」と息を吐き、ゾンビ猿の女王陛下へ訴える。
「何するんだい、願いが無駄になっちまうだろう!!」
金銭を捧げても願いが告げられないままの場合、金銭はそっくりそのままユーリの手元に戻ってくる。
一番まずいのは、金銭を捧げて願いを告げる途中で邪魔をされることだ。その際は【強欲の罪】で彼女の願いが何であるか予想され、中途半端に叶えられてしまうのだ。さすがに悪いと思っているのか、スキル側も捧げた金銭の半額を戻してくれるのだが。
今回は、まあ危なかったと言っていいだろう。願いを告げている最中に邪魔をされたら、中途半端に願いが叶えられることになる。
「そう易々と同じ手に引っかかるものか、愚か者め!!」
「猿のくせに小狡いことを考えてくるものだねェ!!」
ユーリは舌打ちをする。それからゾンビ系魔物を遠ざける香炉を持ったフェイとドラゴに振り返り、
「フェイ、囮をやりな!!」
「了解!!」
ようやく出番が来たか、とフェイは意識を切り替える。
いざ走り出そうとした時、背中から「あう」という可愛い呻きみたいなものが聞こえてきた。
何事かと思えば、どうやらメイヴがフェイの背中に張り付いていたようである。フェイの視線に気づいた金髪縦ロール少女は、薄い胸の下で腕を組んで「ふ、ふん」と偉そうに鼻を鳴らす。
「私は雑魚を相手にしか出来ないのだ、奴隷なのだから肉壁になれ」
「俺は貴女の奴隷じゃないんで」
スパーン、と切れ味抜群の答えを返したフェイは、ゾンビ系魔物を遠ざける香炉を何故か石化したメイヴに押し付ける。彼女には申し訳ないが、ご主人様からの視線が痛いので少し強めに遠ざけた。
それにメイヴはフェイのご主人様ではない。彼女の言うことは聞けないのだ。肉壁になれだなんて以ての外である。
ゾンビ猿の女王様へめがけて床に散乱していた木片を投げつけたフェイは、
「こっちだ、猿!!」
「我を猿と呼ぶのは誰だ!!」
勢いよく振り返り、鋭い眼光の宿った双眸で睨みつけてくるゾンビ猿の女王様。こうして見ると随分迫力のある腐った猿だ。
フェイは猿の注目を惹きつけると、薄汚れた教会の窓を蹴破って外に飛び出した。
あんな狭い教会で逃げ回れなんて命じるのは間違いである。フェイを大切にしてくれるご主人様のユーリが、そんなことを命じる訳がない。
案の定、フェイに惹きつけられたゾンビ猿の女王様は、教会の壁を破壊して外に飛び出してきた。伽藍とした廃都市を駆けるフェイの背中を追いかけ、腐った猿は「待てぇ!!」と叫ぶ。
「我を猿と呼んだことを後悔させてやる!!」
「後悔させてみなよ」
フェイは追いかけてくる緑色に腐った猿を一瞥し、
「今です、アルアさん!!」
「良い選択です、フェイ殿」
遥か遠くに離れた教会で、何かが光る。
月明かりを反射する、緑色の狙撃銃だった。しっかり窓を開け放ち、窓枠に緑色の狙撃銃の銃身を置いて、遠ざかる猿の背中をしっかりと狙う深窓の御令嬢。
彼女の持つスキルは一発きりしか撃てない切り札。自分の睡眠欲を対価に支払い、相手を昏睡させる強力なスキルだ。
次の瞬間、腐った猿の瞳から鋭い眼光が消え、フッと膝から崩れ落ちてうつ伏せで倒れ込んだ。何事かと思えば、その猿は凄いいびきを掻きながら眠りこけていた。
「……これでよかったのかな」
自分の判断でご主人様よりもアルアを選んでしまったが、ご主人様はご機嫌斜めにならないだろうか。
そんなことを懸念するフェイの耳に、いつもの聞き慣れた女性の声がどこからか響き渡った。
――迷宮区【アンデッドマンション】踏破です。
☆
さて、いつもは揉める迷宮主の分配だが、
「いらない」
ご主人様のユーリはキッパリと「いらない」と主張した。
値段もそこそこなので、いつもなら確実にスキルの貯蓄に回している金額だ。それでも「いらない」と言えるのは、あの緑色の腐った猿が気持ち悪いので価値があったとしてもスキルの蓄えとして貯めておきたくないのだろう。
背中に引っ付くご主人様に肩を竦めたフェイは、
「あ、アルアさん」
「はい、何でしょう?」
眠気を一気に解消したからか、アルアの受け答えはハッキリとしている。緑色の瞳も眠たげにトロンとしていない。
この状態のアルアは何をするのか分かったものではないので、フェイも強く警戒している。また襲われでもしたら嫌だ。
なので、少しアルアから距離を取りながらフェイは眠る緑色の猿の頭頂部に乗せられた古い王冠を示した。
「それだけ貰えませんか?」
「こちらには価値がありましたか?」
「はい、一応」
というか、それが今回で一番の価値ある宝かもしれない。
アルアは特に王冠へ執着心がないようで、緑色の猿から王冠を取るとフェイに投げて寄越した。
あっさりと引き渡すものである。てっきり「お礼はフェイ殿のハグでいいですよ」とか言いそうなのに。
王冠を受け取ったフェイは背中に張り付いたご主人様のユーリに手渡してやり、
「お礼はフェイ殿のちゅーでいいですよ」
「何言ってんですか?」
「お嬢は少し黙ろうね!!」
「アダダダダダダダダ」
フェイからの冷ややかな視線と、ドラゴによる頭を握り潰す攻撃を受けてアルアは「酷いです……」とシクシク泣いていた。別に同情はしない。
同情しないと言えば、教会に置いてきてしまったメイヴはどうなったのだろうか?
彼女にも一応は迷宮主の身柄を要求できる権限があるのだが、傲慢な彼女が身柄を要求しない訳がない。むしろ「私が一番の功労者だから、私に多く差し出せ!!」と言いそうな予感さえある。
フェイが教会を見つめて首を傾げていると、彼の疑問を悟ったアルアがこう説明した。
「メイヴ殿は放心状態ですよ」
「え」
「まあ自分の所有する奴隷でもない相手に『肉壁になれ』はさすがに言い過ぎですね。私でも引きますよ」
ドラゴに眠った状態の迷宮主の身柄を任せ、アルアは「さて」と切り替える。
「帰りましょうか、地上の世界へ」
彼女がそう告げると同時に、迷宮区を踏破した際に発動される自動転送機構が探索者たちを地上に送り返したのだった。




