第10話【廃教会の女王】
廃墟と化した町は、異様なまでの静けさに満ちていた。
五人分の足音がコツコツと響き渡る。
建物の群れを何とはなしに見上げてみるが、どれもこれも伽藍としている様子だった。半開きになった扉に壊された窓、部屋の中を覗き込めば冷めた状態のスープや麵麭が皿の上に乗せられたまま放置されていた。
生きた人間だけがそっくりそのまま消えてしまったようだ。
「不気味だ……」
「そうですね……」
フェイの言葉に、アルアが肯定で返す。
「迷宮区の掲げる方針でしょうが……現実にあり得そうな内装ですね……これは興味深いです……」
探索者としても優秀だが、アルア・エジンバラ・ドーラという少女は研究者方面としても有名だ。迷宮区にまつわる謎を次々と解明していっていると新聞に記事が掲載されていた。
かつて初めて一緒に迷宮区探索をした時は頼りになる人だなとは思ったのだが、その帰り道で襲われたことはまだ心的外傷として根強く残っている。ご主人様であるユーリもその部分を警戒していることだろう。
腰に抱きついたご主人様の腕の力が密かに強くなるのを感じながら、フェイは「そうですか」と適当なことを返した。
「貴殿にも興味は尽きませんよ……フェイ殿……この探索が終わりましたら……一緒に研究をしましょうね……」
「うううううううぅぅぅぅ」
「マスターが獣並みに呻いているので、そう言うのは止めてもらっていいですかね」
フェイがそう訴えれば、すかさずドラゴがアルアの頭を鷲掴みにしながら謝ってきた。
「ごめんね、ワンコ君!! お詫びにお嬢の脳天をカチ割っとくね!!」
「痛いですドラゴ……もう少し優しくしてください……私はお嬢様ですよ……」
「お嬢様はたとえ奴隷が相手でも他所様の男に手を出すような不埒な真似はしないんだよ!! 常識を勉強してから出直してきてね!!」
「ドラゴ……貴殿は本当にいい性格になりましたね……」
アルアの頭からギリギリ、ギチギチという嫌な音を聞いたが、まあこの際気のせいにしておこう。あまり突っ込みすぎるとまたご主人様のご機嫌が斜めに傾いてしまう。
フェイは腰に抱きついたユーリの頭を「よしよし」と撫でてやりながら、周囲をぐるりと見渡す。
伽藍とした町の中で、一際目立つものを発見した。それは三角の屋根が特徴で、夜空を貫かんばかりに伸びる屋根の上には錆びた十字架が掲げられていた。窓に嵌め込まれたものは曇った硝子絵図で、天使や悪魔などの絵が描かれている。
どこからどう見ても教会だ。
「マスター、教会があるよ」
「…………」
のっそりと顔を上げたユーリは、ジト目で教会を睨み付ける。
「多分、あそこに迷宮主がいるさね」
「本当?」
「アタシの長年の探索者としての勘が言ってるのさ。まあ今のこの状況なら鈍っているだろうけどねぇ」
ユーリはそれだけ言って、再びフェイの背中へ顔を埋めてしまった。そこがそんなに好きなのだろうか。
ご主人様であるユーリの勘は、物凄く当たるのだ。
特に迷宮区関連の勘は、ほぼ百発百中である。おそらく今回の迷宮区【アンデッドマンション】でも問題なく発揮されているはずだ。
あそこに迷宮主がいるのならば、さっさと討伐して迷宮区を踏破してしまおう。ご主人様のユーリが疲弊してしまう。
「ドラゴさん、あの教会に迷宮主がいるかもしれないってマスターが言ってる」
「本当? ユーリさんの勘は当たるから信用できるね!!」
ドラゴはアルアの乗った車椅子の取手を掴み直すと、
「行くよお嬢!! しっかり掴まっててね!!」
「あまり早く押さないで……あ、ちょっとガタガタして気持ち悪くなってきた……」
「根性!!」
「理不尽……」
ガタガタと盛大に揺れる車椅子にしがみつくアルアは、そろそろ暴力的になってきた自分の従者に恨みがましげな視線を送るのだった。
あっという間に遠ざかっていくアルアとドラゴの二人組を見送り、フェイはメイヴへ振り返る。
メイヴは「下らんな」と形のいい鼻を鳴らしながら、先に進んでしまったアルアとドラゴの背中を追いかける。生意気なのか、素直じゃないのか分からないところだ。
「行こうか、マスター」
「…………」
腰に張り付いたご主人様をずーるずーると引き摺りながら、フェイもまた教会を目指すのだった。
☆
教会は見事に朽ち果てていた。
扉はやはり半開き、窓は曇って硝子絵図には埃が積もっている。
教会とは神聖な場所で、清潔感が欠かせないところだ。スキルの鑑定もあるので、誰でも気軽に訪れることが出来るという面で清掃は欠かせないようにしている。
だが、迷宮区【アンデッドマンション】の教会にその心は関係なかった。汚れていて、朽ちていなければ迷宮区の雰囲気にそぐわないからだ。
「部屋に何かありますか……?」
「見てみるね!!」
ドラゴがアルアの乗る車椅子をフェイに任せて、教会に一人で突撃してしまう。
まさかドラゴがフェイにアルアを押し付けるとは想定外だったようで、アルアは嬉々としてフェイの手を握ってきた。後ろからご主人様の腕が伸びて、アルアの手を叩き落としていたが。
数秒と置かずに教会内を探索していたドラゴが扉の隙間から顔を出し、
「礼拝堂にでっかい棺があるよ!!」
「棺が?」
メイヴが首を傾げ、ドラゴが「うん、そう!!」と元気に頷いた。
「多分、これが迷宮主だよ!!」
「では討伐しましょう……迷宮主の遺体はこちらで引き取ります……」
「まだ研究などという趣味の悪いことをしているのか」
迷宮主の身柄を要求してくるアルアに、メイヴがおかしなものでも見るような視線を送った。
教会内に足を踏み入れるアルア、メイヴに続いてフェイもご主人様を引き摺りながら礼拝堂に足を踏み込む。
花道の代わりに敷かれた真っ赤な絨毯には埃が積もり、長椅子は壊れていたり倒されていたりと惨憺たる有様だ。祭壇に掲げられた聖母の石膏像が、月明かりを受けて幻想的な雰囲気を漂わせている。
そして祭壇には、巨大な棺が安置されていた。普通の人間が収まるような大きさではなく、熊か何かが棺の中で眠っているのかと錯覚してしまう。
「あれだな」
メイヴが金色の回転式拳銃を握りしめて、
「やい、迷宮主よ。とっとと姿を現したらどうだ」
「メイヴ嬢、それで本当に起きたらどうするの!?」
「簡単には起きんだろう、迷宮主だぞ?」
ふふん、と完全に迷宮主を舐め切っていたメイヴだが、
「――――では望み通りに起きてやろうか」
ず、と祭壇に置かれた巨大な棺の蓋が横に滑る。
隙間から差し込まれたのは、太くて緑色になった指先だ。
巨大な棺の蓋を滑り落とし、縁を掴んでのっそりと巨大な人影が起き上がる。熊のような上背にボロボロに朽ちたドレスを身につけて、ギシギシに軋んだ金髪には同じく朽ちた王冠が乗せられていた。
ギョロリとした眼球で教会内にやってきた探索者たちを睨みつけ、その棺から起き上がった人影は低い声で唸る。
「我が眠りを妨げたことを後悔させてやる」
「…………」
フェイは確かにその迷宮主の顔を見上げていた。
錯覚かと思った。
だって、本当に迷宮主っぽい顔ではなかったのだ。
棺から起き上がった迷宮主の顔は彫りが深く、どこからどう見ても猿だったのだ。
「マスター、見てごらん。迷宮主の顔が猿だよ」
「……本当だねぇ」
緑色に腐った猿を見上げて、ご主人様のユーリはついにフェイの背中から離れる。怖さよりも面白さの方が勝ってしまったようで、彼女の顔にはニヤニヤとした笑みが貼り付けられていた。
「本当に猿だねぇ」
「我を猿と宣うのは誰だ!!」
迷宮主たるドレスを着た猿は、棺からドカドカと出てくると分厚い胸板を叩きながら叫んだ。
「我を侮辱することは許さんぞ!!」
そう激昂するドレスを着た猿の迷宮主は、自分が眠っていたはずの棺を掴んでぶん投げてきた。胸を叩く仕草も物をぶん投げてくる怪力も、どこからどう見ても猿であるのはさすがの全員も言わなかった。




