第3話【嫉妬の少女】
店内は非常に暗かった。
天井から吊り下げられた照明器具はぼんやりと店内を照らすだけで、並べられた棚には陶器の皿や不気味な人形などが飾られている。
棚に飾られた人形と目が合ったような気がして、フェイは慌てて視線を逸らした。店内は異様に寒くて、分厚いカーテンが窓にかけられて陽光を遮断している。
もう迷宮区【アンデッドマンション】に来てしまったのだろうか、と錯覚するほど恐ろしい部屋の風景だった。客は入っているのだろうか。
「いないのかい」
会計の向こう側にご主人様のユーリが呼び掛ければ、闇に染まった店奥からガタンという音を聞いた。
「はぁい、ただいま!!」
店奥から女性の声が聞こえてきたと思えば、慌てたような足音を立てて店内に駆け込んでくる。
急いで店内にやってきたのは、少女と呼んでも差し支えのない女性だった。見た目の年齢はフェイと同い年か、それ以下だろう。
焦茶色の短い髪の毛を白色の花飾りを合わせ、客として訪れたフェイとユーリを見据える双眸は薄紅色をしていた。やや意思の強そうな印象のある顔立ちが、ユーリを認識した途端にパァと華やぐ。
「お姉様があたしの店にいらしてくれるなんて!! リディは感激でございます!!」
「今度はゾンビ系の魔物が犇めく迷宮区に行くからねェ。アンタの店でそれらの魔物に効果的な装備品を買っておいた方がいいと思ったのさ」
「それはそれは、お姉様に信頼してもらえるなんて嬉しいです。精一杯、選ばせていただきますね」
少女の視線に、フェイが映っている様子はなかった。最初からユーリだけしか見えていないようだ。
しかも彼女はユーリのことを「お姉様」と呼称している。銀髪赤眼で美しいご主人様と、目の前のちんちくりんな少女が姉妹だとは考えられない。何か勘違いしているのではないだろうか。
フェイは首を傾げると、
「マスター、何でこの店員さんと知り合い?」
「ああ、そうさね。『七つの大罪』の時に仕事をしていて――」
ユーリがフェイに店員の少女との関係性を語ろうとした瞬間、少女の態度があからさまに変わった。
「貴様、あたしのお姉様に馴れ馴れしく喋りかけるとは何事だッ!!」
ギッと薄紅色の瞳に鋭い眼光を宿し、少女は背中へ手を回して何かを抜き取った。
それは黄色の拳銃だった。
あまりにも小さく、手のひらにすっぽりと隠れる程度の大きさである。ただしユーリの持っている銀色の散弾銃と同じく、部品らしい継ぎ目がなくチャチな玩具に見えた。
小さな銃口をフェイに突きつけて引き金を引こうとする少女だが、
「リディ」
ユーリが静かに名前を呼ぶと、少女はビクリと肩を震わせた。
恐る恐ると言ったような具合で、少女の視線が両腕を組むユーリに向けられる。
自分の所有する奴隷であるフェイを誰かに傷つけられることはおろか、悪口を言うことだって許さないユーリが現在の少女の行動を許す訳がなかった。真っ赤な瞳には絶対零度の光が宿り、見る者全てを凍りつかせてしまいそうだ。
少女が明らかに怯えていることが分かった。ガタガタと全身が震え出し、手のひらから黄色い拳銃が滑り落ちてゴトンという重々しい音を立てる。
「コイツはアタシの大切な奴隷さね。手を出せば、アタシはアンタを嫌いになるよ」
首を消し飛ばす、ぐらいは言ってのけるかと思ったが、どうやら相手にはそれだけでも十分すぎるほど重い罰らしい。
「そ、そんな……ッ!! ごめんなさい、お姉様。あたしは何て馬鹿な真似を……!!」
「二度目はないと思いな」
「は、はい……」
しょんぼりとした様子で肩を落とす少女は、足元に落としてしまった黄色い拳銃を拾い上げて、元の背中の位置に戻していた。
この少女にとって、ユーリは尊敬できる先輩かそれ以上の存在なのだろう。フェイと同じようなものなのだろうか。
とはいえ、目の前の少女の方が過激な予感がする。初対面の男に対して「お姉様と馴れ馴れしく話すな」と拳銃を突きつけてくるのだから、まず常識の有無を疑ってしまう。
フェイはもう帰りたくなった。ご主人様がいるので帰れないのだが。
「マスター、この人は……?」
「元仕事仲間のリディ・マクガフィン。あの拳銃を見たから分かるだろうけど、アタシと同じような特殊スキルの持ち主さ」
ユーリは反省する態度を示す少女――リディ・マクガフィンを一瞥し、
「スキル名は【嫉妬の罪】――嫉妬した相手に擬態することが出来るスキルさね。かなり珍しいだろう?」
「まあ、うん。そうだね……」
フェイは「マスターも金銭を払えば似たようなことが出来るじゃん」とは言えなかった。
ユーリのスキル【強欲の罪】は万能だ、金銭を支払えば他人のスキルすら真似することが出来る。それはおそらく、目の前の少女が所有するスキル【嫉妬の罪】も造作ではないはずだ。
アルアやメイヴ、イザベラとは違って意外と親しい間柄のようなので、フェイは何も言わなかった。別に奴隷がご主人様の交友関係に口出しするほどではないだろう。
「じゃあ、この店員さんとマスターは仲がいいってことだね」
「いいや全然」
ユーリはあっさりと否定した。
「むしろちょっと鬱陶しいぐらいさね。アタシのことを『お姉様』だとか呼んで慕ってくるけれど、出会った当初から気持ち悪い犯罪者みたいな奴だったよ」
「マスター、マスター、リディさんが項垂れてる」
ユーリの正直すぎる言葉がグッサリと刺さったのか、リディは両手と両膝を床について項垂れていた。見ていて可哀想になる。
「お、お姉様には……ふふふ、お姉様にはそこまで信頼されていないこですね……リディは悲しいです……」
「アンタはアルアやメイヴと同じ扱いを受けたいのかい?」
「いいえ、あんな馬鹿二名と同じ扱いをお姉様から受けるぐらいなら舌を噛み切って死にます」
リディは復活が早かった、恐ろしいほど早かった。
おそらく自分の中で「あの二人より自分の立場はマシな位置にある」と判断したのだろう、それだけで十分な様子だった。
気を取り直すように咳払いをしたリディは、
「お姉様、今日はゾンビ系魔物に効果的な装備品などをご所望ですね?」
「そうさね」
「ゾンビ系魔物を寄せ付けなあ香炉などはいかがでしょうか?」
「へえ、そんな便利なものがあるのかい?」
さすがのユーリでも初耳のようだった。
ゾンビ系魔物も初めて遭遇するので、フェイもどうやって戦っていいのか分からないのだ。そう言った魔物に詳しいのであれば、ぜひ教えてもらいたいところである。
だが、彼女には馴れ馴れしく話しかけた瞬間に拳銃を抜かれそうという印象が植え付けられてしまった。めちゃくちゃ怖い。
「えーと、あのー……リディ、さん?」
「話しかけないでくださいクソ豚」
「はいすんません」
やっぱりダメだった、しかも「クソ豚」呼ばわりである。
「フェイ、リディに話しかけるんじゃないよ」
「え、マスターまで……?」
「リディは極度の男嫌いなのさ。まともに会話は成立しないと思いな」
ユーリは「それと」とリディを睨みつけ、
「香炉は便利だから購入するけれど、それを起動してウチの奴隷に何か害があったら一生アンタとは会わない。目も合わせない。そう思いな」
「は、はいぃ!! 絶対にそのようなことはありませんのでご安心ください、お姉様!!」
リディはユーリに嫌われたくないが為に、慌てて店奥に引き返していった。
思えば、イザベラの店での出来事が尾を引いているのだろう。
虫除けの香水をつけた瞬間に、フェイの身体に異変が起きてしまったのだ。仲間内が店を開くと安くしてもらえそうだが、そういう事態が引き起こされやすいのだろうか。『七つの大罪』って曲者揃いである。
しばらくして、リディは香炉をいくつか抱えて戻ってきた。
「こちらの商品はゾンビ系魔物を寄せ付けないという効果がある香炉です。匂いがそれぞれ違いますので、お好きなものをどうぞ」
「ふぅん」
ユーリは香炉から漂う匂いを嗅ぎ、
「フェイ」
「何、マスター?」
「どれがいいかい? アンタが好きなものを選びな」
複数の香炉を手に取って、ユーリはフェイに渡してくる。
どの香炉も、とてもいい匂いだ。柑橘類や薔薇などの香りがして、どれがいいか目移りしてしまう。
香炉の意匠もかなりいいものである。持ち運びがしやすく、それでいて迷宮区探索の邪魔になるような重さではない。手のひらで抱えるものから紐をつけて腰から吊り下げるものまで様々だ。
両手にそれぞれ違う香炉を抱えるフェイは、
「うーん、でもやっぱりこれかな。いい匂いだと思うし」
フェイがユーリに渡したのは、白色の香炉だった。
手のひら大の香炉は花のような模様が刻まれ、そこから柑橘類の匂いが漂ってくる。これはフェイの好きな匂いだ。
どの香炉も悪い匂いはしなかったが、迷った末にこれである。結構吸ってしまったが気分も悪くならないので、ちゃんとリディは仕事をしてくれたようだ。
ユーリは「そうかい」と頷き、
「じゃあリディ、これを買うよ」
「か、かしこまりましたぁ……」
「うわ」
リディは血涙を流しながらユーリから香炉を受け取り、代金の精算をしていた。それがもう病気か呪いにしか見えなかった。
うん、あまり関わらない方がいいかもしれない。
フェイは心の中で密かに誓うのだった。




