第2話【故郷】
「うー……うああー……」
ご主人様のユーリは、物凄く難しい表情をしていた。
理由は次に潜り込む予定の迷宮区である。
その名も【アンデッドマンション】――ゾンビ系の魔物しかいない迷宮区と言われている。屋敷に入って外に出るとすでに迷宮区の中であり、ゾンビが大量発生しているとか。
何を隠そう、ご主人様のユーリはゾンビ系の魔物や幽霊といった類が苦手だった。
そう考えると、普段の行動も頷ける。
日頃からフェイを抱き枕代わりにしたり、夜になると腰に抱きついてきたりなど、思い当たる節がたくさんある。なるほど、あれらは暗いのが怖いからなのか。
「マスター、無理しなくていいんだと思うけど」
「いや、いいよ。引き受けちまったモンは仕方ないさね」
ユーリは納得していないとばかりの表情で、
「ただ、あの馬鹿どもの前で醜態を晒すのは御免だよ」
「そこはまあ、俺が頑張って盾になるから」
「後ろに引っ付いててもいいかい?」
「お好きにどうぞ」
一方で、フェイはそこまでゾンビ系の魔物や幽霊などの類を怖がる節はない。
度胸だけはあるのか、幽霊やゾンビ系の魔物が出てきても「気持ち悪い」と思うが「怖い」と思ったことは一度もない。倒し方が確立されているのだから対処方法は簡単だし、それなら対処方法がほとんどない迷宮主を相手にしている方が嫌だ。
それよりも、フェイには懸念事項がある。
「はあ……」
思わずため息を吐いてしまった。
迷宮区がある場所というのが、フェイの実家がある場所なのだ。つまりフェイの故郷である。
遥か昔、外れとも呼べるスキル【鑑定眼】を発現させたことにより、家族から捨てられた忌まわしき思い出のある故郷だ。もし家族に会ったらどうしよう、と考えてしまう。
そんなフェイの心境を察したのか、今までゾンビ系魔物で犇めく迷宮区を心底嫌がっていたユーリが見上げてくる。
「アンタの場合、故郷に迷宮区が出来るのが嫌かい」
「まあ……家族が『育てられない』って言って奴隷商人に売ったからなぁ」
フェイは沈んだ面持ちで、
「あの時の、母さんの冷たい瞳が忘れられないよ」
外れスキル【鑑定眼】を発現させたことによって、フェイは奴隷商人に売られることとなった。
その際に、涙を流して助けを求めるフェイに、母親たる女性は「貴方を育てる余裕はない」と言い放ったのだ。残されたのはまだスキルを発現させていない2歳下の妹ぐらいで、両親は妹がスキルに恵まれるように祈ることとしたのだろう。
それなら、すでにいらないスキルを発現させてしまったフェイのことなど必要ではなくなる。
「妹は捨てられてなきゃいいけどなぁ」
「自分のことを捨てた家族の心配かい。アンタは優しいねェ」
ユーリは赤い瞳を細めて笑い、
「アタシの場合はスキルを悪用しようって輩が多かったのさ。金銭を積めばどんな願いでも叶えてくれるからねェ、それに目をつけた貴族連中が多かったのさ。もちろん家族もね」
「あー……何か分かる気がする」
ご主人様であるユーリのスキルは特殊なもので、金銭を対価に支払えばどんな願いでも叶えてくれる【強欲の罪】と呼ばれるものだ。
確かにどんな願いでも叶えてくれると銘打たれていれば、多額の金銭を積み上げて願いを叶えてもらおうとするだろう。代々続く貴族連中の中にも強欲な者は多く、むしろ強欲でなければ長く続かないのだろう。
フェイもそんなスキルを知ってしまったら、金銭を積んで願いを叶えてもらおうとする。ただ、その願いは思いつかないのだが。
「へえ、フェイは何か叶えたい願いでもあるのかい?」
「ないなぁ」
フェイは即答していた。
「今はマスターがいれば幸せだよ、俺」
「言うようになったじゃないかい」
ユーリはフェイの脇腹を小突き、
「じゃあ、アンタの故郷に帰った暁には『息子さんはアタシが大事に育てているから心配しないでいいよ』と言っておこうかねェ」
「はははは、母さんが凄い顔をしそうだ」
フェイは楽しそうに笑うと、
「あ、ちなみに俺の家は宿屋だったよ」
「へえ?」
「面白いかもね」
「それはそれは、面白そうじゃないかい」
フェイだって売られたことに多少の恨みはあるが、そのおかげでこんな素敵な探索者の女性に出会えたのだ。その部分だけは自分を奴隷商人に売っ払った両親に感謝しなければ。
ただ、奴隷商人に売られなければ暴力を毎日受けることはなかった。その部分の恨みはあるし、よくも「貴方を育てる余裕はない」と言ってくれたものである。今はこうして立派に成長しているところだ。
長年の迷宮区踏破生活のおかげで身体も鍛えられたので、下手なことを言えば反撃だって可能だ。
「マスターのことを自慢しちゃお。『売ってくれてありがとうございます』って言っちゃお」
「いいじゃないかい。アタシも『息子さんはアタシが大事に育てているんでご心配なく』って言ってやろうかい」
「楽しくなってきちゃったな。故郷に帰るのが楽しみだ」
「そうだねェ。ついでにアンタのスキルがアタシにどれだけ貢献しているか実演してやるのも一興じゃないかい?」
「それもそうだな」
今まで故郷に帰るのが死ぬほど嫌だったのに、何故か今は故郷に帰るのが楽しみになっている。
故郷にはまだ家族で住んでいるのだろうか。あの小さな宿屋を経営しているのだろうか。だとすれば、自分の外れスキル【鑑定眼】がどれほどご主人様に貢献しているのか見せつけてやるのもいいかもしれない。
往来を歩きながら2人揃って凶悪な笑みを浮かべるフェイとユーリは、
「じゃあ幽霊対策の装備品を買いに行くかい」
「ゾンビとか幽霊って、やっぱり十字架とか聖水で倒すの?」
「基本的にはその二つが一番だねェ、だけど奴らは闇に強くて光に弱いのさ」
ユーリはとある店の前で立ち止まった。
どこからどう見ても怪しいお店である。
黒い壁に黒い扉、窓から外の世界を覗き込む古めかしいお人形。掲げられた看板には『アンティークショップ』などと銘打たれ、とてもではないが店の中に入りたくないという直感が働く。
フェイは口元を引き攣らせ、
「……マスター」
「何だい」
「ここに入るの?」
「そうさね」
「何か嫌な予感がするんだけど」
「イザベラの店とは違って、ここはゾンビ系の魔物や幽霊によく聞く装備品を売っているのさ。何か一つでも身につけておいたら安心だろう?」
ユーリはフェイの腕を掴むと、
「ただしアタシも怖いから、アンタも連行していくよ」
「マスター、怖がりなのバラされてから遠慮しなくなったな」
「余計なことを言うんじゃないよ、フェイ。いいから行くよ、行くったら行くんだよ」
「マスターが言うなら行くけど、そろそろ腕の力を緩めてほしい。痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタタタタタタタタタタだから腕の力を緩めてってば!!」
遠慮なくぎゅううううううううう、と腕を掴んでくるご主人様に引き摺られて、フェイは仕方なく『アンティークショップ』に足を踏み入れることとなった。




