第8話【大王はイカ】
貝殻で出来た建物に珊瑚礁が街路樹感覚で生え、海の中にある町を人魚たちがスイスイと縫うように泳ぐ。
それはまさに優雅で美しく、おとぎ話の世界にありそうな光景だった。
この光景を絵に描いて売れば高値がつきそうだ。探索者をしていると、こう言った幻想的な経験を何度もするのだ。
人魚の町を目の当たりにしたフェイとユーリは、
「凄えよ、マスター。本当に人魚の町だ!!」
「これなら稼ぎ放題だねェ」
銀色の散弾銃をぷらぷらと揺らすユーリは、その銃口をここまで案内した人魚の女性に向ける。フェイを誘惑したことはまだ許していない様子だった。
「じゃあ、案内ご苦労様。アンタはもう用済みだよ」
フェイは頑丈なゴーグルを装着し、自分のスキルである【鑑定眼】を発動する。
頭髪から内臓に至るまで、人魚の全ての情報が視界に書き出されて行く。それら一つ一つの金額は目玉が飛び出るほど高く、普通の金銭感覚を持っていればぶっ倒れそうなほどだった。
さすが人魚と言えようか、まさか一匹でこれほど稼げるとは思わなかった。
「マスター」
「フェイ、いくらだい?」
「聞いて驚くなよ。全部まとめて五八六〇万ディール」
「…………」
さすがのユーリも限界点を突破したのか、赤い瞳を零れ落ちんばかりに見開いていた。彼女の気持ちも分からんでもない。
五八六〇ディールではないのだ、桁数が数個違う。
今まで生きてきた中で最高の高さを有するお宝を前に、二人の探索者はゴクリと生唾を飲み込んだ。これだけの大金が稼げれば、しばらくはユーリの特殊スキル【強欲の罪】の発動に困らずに済む。むしろスキル側もウハウハである。
聞き間違いではないかと思うほど高額な値段を耳にしたユーリは、
「フェイ」
「何?」
「冗談じゃないよねェ?」
「いやこれが冗談じゃないんだよなぁ」
「本気で言ってんのかい」
「本気なんだよ」
むしろどんどん釣り上がってるような気がする。これ以上があるのかと思うと、フェイもクラクラしてきてしまう。
人魚一匹でこれだけの値段ならば、あの人魚の町に住まう人魚全員を糧にしたらどれほどの値段が稼げるだろうか?
考えただけで瞳にディールの『D』の文字が浮かんできそうである。銭ゲバだと罵るなら言うがいい、財宝の前では人間の理性などあってないようなものだ。
声が出せない人魚は逃げることも助けを呼ぶことも出来ず、ボロボロと涙を流しながら縄を千切ろうと懸命に暴れる。それよりも先にユーリは銀色の散弾銃を突きつけて、
「食らえ、シルヴァーナ」
銀色の散弾銃が縦に割れる。
広がった銃口から風が吹き、明らかに銀色の散弾銃よりも大きな人魚の女性をすっぽりと飲み込んだ。頭から尾っぽまでしっかり飲み込んで、五八六〇万ディールを回収する。
いいや、どうだろうか。フェイが寸前で鑑定したら『五九一〇万ディール』になっていた。値段がさらに釣り上がってしまったのだ。
回収した金額を確認すると、ユーリは「鑑定結果より上がってるねェ」と言う。
「人魚の値段が暴落するってのは珍しいからね。そこまで個体数もいないし」
「高騰が当たり前と思ってるといけないねェ」
「そうだな」
さて、やるべきことは一つだ。
フェイは幸いにも男性で、ユーリは女性である。
人魚は異性を誘惑するので、二人がいれば両方の人魚を誘惑できるという訳で。
互いに顔を見合わせてニヤリと笑うフェイとユーリは、
「ここの人魚を回収するかい。どうせ迷宮主を倒したら踏破成功で、迷宮区は閉鎖となるんだからねェ」
「なるかなぁ」
「全体の七割がそうなんたから、今回もそうだと思うね」
銀色の散弾銃を掲げるご主人様の隣で、フェイは頑丈なゴーグルに守られる瞳で人魚の町を眺める。
その間を縫うように悠々と泳ぐ人魚たちは、自分たちに目玉が飛び出るほどの金額がかけられていることを知らない。
スキル【鑑定眼】は人魚一匹一匹の値段を素早く算出し、フェイはその金額を主人に伝えていった。
一匹の値段が馬鹿みたいに高いので、ユーリもフェイもぶっ倒れそうになりながら人魚をスキルに収めていった。
☆
「マスター、あれは何だろうな」
「どれだい?」
伽藍とした人魚の町でめぼしい宝を探すフェイとユーリは、町の中心に聳え立つ貝殻の城を示した。
フェイが示したのは、町の中心に居座る貝殻の塔だ。
法螺貝に似た貝殻が塔のてっぺんに飾られ、その容貌はまるで城のようだ。人魚にも王様などの概念があるのかと驚いたものだが、おそらく迷宮主云々がいるからだろうか。
この広大な海の中にも、やはり終わりがあるように見えた。非常に残念である。
「迷宮主の屋敷か城かねェ」
「行く? もう人魚も回収しちゃったし」
片っ端から人魚に【鑑定眼】で値段を与え、それをユーリの散弾銃が全て回収してしまった。もう人魚の町は廃墟と化してしまったのだ。
あとは迷宮主を倒してしまえば、この迷宮区【ディープブルー】は踏破成功である。
果たしてどれほど強い迷宮主なのか、それとも珍妙な迷宮主なのか楽しみだ。珍妙な迷宮主だったら確実に金になる。
「行こうかい」
「了解」
そんな短いやり取りを経て、フェイとユーリは貝殻の塔に足を踏み入れる。
塔の内部は妙に暖かい。水面から降り注ぐ陽光のせいだろうか。
入ってすぐに下へ続く螺旋階段があり、地下に降りることが出来るようになっていた。迷宮主は下にいるのだろうか。
ユーリは「アタシが先に行くよ」と言い、
「フェイはついてきな」
「了解」
これもいつも通りのやり取りだ。囮になるのは必要に駆られた時だけである。それか、迷宮主が本格的に出てきたらである。
ユーリの背中を追いかけるようにして、フェイは螺旋階段を下りる。
階段は真っ白で、暗い中でもぼんやりと浮かび上がっているようだ。手摺はあまりにも細く握っただけで折れてしまいそうだが、不思議なことに触れても壊れる気配がない。試しに【鑑定眼】を使ってみたら、それなりの値段があった。
凸凹とした塔の壁には、何やら壁画のようなものが描かれている。
巨大な虫が王冠を被った様や、巨大な魚が人間を襲っている瞬間。翼を広げた人間が数多くの他の人間を平伏させているところまで様々な絵があった。
中でも印象的な絵は、最も下の位置に描かれた穴の絵である。全てを飲み込まんとする巨大な穴は、果たして何を意味するのだろうか。
「マスター」
「何だい?」
「壁にある穴の絵は一体何を示しているのか分かるか?」
「穴の絵ェ?」
怪訝そうな表情を見せたユーリが壁の絵に視線をやると、ピタリとその動きを止めた。
「…………アビス」
「え?」
ユーリがポツリと呟いたその名前に、フェイは聞き返していた。
アビスとは一体どこか?
奈落?
その意味を問い質そうとすると、何か巨大なものが蠢く気配を感じ取った。
「誰だ、我が寝所を荒らす不届き者は」
いつのまにか塔の最深部まで到達していたようだ。階段はすでに終わり、広く暗い空間に二つの赤い光が灯る。
二人の探索者が最深部に足を踏み入れた途端、最深部に明かりが灯った。
最深部は広い空間であり、玉座の間のようだ。最奥には雛壇があり、そこに錆びた玉座が鎮座している。
その前に居座っていたのは、見上げるほど巨大なイカだ。
触手をゆらゆらと揺らし、ギョロリとした赤い双眸でフェイとユーリを睨みつける。口のような器官はないが、どこから声を発したのか。
巨大なイカは全身を真っ赤に染め上げて怒りを露わにすると、
「この寝所を荒らす奴は許さんぞぉ!!」
ユーリは銀色の散弾銃を握りしめると、その銃口を巨大なイカに向ける。
「まさかクラーケンが出てくるとはねェ。今日は邪魔者もいないし、とっとと倒してアンタの死体をいただくよ!!」
「やれるものならやってみろ!!」
海の世界だったら誰もが予想できたことだが、まさか海の怪物『クラーケン』まで出てくるとは思わなかった。
フェイは白目を剥きそうになった。
巨大なイカ――クラーケンのあまりの大きさに圧倒されたということもあるが、驚くべきはその金額である。
「二〇〇〇ディール……」
この値段をご主人様に伝えるべきか否か、フェイは悩むところだった。




