第7話【人魚の都】
「う、うう……」
岩場に括り付けた人魚が、ようやく目を覚ました。
瞼を持ち上げ、その向こうに秘められた色鮮やかな緑色の双眸で状況を確認。自分が縛られていることに気づいた彼女は「何これ!?」と下半身の鰭の部分をバタバタと動かしてもがく。
適当な岩場にご主人様のユーリがスキルで召喚した縄で括り付けられ、完璧に囚われの身となっている。人魚は陸の常識に疎いと聞くので、縄で縛られても抜け出すことは困難だろう。
案の定と言うべきか、もがき疲れた様子の人魚にユーリが「おい」と話しかける。
「お目覚めのようだねェ、気分はどうだい?」
「お、女に興味はないのよ!! さっきの男を出してちょうだい!!」
「魚の開きになるかい?」
ユーリは銀色の散弾銃を人魚のこめかみにグリッと押し付け、
「ウチの奴隷に興味津々の様子だけど、アレはアタシの所有物さ。節操のない脳味噌までお花畑なアンタに触らせる訳にはいかないねェ」
「ふん、そんなの海には関係ないわ。横から奪ってしまえばいいもの」
人魚の女性も随分な自信である。ユーリに銀色の散弾銃を突きつけられても平然としていられるとは、一体どんな神経の持ち主なのだろうか。
まあさすが人魚と言うべきなのだろう。
銀色の散弾銃を突きつけられるということは、いつでもスキルを使って口封じか殺すことだって可能なのに、あそこまでご主人様の地雷を的確に踏めるとは呆れを通り越して感心するしかない。他だったら間違いなく命乞いなり謝罪なりしてくるのに、この人魚の女性は詫びることさえない。
女性の目に入らないように珊瑚礁の影から様子を窺うフェイは、内心で「はわわわわわ……」と大慌ての状態だった。あのまま殺してしまわないか心配だった。
「ほら早く男を出して。あの子がいないと何も喋らないわよ、わたし」
「おっと手が滑った」
「ぎゃッ!!」
ユーリの銀色の散弾銃が、人魚の脳天に叩きつけられた。容赦なくぶん殴った。
「な、何をするのよ!!」
「フェイがいても喋らないだろう? そんな確証がどこにあるんだい」
「あら、あの子ってフェイって名前なのね? いい名前だわ、ふふふ」
ユーリは「しまった」と言わんばかりに顔を顰めた。
もうダメだ、話が進まない。
ご主人様に言われて珊瑚礁の影に隠れていたが、出ていかなければ人魚も口を割りそうにないだろうし、これ以上ご主人様に迷惑をかける訳にはいかない。
「マスター」
「フェイ、出てくるなと言ったろう!?」
「あら、先程の!!」
岩場に括り付けた人魚の女性が、明らかに弾んだ声の調子で反応する。こんな奴隷相手にも反応してくれるとは、何だか複雑だ。
「素敵なお人ね、貴方の名前はフェイって名前なんでしょう? 素敵ね、ふふふ」
「人魚の町ってどこかにあるの?」
「もちろんよ!! 素敵な人魚がたくさんいるわ、ねえ遊びに来ないかしら? 案内するわよ!!」
「案内してくれる? 本当に? ありがとう」
フェイは敢えて頑丈なゴーグルを目に装着し、外れスキル【鑑定眼】を発動する。
人魚は売れるのだ。個体数があまりにも少ないので相場の価格も目が飛び出るほど高く、さらにどこを売っても価値になる。
それはもちろん、人魚の『声』だって売れるのだ。【鑑定眼】があればその値段も算定できる。
「マスター」
岩場に括り付けた人魚を指で示して、フェイはユーリに振り返って言う。
「人魚の声、二〇八万ディール」
「おや、なかなかいい値段じゃないかい」
ユーリは銀色の散弾銃を掲げると、
「食らいな、シルヴァーナ」
ご主人様の持つ銀色の散弾銃が、縦に割れて銃口が広がる。
広がった銃口が岩場に括り付けた人魚の喉元に噛みつき、キラキラとした何かを飲み込んだ。人魚はハクハクと口を開閉させて何かを訴えるが、声が全く出ていない。
フェイはご主人様のユーリ一筋である。正直な話、他の女性は眼中にないのだ。言い寄ってくる女性は面倒だし、こうしてご主人様の願いの糧にしてしまった方がいい。
特に迷宮区の女性型の魔物は余計にスキルの糧として食わせてしまった方がいい。その方がご主人様も喜ぶ。
何故か裏切られたような表情でこちらを見てくる人魚の女性に、フェイは「ごめんね」と爽やかな笑顔で言う。
「俺、マスターだけだから」
その言葉にユーリは嬉しそうにし、逆に人魚の女性はガックリと項垂れた。
☆
捕まえた人魚の女性の腰に縄を括り付け、まるで犬の散歩でもしているかのようなノリで引っ張ってもらう。
人魚の女性はその美しい見た目とは対照的に、ぶすっとした表情で縄を引っ張るように泳いでいる。文句の言葉が一つも言えないので、彼女はさぞ悔しい思いをしていることだろう。
ご主人様に気に入られている奴隷の青年に目をつけたのが運の尽きだった。あとついでにご主人様を信頼している奴隷の青年にしつこく付き纏ったのが原因でもありそうだ。
どのみち、彼女には「ご愁傷様」以外の言葉をかけられない。いや本当に残念である。
「人魚の町って初めてかも」
捕まえた人魚の手綱を引くフェイは、のほほんとそんなことを言う。
「人魚ってのは個体数が少ないからねェ。町があるのはアタシも初耳だね」
「迷宮区でこんなのってなかったの?」
「水の中に潜るって迷宮区自体がそれほどないよ。もしここが踏破しても残る形式の迷宮区だったら、きっと物好きな探索者で溢れ返るんじゃないかい?」
「溺死体にでもなりそうだな」
「探索者は馬鹿な男が多いからねェ、人魚の連中には格好のカモじゃないのかい?」
異性を誘惑すると言われる人魚なら、探索者たちもメロメロになってしまうだろう。彼らにはそれを可能にする技術が色々とある。特に人魚の奏でる歌声は異性を魅了すると噂があるのだ。
――いや、待てよ。
人魚とは女性だけではなく、男性もいなかったか?
女性の人魚は男性を、男性の人魚は女性を魅了する。フェイが連れている人魚は女性なので男性のフェイを誘惑しようとしたが、人魚の町に行けば男性の人魚が存在するのではないか?
「ま、マスター、マスター」
「何だい、フェイ。顔を青くしちまって」
「人魚の町って男性の人魚もいないかな? マスターが誘惑されちゃう……」
「はッ、馬鹿なことを言うねェ」
ユーリはフェイの心配を鼻で笑い飛ばすと、
「アタシは魅了にかからないのさ、そういう性質なんだよ」
「そうなんだ」
「そうさ。だからイザベラの魅了体質もどうとも思ってないだろう?」
「あ、そうだね。そう言えばイザベラさんも特殊な体質だったわ」
ユーリの元仕事仲間であるイザベラ・ラインツイッヒは、淫魔と人間の混血である。淫魔の性質はほとんど失っているにも関わらず、何故か淫魔の魅了体質だけは引き継いでしまった厄介なおねーさんだ。
彼女のことを、ユーリは毛嫌いしている。魅了体質が通用しない人間であるユーリを気に入っているイザベラは、そんなの知らんとばかりに構い倒してくるのだが、ユーリは逆にイザベラのことが嫌いな模様だ。ついでにフェイにも言い寄ってきたので、好感度は最低の部分を振り切ったが。
ちなみにイザベラは、フェイがユーリ一筋ということを知った途端に諦めたのだ。一体あれは何だったのか。
「それより、ほら。見えてきたよ、フェイ」
「あ、本当だ」
ゴツゴツとした岩場の向こう側に、貝殻で出来た建物の密集地が見えた。
そこだけ何故か妙に明るくて、薄桃色や青色の建造物がたくさん確認できる。建物の間をすり抜けるようにして何人もの人魚が悠々と泳ぎ、揺れる海藻や色とりどりの珊瑚礁で遊んでいた。
人魚とそこら辺を泳ぐ魚は友達なのだろうか、町の中を極彩色の魚たちが泳いでも人魚たちは別に気にした様子はない。「今日もいい天気ね」とか「今日は暖かいわよ」とか世間話を魚に投げかける。
初めて見る人魚の町に、フェイとユーリは瞳を輝かせた。
「「人魚の町だ!!」」




