第11話【即時踏破】
――迷宮区【フォレストヴァンシー】再起動します。
どこからかそんな女性の音声が流れ、迷宮区が再び始動する。
始動というのは、迷宮主が再び出現したということだ。
基本的に迷宮主の討伐と同時に迷宮区は崩壊し、この世から消え去る。一度でも踏破すれば二度と同じ迷宮区は攻略できない故に、踏破報酬は莫大な金額となるのだ。
迷宮主を討伐してもなくならない迷宮区は、迷宮主を倒した時点で『休眠』という状態になる。休眠状態でも探索は可能だが、迷宮区の活力が段違いとなる。
分かりやすく言えば、迷宮主がいるから迷宮区は本来の顔を出せるのだ。
「ああもう、迷宮主に認定される前にやっちまいたかったけどねェ」
銀色の散弾銃を構えるユーリは、やれやれとばかりに肩を竦める。
「フェイ、いつも通りさね」
「え、この鳥籠はどうすんの?」
フェイは抱えたままにしている鳥籠を掲げ、その中で気絶するハーレ・ルゥを示して言う。
この真っ赤な妖精をそのままにしておいてもいいのだろうか。
多分、彼女を抱えたまま巨大蜘蛛を相手に戦うのは厳しい。正直なところ、この鳥籠を抱えた状態で駆け回りたくない。
ユーリは「仕方ないねェ」と言うと、
「ドラゴ、持ってな」
「囮にすればいいじゃん!?」
「馬鹿言いな。一応は《ドナー》の王女様だよ、殺しでもすれば《ドナー》の国長と戦う羽目になるだろうに」
ユーリとて馬鹿ではない。国長と戦うことがどんな意味を示すのか理解しているのだろう。
国長と戦うとは、つまり妖精の国を相手取って戦うということだ。
迷宮区【フォレストヴァンシー】には数多くの妖精の国があるが、一つでも揉め事を起こせば他の妖精の国にも揉め事の内容が知れ渡ってしまう。もう二度と、この迷宮区に探索者が足を踏み入れることはなくなってしまうのだ。
ドラゴはハーレ・ルゥの立場を思い出すと、
「そうだね!! 分かったよ!!」
「アンタは歩き回らなくていいよ、ドラゴ。雑魚の処理だけ頼むよ」
「分かった!!」
そう言って、ドラゴは赤い銃火器の引き金を立て続けに三度ほど引いた。
ドゴン、ドゴン、ドゴンと三回連続で銃声が轟く。
弾丸は射出されないが、その代わりにフェイたちを取り囲んでいた巨大な虫の群れが仲間割れをし始める。彼女のスキル【憤怒の罪】は、自分自身の苛立ちや怒りを消費して相手の怒りを煽るのだ。ちょっと特殊だが、アルアの【怠惰の罪】よりマシである。
巨大な蟷螂の手が近くにいた蟻の頭に突き刺さり、蟻の牙が蟷螂の細い足を食い千切る。盛大な戦争である。おとぎ話にありそうだ。
「じゃあドラゴさん、ハーレ・ルゥのことをお願いします」
「任せて!! ワンコ君も気をつけてね!!」
「はい」
巨大な虫の群れを相手に【憤怒の罪】を連続で発動させるドラゴにハーレ・ルゥを閉じ込めた鳥籠を渡して、フェイは新たな迷宮主に君臨した巨大蜘蛛に突撃する。
ただ突撃すれば危険というのは分かっている。
なので、近くで拾った無価値の石を巨大蜘蛛の複眼めがけて投げつけ、注意を引くことにする。
「こっちだよ!!」
木々の間をすり抜け、深い霧の中に紛れながら、フェイは巨大蜘蛛から逃げ回る。
複眼をギョロギョロと動かして、巨大蜘蛛はフェイを追いかける。
細い脚を地面に突き刺し、深い霧を引き裂くようにして逃げるフェイに迫った。この深い霧の中を迷いなく突き進んでくるのは、迷宮主として何か加護でも受けているのだろうか。
「きしゅああああああああッ!!」
「うわッ!?」
巨大蜘蛛の口から放たれた白い糸が、ちょうどフェイが隠れた木の幹にべちゃりと付着する。
糸を吐き出した巨大蜘蛛は「ちッ、外れたか」とばかりに白い糸を自分の口から切り離す。複眼がそれぞれギラリと妖しく輝くと、木の裏側に隠れるフェイを睨みつけていた。
粘性の高い糸である。あの繭玉もそれなりのお値段を見込めたが、この蜘蛛が吐き出す糸にも価値が見込めそうだ。フェイは密かにゴーグルを装着して、自分のスキル【鑑定眼】を発動させる。
「マスター!!」
霧の向こうにいるご主人様に呼びかけ、フェイは白い糸の鑑定結果を告げる。
「一〇万ディール!!」
「――でかしたよ、フェイ」
いつのまに飛び乗ったのか、巨大蜘蛛の背中に乗るユーリが地面に落ちた白い糸に銀色の散弾銃を突きつける。
「食らいな、シルヴァーナ!!」
広がる銃口、吸い込まれる白い糸。
ご主人様のスキルに一〇万ディールの白い糸が加算された。
巨大蜘蛛は「背中に乗るな!!」とばかりに金切声を上げるが、
「うるさいねェ」
赤い双眸を眇めた最強の探索者は、銀色の散弾銃を足場にしている巨大な蜘蛛に向けた。
「背中を取られた時点で、アンタは終わってるのさ。――さあ、潔く死にな」
一〇〇万ディール装填、とユーリが告げる。
スキルを発動する為に、金銭を対価に捧げる。
それはもう盛大に、確実に相手を殺すことが出来るような金額を。
「《身体を半分に裂けさせて死にな》」
ガチン、と引き金を引く。
すると、巨大蜘蛛にピッと縦の切れ目が生まれた。徐々にめりめりと巨大蜘蛛の身体が半分に裂けると、紫色の体液を撒き散らしながら半分になって絶命した。
背中に乗っていたユーリは蜘蛛が半分に裂ける前に飛び降りていて、地面に広がる紫色の体液を眺めながら顔を顰める。
「随分と汚い死に様だねェ」
ツツツ、と徐々に範囲を広げる紫色の体液から逃れるようにユーリがフェイに身体を寄せてきたので、ご主人様の靴が汚れないようにフェイはユーリを蜘蛛の死体から遠ざけた。
☆
という訳で、山分けのお時間である。
「随分と大きいね!!」
ドラゴは半分になった蜘蛛の死体を見上げて、そんなことを言う。
いくら半分に割れたとはいえ、半分でも持ち帰るにはあまりにも大きい。これを気合で持って帰るとはどうするつもりだろうか。
もう半分の巨大蜘蛛の死体を銀色の散弾銃に食わせてやりながら、ユーリが「大丈夫かい?」と聞く。
「うーん、大丈夫だよ!! お嬢が迷宮区の外まで迎えに来てくれるって言ってたから、蜘蛛の死体を引き摺って迷宮区を出れればいいよ!!」
「そこまで運んでいくのは素手かい?」
「縄があるからそれを使うよ!!」
ドラゴが服の衣嚢から縄を取り出して、慣れた手つきで巨大蜘蛛の死体に縄を縛り付ける。どこから蜘蛛の死体を引き摺るほどの剛腕が出るのか、いとも容易く蜘蛛の死体を引き摺る。
さすがSSS級探索者と呼ぶべきだろうか。彼女の力はどれほどのものなのこ気になる。
巨大な蜘蛛を引き摺るドラゴに、フェイは羨望の眼差しを送る。
「ドラゴさん凄いですね……」
「そうかな!?」
全く気にした素振りを見せずに、ドラゴが言う。
そのすぐ側でご主人様のユーリが物凄い表情を浮かべているのを、フェイは知らなかった。おそらくこれ以上は鍛えてほしくないのだろうが、やはり男なので剛腕には憧れる。
いつかドラゴのように強くなって、ご主人様のユーリにも強さが認められる男になりたいものである。
すると、放置された鳥籠をガチャガチャと鳴らしながら気絶から回復したらしいハーレ・ルゥが叫ぶ。
「ちょっと!! わたしを王国に戻してくれるわよね!?」
まるで捕まった囚人のように喚く真っ赤な妖精に面倒臭そうな視線を投げるフェイは、
「マスター、どうする?」
「捨て置いてもいいけどねェ」
鳥籠を拾ったユーリは、フェイにそれを押し付けた。
「どうせ帰り道だよ。立ち寄ってその妖精を突き返してから、アタシらも帰ろうかねェ」
「了解」
「突き返すって何よ!! さっさと出しなさい!!」
なおも鳥籠をガチャガチャと鳴らして喧しい妖精を黙らせる為に、フェイは少し乱暴に思いながらも鳥籠を上下に振って静かにさせた。




