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外れスキル【鑑定眼】持ちの俺、美人な女探索者と組んで世界最強の弾丸に!?  作者: 山下愁
第3章:迷宮区【フォレストヴァンシー】

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第4話【魅了体質】

 迷宮区ダンジョン探索に必要な消耗品も購入し、フェイとユーリはようやく自宅に戻ることが出来た。


 今日の収穫は何と言っても虫除けの香水だろうか。これを購入するまでに一悶着あったが、無事に購入できてよかった。宣言通り、それほど高額でもなかったし。

 ただ、この香水を調合したのはユーリの元仕事仲間である『七つの大罪(セブンズ・シン)』に所属する探索者シーカーだ。名前をイザベラ・ラインツイッヒ、非常に癖のある女性だった。



「疲れた」


「お疲れ、マスター」



 深々とため息を吐いて長椅子ソファに腰掛けるご主人様を労い、フェイはついでに購入してもらった本日の食料品を食料保管庫に入れていく。


 今日のご飯は何にしようか。

 明日は迷宮区ダンジョン探索なので、力のつくものを作ろうか。肉の塊があるので香草焼きにでも挑戦しようか、と食事内容を考えていると、ご主人様のユーリが「フェイ」と呼んだ。



「ん、どうしたマスター。ご飯はまだだぞ」


「アンタ、あのアバズレのことをどう思ったかい?」


「どう?」



 質問の意味が分からずに聞き返せば、彼女は少し苛立ったような声で続ける。



「惚れたかい?」


「はあ?」



 何か訳の分からないことを言われたので、さすがのフェイも反応に困った。


 惚れた? もしかして、あの怪しげな女に?

 ご主人様一筋のフェイが、元仕事仲間とはいえ惚れる訳がない。世界がひっくり返ってもあり得ないことだ。



「いや別に」


「嘘を吐かなくてもいいんだよ」


「本当だよ。綺麗な人だとは思ったけど、俺は別にそこまで好きじゃないよ。むしろ強引だからちょっと苦手かも」


「…………そうかい」



 応じる声が穏やかなものになったので、どうやら安心した様子だ。


 有象無象の男どもはイザベラ・ラインツイッヒという女性に見惚れていたが、フェイにはとても魅力的な女性には見えなかった。

 こんなことを言えば彼女に群がっていた男どもに殺されそうな気配はあるが、ご主人様のユーリの方が綺麗である。イザベラがあれ以上綺麗になろうとフェイにとっては「ふーん」程度の認識でしかない。


 大切なのはご主人様のユーリだけだ。彼女が長いこと心血を注いで自分を育ててくれたのだから、多大な恩がある。



「マスター、何でイザベラさんのことを聞いたんだ?」


「アイツはね、魅了体質持ちなのさ」


「魅了体質?」



 聞いたことのない体質である。



「魅了体質ってのは淫魔サキュバスが持ってる特異体質のことでねェ、あのアバズレは淫魔の血が混ざっているのさ。淫魔としての性質はほとんど受け継いでいないのに、魅了体質だけは何故か引き継がれちまった難儀な奴だよ」


淫魔サキュバスとの混血なんているんだね」


「珍しいものでもないよ。悪魔や天使と結ばれて子を授かる人間もいるからねェ、世の中には」



 食料品を片付け終わったフェイは「そうなんだ」と応じる。


 まさかイザベラが異性に囲まれるのは必然的であり、仕方のないことなのか。

 そういえば魅了がどうのと言っていたが、まあ所詮はその程度である。有象無象の猿には通用するが、一部の男性には通用しないのだろう。よかったよかった。


 フェイはご主人様の足元に座ると、彼女の膝の上に頭を乗せる。



「俺は大丈夫だよ。あのお姉さんには惚れないし、マスターだけがいればいいから」


「アンタは本当にいい子だねェ」



 ユーリは膝に乗せられたフェイの頭を撫でる。その手つきは優しく、ややボサボサ気味なフェイの金髪に指を通して遊ぶ。


 やはりこの手つきは最高である。他にはない魅力がある。

 イザベラ・ラインツイッヒの魅了よりもご主人様によるナデナデの方がフェイには何倍も価値があるのだ。こればかりはフェイのスキル【鑑定眼】でも鑑定は不可能である。


 しばらくフェイの頭を堪能していたユーリは、



「そういえば、虫除けの香水はどんな匂いなんだい? 確かめずに買っちまったからねェ」


「つけてみようか?」


「そうしな」


「了解」



 ユーリの膝から頭を持ち上げ、フェイは机の上に放置されていた青色の小瓶を手に取る。


 蓋を外して手首に振りかければ、薔薇のような匂いがした。

 普通の虫除けは鼻がひん曲がりそうな悪臭なので、これはなかなかいい虫除けである。普段使いの香水としても利用できそうだ。


 香水を振りかけた手首の部分をユーリの眼前に突き出し、フェイは「どうかな」と問いかける。



「薔薇の匂いがしていいかも」


「確かにねェ。あのアバズレも随分といい香水を調合するじゃないかい」


「うん、そうだ――――?」



 カクン、とフェイの膝から力が抜ける。


 身体が熱いし力が入らない。虫除けの香水は取り落としてはダメだと思って懸命に握りしめるが、指先にも力が入らなくなって青色の小瓶を膝の上に落としてしまった。

 思考回路にもやがかかり、正常な判断が出来なくなる。どうしたんだろうか。


 フェイの様子を不審に思ったユーリが、弾かれたように長椅子ソファから立ち上がる。



「フェイ、どうしたんだい? 何があったのか言ってみな」


「身体が、あつ……んッ」



 ユーリの指先がフェイの首筋に触れ、そのくすぐったさを普段の何倍も鋭敏に拾ってしまう。


 身体の熱さに息が荒くなり、近くにいるユーリにフェイは堪らず抱きついた。

 額を彼女の肩口に押し付けて、必死に身体の熱さを誤魔化そうとする。指先にまで力が入らないので両腕はだらりと垂れ、身体だけはユーリに預けるような体勢となっている。


 不思議なことに、ユーリの匂いは落ち着いた。どこか清涼感のある匂いがして、心が安らぐ。



「マスター……マスター……身体、熱い……ッ」


「しっかりしな、フェイ」


「助けて……ッ、たすけて、マスター……」



 弱々しく彼女の肩からかけられた外套コートを掴むフェイは、ご主人様に助けを求める。


 ご主人様は赤い瞳を瞬かせ、それから「分かったよ」と頷いた。

 華奢な腕でフェイを抱き寄せ、優しく背中を撫でてくれる。その体温と柔らかさが心地よくて、次いで冷たくて硬い何かが押し当てられる。



「一万ディール装填。《少し眠りな》」



 わざわざスキルまで発動させ、フェイはご主人様のお願い通りに意識を失った。



 ☆



 くたりと全身を弛緩しかんさせる奴隷の青年を、追加でスキルを使用して長椅子ソファに運ぶ。


 やたら身長が高いので足がはみ出してしまうが、まあいいだろう。この高身長で助かった場面もいくらかある。

 身体の熱さを訴えているので肌が赤くなり、眠った今でもやや呼吸が荒く感じる。風邪の症状に似ているが、おそらく違うだろう。


 ユーリは床に転がる青色の小瓶を手に取り、それから瓶の蓋に鼻を寄せる。僅かに残った液体の匂いを嗅げば、せ返るような薔薇の匂いが嗅覚を襲った。



「あのアバズレ、媚薬効果のある香水を寄越してきたね!! これだからあの馬鹿は!!」



 ユーリがあのイザベラ・ラインツイッヒを嫌う理由はこの部分にある。


 魅了体質で有象無象の男どもを引き寄せるのに、魅了の通じない一部の人間を気に入って媚薬や惚れ薬を仕掛けてくるのだ。

 今回はフェイがいたので騙されてしまったが、あのアバズレだけは信じてはダメだったのだ。こんなことになるのだから。


 ユーリは窓を開けると、青色の小瓶を力一杯ぶん投げた。遠くの石畳の上に落ち、青色の小瓶はあっさりと砕ける。



迷宮区ダンジョンから帰ってきたら文句を言ってやろうかねェ。いやもう殺した方が早い……」



 ぶつくさと不穏なことを呟くユーリだが、長椅子に寝転がるフェイを一瞥して考える。


 ユーリだけの奴隷、ユーリだけを慕う弾丸。

 反応がいちいち可愛くて、笑顔が優しくて、抱きしめられた時があったかくて、主人であるユーリの期待に応えようとしてくれる健気な青年。


 いつもは飄々(ひょうひょう)とした態度を崩さず、主人であるユーリだけを一途に想い続ける彼が、宝石のような青い瞳をとろけさせて助けを求めてきたのだ。



「ああもう、可愛いねェ。本当に手放せないよ」



 まあ、他のところに行くなど許さないのだが。


 眠る奴隷の青年の頭を撫でて、ユーリは微笑む。

 もう彼を手放せないほど、この奴隷の青年に入れ込んでいるのだ。


 ご主人様のちょっとした薄暗い感情など知らず、奴隷の青年は眠り続けた。

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