第6話【奴隷解放】
「ああああ、そんな……そんなあ……」
アウラエルの足元が、徐々に黄金の砂となってサラサラと崩れていく。
絶望の表情を浮かべていた大迷宮【アビス】の創造主は、今まさに二人の探索者によって討たれたのだ。
一〇万ディールという対価を捧げたことで願いが叶えられ、ついに長いこと誰にも踏破されることのなかった大迷宮【アビス】が創造主と共に崩れ去ろうとしていた。いずれはこの偉業も大迷宮【アビス】で奮闘を続ける全ての探索者たちに知れ渡ることとなるだろう。
アウラエルは「残念です」と悲しげに目を伏せて、
「まさか悪魔が渡したスキルによって討ち取られるとは……」
「やっぱり、このスキルは普通じゃないんだねェ」
ユーリは銀色の散弾銃を揺らしながら言う。
「ええ、そのスキルは神々が与えたものではありません。悪魔が自らと波長の合う人間を選び、スキルとして自分自身の力を分け与えたのでしょう」
すでに腰元まで砂化が始まっているアウラエルは、
「悪魔のスキルは対価がついて回ります。神々の与えるスキルとは違って、莫大な対価を今後も支払うことになりましょう。やがてそれへ身を滅ぼす運命となるのです」
「へえ、ソイツは面白いねェ。でも残念」
ユーリはフェイの肩を抱き寄せると、
「アタシにはこの優秀な【鑑定眼】持ちがいるからねェ。今度も対価を支払い続けることに抵抗はないさ」
ユーリのスキル【強欲の罪】は金銭を対価に捧げて願いを叶えるというものだ。世界中に価値あるものがある限り、そして【鑑定眼】スキルを持つフェイが存在する限り、彼女が願いに対して金銭を支払えなくなるという事態はない。
世間一般からは外れスキルと揶揄される【鑑定眼】でも、ユーリ・エストハイムの隣では何にも勝る財宝だ。それを彼女が証明してくれた。
アウラエルは「そうですか」と頷き、
「踏破おめでとうございます。さあ、約束の時です。願いを叶えましょうか」
「あ、それ本当だったんだ」
「神に二言はありませんので」
すでに胸元まで砂化の状態が進行しているアウラエルに、フェイはどんな願いを叶えてもらおうか悩んだ。
特に願い事なんてないのだ。フェイは今の状態で十分に幸せだし、出来ればこの先もユーリと一緒にいたいというぐらいだけである。他に何か願いなんてあっただろうか。
するとユーリが「じゃあ」と口を開き、
「フェイを奴隷から解放してやってくれないかい?」
「承知いたしました」
「え?」
フェイは弾かれたようにご主人様へ振り返った。
ユーリの表情は真剣そのもので、フェイの奴隷解放を心から望んでいる様子だった。
現状維持でよかった。フェイはユーリの奴隷のままでよかったのに、どうして今になって人間としての地位を戻すのか。奴隷から解放されて自由の身になれば、フェイはユーリと一緒にいられなくなってしまうのではないか?
不安になるフェイに、ユーリが「安心しな」と告げる。
「アンタは絶対に離さない。離すもんかい」
「だって、マスターは俺のこと……」
「奴隷だと何かと不都合が多いからねェ。アンタはさっさと奴隷から普通の人間に戻ってもらって、それで」
フェイに視線をやったユーリは、ニッといつものように笑った。
「今日からはアタシの相棒を名乗ってもらおうかい」
ボロボロになったゴーグルで覆われる青い瞳を瞬かせたフェイは、
「いらなくなった訳じゃない……?」
「いらないなんて誰が言ったさね。アンタはこれからもアタシの隣で迷宮区踏破に協力するんだよ」
乱暴に頭を撫でられて、フェイはこれが現実であることを知る。
ユーリは、フェイのことを不必要になったから奴隷解放を願うのではない。自分の隣に相棒として堂々と立ってほしいから、フェイのことを自由の身にしたのだ。
奴隷でなければ色々と不都合なことは起きない。店主に睨まれることもないし、権力者から変なイチャモンをつけられることもないし、堂々とユーリ・エストハイムの隣にいることが出来る。
「まあ、ゆくゆくは旦那として隣を歩いてもらうけどねェ」
「え、マスターそれってどういう」
「奴隷解放したんだからマスター呼びは禁止だよ、フェイ。マスターって呼んだら一〇〇ディールを徴収するよ」
「横暴だぁ!!」
理不尽なことを言われ、フェイは嘆く。もう何年もユーリのことは『マスター』と呼んできたのだから、呼び慣れてしまっているのだ。今更ユーリなどと呼び捨てに出来る訳がない。
せめて段階的に慣らしていくという発想がなかったのか。奴隷として解放された途端に難しい壁にぶち当たってしまった。
フェイとユーリのやり取りを聞いていたアウラエルは、
「それでは勇敢なる探索者よ、次の大迷宮にてお会いしましょう」
そう言い残して、全身が金色の砂となって消え去る。
ボロボロになった大理石の床にアウラエルを構成していた金色の砂が山となって積もるが、どこからか吹きつけた風が黄金の砂の山を散らしてしまった。彼女の痕跡がどこにもなくなってしまう。
それと同時に、いつもの聞き慣れた声が頭上から響き渡った。
――大迷宮【アビス】踏破です。
踏破が告げられると同時に、自動転送機構が発動する。大迷宮【アビス】の創造主が倒されたことで用済みとなり、内部を未だ探索する探索者の連中を次々と地上に転送することとなった。
フェイとユーリにも自動転送機構が適用され、目の前が徐々に白く染まっていく。これで外に放り出されたらバラバラになっていた、というオチは嫌だ。
だから、フェイはユーリに手を差し出す。
「マスター、じゃなかった。ユーリ」
「何だい、フェイ」
「手を繋いでいてもいい? 外に転送されたら離れ離れになっていたとか嫌だから」
「仕方がないねェ」
フェイの差し出された手を掴むユーリは、
「帰るよ、フェイ」
「うん、帰ろうユーリ」
二人を包み込む光はゆっくりと強くなっていき、やがて大迷宮【アビス】から二人の姿が掻き消えた。




