第5話【神を撃て】
アウラエルがユーリの銀色の散弾銃を見た瞬間、焦燥感に駆られたような表情が垣間見えた。
ユーリの持つ特殊スキル【強欲の罪】は、悪魔の名前を冠する極めて希少なスキルだ。世界中を探しても彼女と同じスキルを持つ人間はいないし、劣化版のスキルさえ存在しない。
神々を打倒できるとすれば、まさに彼女のスキルだけだ。七つの大罪に名を連ねる悪魔のスキルであれば、あの余裕綽々とした神を倒せるかもしれない。
「ああああ、あああああぁ……」
アウラエルは自分の腕をさすりながら呻いている。
ご主人様であるユーリの散弾銃を見てから、ずっとあの調子だ。物陰から様子を窺っているが、姿を見せればまたあの金色の波状攻撃が襲いかかってくる。
あれを避けるのは至難の業だ。物陰に隠れたフェイとユーリは、盾の代わりにしている壁を確認する。
「うわぁ……」
「酷いね、これは」
盾の代わりにしていた壁は、あと一歩のところで崩れそうだった。確かにこれは酷い。
フェイとユーリが粉々にならなかったのも不幸中の幸いだったのかもしれない。この壁が耐えきれなかったら、フェイもユーリも揃って塵となって消えていただろう。
銀色の散弾銃を握りしめるユーリは、
「でもまあ、打開策は見つけたねェ」
「マスターのスキルを使うの?」
「そうさね」
ユーリは大振りの散弾銃をフェイの目の前で揺らすと、
「コイツにはどんな願いでも叶えられる金額が貯まってるさね。もう結構な金額さ。ソイツを使えばスキル無効状態を無効に出来るよ」
「そっか、じゃあマスターが願いを叶えるまで囮になっていればいい?」
「それだけじゃないさね」
ユーリはフェイを小突き、
「アンタがあのアウラエルを倒すんだよ」
「俺が? 無理だよ」
「アンタに渡した拳銃は何の為にあると思っているんだい」
ある時、唐突に渡された銀色の拳銃。ユーリの特殊スキル【強欲の罪】の携帯版と言っていて、いわゆる子機のような役割を持っているとか。子機で吸い取った価値あるものは親機であるユーリの散弾銃にも直結し、また五〇万ディールまでの願いであれば金銭を対価に叶えることが出来るとか。
だが、ユーリは一億まで対価に捧げることが出来るが、フェイの場合だと五〇万ディールである。本当にそれだけの値段で倒すことが可能なのか。
銀色の拳銃の感触を確かめるフェイは、
「…………倒せるかな」
不安げに呟くフェイに、ユーリが自信を持って言う。
「アタシの奴隷だから、大丈夫さね」
「うん、じゃあ頑張るよ」
敬愛する主人が自信を持って言うのであれば間違いない、彼女の言葉は間違ったことはないのだ。
フェイは拳銃を拳銃嚢から引き抜き、物陰からアウラエルの様子を確認する。
彼女は未だに虚な眼差しでフェイとユーリの存在を探していたが、その場から一歩も動いた気配はない。ふわふわと優雅に舞う白い羽根が幻想的な美しさを演出し、とても暴走状態にあるとは思えない。
フェイはユーリへ振り返ると、
「マスター、あとは頼んだ」
「任せな、フェイ」
ユーリに背中を叩かれ、フェイは物陰から飛び出す。
フェイの役目はユーリの願いが叶え終わるまで囮になること、そしてあのアウラエルを討つことだ。
ただの奴隷でも、ご主人様が信じてくれているならばやるしかない。いつまでも彼女自身に頼る訳にはいかないのだ。
「いやあああああああ!!」
フェイの姿を認めた瞬間、アウラエルが甲高い悲鳴を上げる。
その悲鳴に合わせて、周囲をふわふわと舞っていた純白の羽根が一斉にフェイめがけて飛んでくる。フェイが避ければ、羽根が硬い大理石の床に突き刺さっていた。
もしあの羽根をまともに受けていたら、フェイの身体は穴だらけになっていたことだろう。絶対に嫌だ。
「《幾千幾万の財宝を捧げ、強欲の悪魔に希う》」
背後で聞こえてくる、ユーリの歌うような願いの声。
「《私の願いを叶えて》」
強欲の悪魔に対価を捧げ、あらゆる願いを叶える希少なスキルが発動する。
「一億ディール装填」
怯えた子供のような表情を見せるアウラエルに、ユーリは銀色の散弾銃を突きつけて大胆不敵に笑った。
「《スキル無効のスキルが無効になりますように》」
次の瞬間、パリンという硝子の割れる音がフェイの耳朶に触れた。
キラキラと黄金色に輝く硝子が雨のようになって降り注がれる。
傷つけるものかと思えば、違う。触れても痛くないし、硝子のように見えたのも一瞬だけですぐに消えてしまう。
アウラエルの持つスキル無効のスキルが、ユーリの願いによって意味をなさなくなったのだ。
「フェイ!!」
ユーリが叫ぶ。
フェイは手に握りしめていた銀色の拳銃を絶望顔のアウラエルに突きつける。
一体いくらをつぎ込めばいいのだろう。分からない。この拳銃にいくらの貯蓄があるのかさえ不明だ。
拳銃を構えたまま焦るフェイの頭に、誰かの声が響く。
――そいつなら一〇万ディールで殺せる。
その声を信じるべきだ、とフェイは反射的に理解した。ご主人様のユーリと同じく、何故か安心できる確かな情報だったのだ。
「一〇万ディール装填!!」
引き金に指をかけ、フェイは自分の願いを叫んだ。
「《アウラエルよ、今ここで消えろ》!!」
――――ガチン、と撃鉄が落ちる。




