第2話【天使との攻防】
「うふふふ」
「あははは」
虚な笑い声を上げながら、天使が悠々と高い天井を飛んでいる。かと思えば急速に落下して、逃げ回るフェイとユーリめがけて突っ込んできた。
頭突きされれば、あの虚に笑う天使の仲間入りである。そんなのは死んでも御免だ。
自分自身が天使の姿になったところを想像して、フェイは顔を青褪めさせる。カーテンを巻きつけたような格好と金色の巻き毛、それから背中に生やした小さな翼――そして如何にも「自分は幸せです」と言わんばかりの平坦な笑い声。
絶対に嫌だ、死んでも嫌だ。そんな格好をご主人様の前に晒すぐらいなら舌を噛み切って死ぬ。
「おっとぉ!?」
目の前に天使が凄い勢いで通り過ぎていき、フェイは思わず足を止めてしまった。
部屋の奥に設置された扉まであと少しだ。扉の向こう側に駆け込むことが出来ればフェイとユーリの勝ちである。
だが、それを簡単に天使どもが許してくれる訳がない。気味の悪い笑みを浮かべながらふわふわとこちらの様子を窺ってくる天使たちは、何か動きがあればすぐに急降下してフェイとユーリに突っ込んでくることだろう。
互いに背中合わせで天使たちの襲撃を警戒するフェイとユーリは、
「マスター、どうする?」
「こういう時にドラゴがいてくれりゃいいんだけどねェ」
ユーリは銀色の散弾銃を天使たちに突きつけ、牽制しながらそんなことをぼやく。
前の階層で戦っているだろうドラゴ・スリュートのスキルは、仲間割れを引き起こす【憤怒の罪】だ。大量に飛び交う天使たちをまとめて相手するにはもってこいのスキルである。
ユーリも金銭を消費すれば似たようなことが出来るだろうが、精度はかなり落ちると見ていい。所詮は真似ごとなので本家本元の【憤怒の罪】には敵わないのだ。
フェイは頑丈なゴーグルで瞳を覆い、ふわふわと飛んでいる天使に【鑑定眼】を使った。
「……マスター」
「何だい、フェイ。何か見えたかい?」
「うん」
虚な笑い声と共に飛び交う天使から視線を外すことなく、フェイはその値段を言う。
「聞いて驚け、一人一〇〇万ディール以上」
「…………」
「天使なんて架空の生物だと思っていたから市場価値があんまり参考にならないけど、天使の羽は大体一枚につき一〇万ディールは下らないから……天使一人につき一〇〇万ディールが妥当かも」
まあ問題はその数である。
天使が一人につき一〇〇万ディールならば、一〇人で一〇〇〇万ディールである。一〇〇人はさすがにいないので一億まではいかないだろうが、最終階層で迷宮主を相手する前に五〇〇〇万ディールの資金が稼げる算段である。
かしゃかしゃちーん、とユーリの目に銭の印が浮かんだのは言うまでもない。
「フェイ」
「はい、マスター」
「狩るよ。狩って狩って狩り尽くすんだよ!!」
「了解マスター」
ユーリは銀色の散弾銃を、そしてフェイはご主人様から賜った銀色の拳銃をそれぞれ構える。
狙うは天使どもだ。目の前のお宝を逃してなるものか。
自分自身に危険が迫っていると察知したのか、それまで地上を無様に逃げ回るしかないフェイとユーリを嘲笑っていた天使たちが引き攣ったような悲鳴を漏らす。先程までの弾丸のような速度はどこへやら、逃げる時の速度は優雅に空を飛んでいる時と変わらない。
「待ちなァ、お宝!!」
「大人しく貯蓄になれ!!」
逃げる天使を追いかけ回す役目になったフェイとユーリは、金になる天使どもをひたすら追いかけた。
☆
「きゃー」
「きゃー」
「ぎゃーぎゃー喧しいのさ。大人しく捕まるんだね!!」
銃身が拡大された散弾銃に次々と天使が吸い込まれていき、ユーリの【強欲の罪】が発動される為の安定した財産となる。五〇〇〇万も稼げば最終階層の迷宮主も倒せることだろう。
フェイも逃げ遅れた天使の一人を引っ掴み、逃げないように首根っこを押さえつける。
ジタバタと暴れる天使の後頭部に銀色の拳銃を突きつけ、ユーリと同じく「シルヴァーナ」と命じた。その言葉に応じて拳銃の銃口が拡大され、さながら肉食獣が獲物に食らいつくかのように天使を頭から飲み込んでいく。
捕食しているようだが、実際はその通りなので仕方がない。天使も残念である。
「ッ!!」
飲み込まれた仲間たちを助ける為なのか、決死の覚悟で残った天使たちが一斉に突撃してくる。
狙われているのはユーリではなくフェイだ。外れスキル【鑑定眼】しか持ち合わせていないと判断されたのだろう。天使どもに甘く見られすぎた。
だが、フェイの危機的状況をご主人様であるユーリが見逃すはずがなかった。金銭の補充を終えた銀色の散弾銃を天井に突きつけると、
「一〇〇万ディール装填」
金銭を対価に捧げ、願いを告げる。
「《天使ども、痺れろ》」
次の瞬間、フェイへ襲い掛かろうとしていた天使たちが一斉に痙攣しながら床に落ちた。何故かビクビクと震えており、感電しているように見える。
願いが忠実に叶えられた証左だ。これで身動きが出来なくなった天使たちを安心して狩り尽くすことが出来る。
フェイは銀色の拳銃で痺れに囚われている天使たちを回収すると、
「ありがとう、助かったマスター」
「油断するんじゃないよ。まだ迷宮主が残ってるんだからねェ」
フェイとユーリの視線が、部屋の奥に向けられる。
あの扉の向こうに、大迷宮【アビス】の支配者が存在する。
天鵞絨張りの立派な扉だ。脇には天使の像が飾られ、扉の向こう側から神々しい気配が漏れているのを感じる。どんなものがいるのか不明だが、いつもの迷宮区より危険なものには変わらない。
「行くよ、フェイ」
「了解、マスター」
迷宮主の存在する最後の扉を、フェイとユーリは同時に押し開けた。




