第7話【ここは任せて】
「ぬう、ちょこまかと往生際の悪い人間どもよ!!」
真っ赤なドラゴンは苛立ったように叫んだ。
左右に裂けた大きな口から紅蓮の炎を吐き散らし、チョロチョロと駆け回るフェイやドラゴを焼き焦がそうと企む。だが囮を引き受けるフェイとドラゴはあっさりと紅蓮の炎を回避して、真っ黒こげになることは回避された。
炎によって熱された石の床が赤く染まっている。下手に踏めば靴が燃えかねない。いくら耐熱仕様の素材で作られているからと言っても限度があるだろう。
「むー、そろそろ足の一本ぐらいは食べたいよー」
紅蓮の炎が吐き散らされるせいで思うように近づけないルーシーは、不満げに唇を尖らせた。紫色の散弾銃を振り回して「お腹空いたよー!!」と叫ぶ。
彼女の特殊スキル【暴食の罪】もいい感じに発動できる頃合いとなったのだろうか。空腹であればあるほど相手をより多く食べることが出来るスキルもなかなか難儀なものである。
すると、ドラゴンは爬虫類の双眸をキュッと細めると、
「ぬう、仕方があるまい。ここまでしつこい人間どもは初めてだ!!」
ドラゴンは長い首を振り、高い位置にある天井を見上げた。
「我が僕たちよ、この人間どもを足止めしろ!!」
やたら大きい声が、神殿内部に反響する。
ドラゴンの声が隅々まで行き渡ると、それに応じるかの如く大量の羽ばたきがフェイの耳朶に触れた。虫の羽音ではなく、これは鳥か何かだろうか。
どうやら高い天井付近に小さな穴が開いているようで、そこから大量の細かな何かが勢いよく飛び出してきた。小さな羽を懸命に動かして、地上にいるフェイたち探索者に襲いかかる。
ユーリは高い天井から落ちてくる大量の何かを睨みつけ、盛大に舌打ちをした。
「チッ、ピクシー・ドラゴンなんて聞いてないさね!!」
「ふはははははは、我が僕どもに翻弄されるがいい!!」
ドラゴンは勝利を確信したかのように高らかな笑い声を上げた。
襲撃してきたのは、ピクシー・ドラゴンと呼ばれる小型のドラゴンだ。妖精と見紛うほど小さく、しかしドラゴンよりも凶暴な性格をしている。下手に指でも差し出せば食い千切られることは必至だ。
さらにピクシー・ドラゴンは数千単位で行動するので、大量の虫か鳥が移動しているのではないかと思ってしまう。集合体恐怖症の人間は確実に悲鳴を上げることだろう。
フェイは「わああああああッ」と襲いかかるピクシー・ドラゴンから逃げ回りながら、
「マスター、マスター!! 助けて!!」
ピクシー・ドラゴンが数匹ほど、フェイの頭にしがみついて髪の毛に齧り付いていた。そんなものを食べても美味しくないし、パスタとでも思っているのかこの爬虫類。
「自分で何とかしな!!」
ユーリもユーリで大変な目に遭っていた。
多くの装飾品が縫い付けられた外套に纏わりつかれ、艶のある銀髪も引っ張られている。丁寧に一匹ずつ銀色の散弾銃で叩き落としているが、数が多いので全員を処理のにも時間がかかりそうだ。
フェイだってご主人様のピンチに駆けつけたいが、肝心の値段をつけられない。正確にはつけられるのだが、値段の大洪水で見極めることが出来ないのだ。値段をつけなければ【強欲の罪】に捧げることが出来ない。
「やー、しつこーい!!」
「何これ!!」
ルーシーとドラゴにも纏わりつく小さなドラゴンに、二人も辟易している様子だった。腕や武器を振り回してドラゴンを近づけさせまいとしているようだが、死角から襲いかかってくるピクシー・ドラゴンに蹴飛ばされていた。遊ばれているようである。
「これで終わりだ、人間ども!!」
高みの見物を決め込んでいたドラゴンの喉奥に炎が灯る。
あの灼熱の炎を吐き出されれば、フェイたちの命はない。特にフェイは身を守る為のスキルを持っていないので、実質ご主人様頼りになってしまうのだ。
命の危機を感じ取ったその瞬間、フェイの髪の毛を引っ張っていたピクシー・ドラゴンが唐突に離れた。
「?」
弾かれたように顔を上げればユーリやドラゴ、ルーシーにも襲いかかっていたピクシー・ドラゴンが一斉に離れていく。
大量の羽音を響かせて広い空間内を移動し、それからピクシー・ドラゴンの群れはまさに炎を吐き出そうとしていたドラゴンに襲いかかった。凶悪な性格をした小さなドラゴンに強襲され、ドラゴンの攻撃は一時中断となってしまう。
ドラゴンは襲いかかる自分の僕たちに「何をする!!」と叫び、
「我を襲うとは何事だ、人間を襲え!!」
「ふはははははは、それは無理だな!!」
「何ぃ!?」
神殿内部に響き渡ったのは、メイヴの哄笑である。黄金色の回転式拳銃を握りしめた彼女は、イキイキとした表情で言う。
「羽虫どもは今や私の下僕だ、貴様の命令など聞かんよ」
この状況に於いて、メイヴのスキルである【傲慢の罪】は非常に協力だ。自分の地位が高ければ高いほど、低い相手を意のままに操ることが出来るのだから。
メイヴのスキルによって意識を乗っ取られたピクシー・ドラゴンたちは、何の疑問もなく同族のドラゴンを襲っていた。彼女の為に作られたと言ってもいい状況である。
苦笑するフェイは、ドラゴンの後ろに小さな扉があることに気づいた。
白い扉である。随所に金色の細工が施され、簡単に触れてはいけないような神聖な雰囲気が漂う。
この溶岩だらけの熱い世界に似つかわしくない扉だ。きっとあれが、次の階層に繋がる扉である。
フェイはユーリへ振り返ると、
「マスター、次の扉があるよ!!」
「でかしたよ、フェイ!!」
ユーリはメイヴの支配下を外れて飛びついてくるピクシー・ドラゴンを銀色の散弾銃で叩き落としながら、
「ルーシー、ドラゴ!! ここは任せるよ!!」
「いいよー」
「いいよ!!」
ピクシー・ドラゴンをお菓子感覚で食らいつくルーシーと、ピクシー・ドラゴン同士で仲間割れを引き起こさせるドラゴはそれぞれユーリに応じた。彼らなら問題なくドラゴンを倒すことが出来そうだ。
「ユーリ殿、ダーリンを任せましたよ……」
「おい強欲女、私の下僕を傷つけたら承知しないぞ!!」
「寝言は寝ていいな」
この状況でもふざけたことを抜かすアルアとメイヴの戯言は一蹴し、ユーリはフェイの元に駆け寄ってくる。
「行くよフェイ、さっさと出る!!」
「了解!!」
ドラゴンの注意はルーシーとドラゴが上手く引きつけてくれているので、横をすり抜けるのは簡単だった。
フェイとユーリはメイヴの支配下から抜け出して飛びついてくるピクシー・ドラゴンを叩き落としながら、白い扉を蹴飛ばす勢いで開ける。
薄暗い廊下がどこまでも伸びている。生温かい風がフェイとユーリの頬を撫で、この先に何かがいることを示していた。
大迷宮【アビス】を共に攻略してきた仲間たちにドラゴンの対処を任せ、フェイとユーリは次の階層へ飛び込んだ。




