第5話【神殿の最深部】
「ユーリ殿は狡いです……これでは格好いいところを見せてフェイ殿をメロメロにする作戦が台無しではないですか……」
戦闘を終えてから、アルアが恨みがましげな視線をユーリへ寄越す。
当本人はアルアの視線などお構いなしに、フェイの頭を撫でていた。「よくやったよ、フェイ。大儲けさね」などと超ご機嫌な様子である。
大型の犬をワシャワシャと撫でるような乱暴な手つきだが、フェイはご主人様に頭を撫でられることが好きなので大歓迎である。ご主人様のユーリが撫でやすいようにしゃがみ込んで、頭ワシャワシャを堪能していた。
そんな主人と奴隷のやり取りを微笑ましそうに眺めつつアルアの顔面を握りしめていたドラゴは、
「ユーリさん、神殿の中には行く!?」
「そうさね。この先が次の階層かもしれないからねェ」
フェイの頭を思う存分撫でたユーリは、神殿の奥に視線をやる。フェイもつられて神殿の奥に目を向けた。
生温かい風が吹き込み、フェイとユーリの頬を撫でる。この先に何が待ち受けているのか不明だが、きっと最下層付近に相応しい強さの魔物だろう。
フェイは生きていられるか心配になった。数々の迷宮区を最強の探索者たるユーリと共に踏破していても、やはり大きな魔物と戦う時は恐怖心を感じる。
「フェイ」
ご主人様のユーリが優しくフェイの名前を呼び、背中を叩いてくる。
「気合を入れな。アンタは誰の弾丸だい?」
「マスターの弾丸だ」
「そうさね。アタシはアンタがいて、初めて自由に戦えるのさ。簡単に死なせる訳がないさね」
大胆不敵に笑い飛ばすユーリは、
「アンタはアタシが死なせるもんかい、安心しな」
「マスター……」
力強い言葉を貰い、フェイは「ありがとう」と返す。
そう、フェイはこのユーリ・エストハイムという女探索者に弾丸として買われた奴隷だ。忘れてはならない、彼女の願いに込められる価値あるものを算定する為にフェイは存在していることを。
ご主人様になるべく多くの宝を捧げ、自由に戦ってもらうのだ。それが弾丸として買われたフェイの役目である。
「大丈夫、マスターの為に頑張るよ」
「その意気さね」
今度は割と強めにフェイの背中を叩いてきたユーリは、銀色の散弾銃を携えて神殿へと足を踏み入れた。薄暗い神殿の中に消えていくご主人様の背中を追いかけ、フェイもジメッとした空気が漂う神殿内に飛び込む。
どこかで「ぎゃあああああああ」という悲鳴にも似た声を聞いたような気がした。
――いいや、悲鳴というよりも魔物の咆哮に近いような気がする。
☆
等間隔に並べられた石柱が高い天井を支え、石柱に取り付けられた燭台には炎がゆらゆらと浮かんでいる。蝋燭は設置されておらず、燭台に炎だけが置かれている不思議な状態だった。
迷宮区なので常識が通用しないものがあるのは当たり前である。二度見するような燭台を眺めて【鑑定眼】を使ってみるが、どれもこれも一万ディール程度の価値しかなかった。
ぐるりと神殿内を見渡すフェイは、
「次の階層に続いている気配はないけど……」
コツコツ、と薄暗い神殿の内部に人数分の足音が落ちるだけだ。
外の熱気もいくらか影響しているのか、ジメジメした空気がこもっている。じんわりと滲んできた汗を拭って、先頭を歩くユーリの背中をフェイはひたすら追いかける。
先程の火蜥蜴での戦いで眠気を使い切ってしまったアルアは、普段とは打って変わってシャッキリした口調で言う。
「どうやらあの火蜥蜴は前座だったようですね。これからこの階層の主との戦いになるのでしょうか」
「次は私が活躍できる場がほしいのだがな」
薄い胸を張って「火蜥蜴の時は活躍できなかったからなー、残念だなー」とやたら主張してくるメイヴ。
確かにメイヴのスキル【傲慢の罪】は、自分よりも立場が弱い相手にしか通用しないという欠点がある。その致命的な欠点は雑魚の魔物にしか通用せず、階層の主や迷宮主との戦闘では使えないのだ。まあ命令は通じるだろうが一瞬で解かれてしまう場合が多い。
次こそ活躍を望んでいるのだろう。傲慢の罪を背負う彼女らしいと言えば彼女らしいが。
「めいたんは奴隷君の前だから張り切ってるねー?」
「当然だろう。下賎な奴隷の分際でありながら、私の魅力が一切通じんとは許し難い事実、ここは格好いい活躍を見せて私の魅力を再認識させて惚れさせてやるのだ。『メイヴ様、僕が間違っていました。靴を舐めます』程度は言わせてやる」
「それ本人の前で言います? 絶対に惚れませんけど」
フェイが可哀想なものを見るような視線を、やたら自信満々なメイヴに突き刺す。本当にこの自信はどこから来るのか知りたい。
すると、ついに神殿の最深部へ到達した。
薄暗い廊下が途切れたと思えば、その先に広がっていたのはやたら広い部屋だった。高い天井にはドラゴンの絵が描かれ、フェイたち探索者が部屋に足を踏み入れた瞬間にボボボボッと音を立てて壁沿いに設置された燭台に炎が灯る。
広い空間を見渡しても主らしい魔物はいないのだが、
「――ほう、あの火蜥蜴を退けるとは。此度の探索者は随分と足掻くものだ」
低い声が、頭上から降ってくる。
弾かれたように天井を見上げると、そこから真っ赤なドラゴンが降ってきた。バサリと立派な翼をはためかせ、着地すると同時に軽く地面が揺れる。
真っ赤な鱗で全身を覆い、ギョロリと探索者たちを見据える瞳は橙色をしている。大きな口に細かな牙が生え揃い、人間なんて簡単に丸呑みできてしまいそうなほど巨大な身体を持っていた。
階層の主として相応しい威厳と力強さを持つドラゴンを前に唖然と立ち尽くすフェイたちに、溶岩の世界の主たる存在は低い声で笑いながら言う。
「ならば、我が直々に相手をしてやろう。生きて帰れると思うな」




