第4話【火蜥蜴】
ごう、と目の前を紅蓮の炎が通り過ぎた。
「うおおおおおああああああッ!?!!」
フェイは思わず身を仰け反らせて飛んできた炎を回避した。いくらか火の粉がフェイ自身に降り注がれて容赦のない熱さが襲いかかる。
慌てて服についた火の粉を払い落として、炎を吐き出す巨大な火蜥蜴から距離を取る。入れ替わるようにしてドラゴが巨大な火蜥蜴に接近し、握りしめた拳を火蜥蜴の横っ面に叩き込んだ。
甲高い悲鳴を上げてよろける火蜥蜴。しかしすかさず大きな口を開けて、さらにもう一撃を叩き込もうとするドラゴに向かって火を噴いた。
「一〇万ディール装填。《守れ》!!」
ドラゴへ火蜥蜴の噴いた炎が襲い掛かるより先に、ユーリが【強欲の罪】のスキルを発動させる。
一〇万ディールという値段を対価として捧げ、銀色の散弾銃の引き金を引いた。ガチンと撃鉄が落ちると同時に、ドラゴの周囲には透明の結界が張られる。
火蜥蜴の吐き出した炎は透明な結界によって阻まれ、ドラゴを熱気から守った。「ありがとう、ユーリさん!!」とドラゴがお礼を言ってくる。
最下層付近に出現する魔物なだけあって、巨大な火蜥蜴はなかなか強かった。広範囲を焼き尽くす紅蓮の炎のせいでまともに近づけば黒焦げの恐れがある。まずは炎を何とかしたいものだ。
「アルア、火蜥蜴の奴を眠らせることは出来ないのかい?」
「そこまで眠くないので深い眠りは不可能とは思いますが……」
緑色の狙撃銃を構えるアルアは、銃把に頬を寄せて引き金に指をかける。新緑色の瞳は結界に守られるドラゴへなおも炎を吐き出し続ける火蜥蜴に向けられていた。
彼女のスキルは【怠惰の罪】――眠気を代償に、撃った相手を強制的に眠らせる特殊なスキルだ。一発だけしか撃てないが、その代わり絶対に起きない深い眠りを相手にお届けすることが出来る。
ただし、代償が非常に難しいのだ。眠気を代償にしなければならないということは人間の三大欲求の一つである睡眠を封じられることになる。身体を壊しそうな代償だ。
「【怠惰の罪】よ……あの火蜥蜴に安らかな眠りを……」
アルアは緑色の狙撃銃にそう囁いて、引き金を引いた。
タァン、と細長い銃声が溶岩に囲まれた神殿に響き渡る。
射出されたのは銃弾ではなく、アルア自身の眠りたいという欲望だ。蓄積された睡眠欲を代償に、火蜥蜴を安らかな眠りへ誘う。
ところが、
「ぬ、ぅん!!」
火蜥蜴が唸ったかと思えば、トロンと眠たげに落ちそうになった爬虫類の双眸を強制的に見開く。ギョロギョロと忙しなく蠢くと、緑色の狙撃銃を構えるアルアを睨みつけた。
やはり万全の状態でなければ、強制的に睡眠の状態へ持っていくことは難しいようだ。火蜥蜴を眠らせるほどの睡眠欲とは、何日ぐらい徹夜をすればいいのだろうか。
眠気を一気に消費してしまったアルアは、シャッキリした瞳で火蜥蜴を睨みつけて「やはりダメでしたか」と苦々しげに吐き捨てる。この通常状態のアルアは、やはりいつ見ても慣れない。
「猪口才な技を使いおって!!」
左右に引き裂けた大きな口を開く火蜥蜴。開かれた口には細かい牙がゾロリと生え揃い、喉の奥に赤い光が灯る。
肌を焼き焦がすほどの炎を吐き出すつもりだ。アルアは急いで緑色の狙撃銃を抱え直して逃げようとするが、それよりも相手の方が早い。
あわや見事に黒焦げの状態とされるかと思えば、炎の脅威に晒されるアルアの前に立ち塞がる人間がいた。
「いっただっきまーす」
軽い調子で言うルーシーは、紫色の散弾銃を迫りくる炎に突きつけて引き金を引く。
火蜥蜴が吐き出した炎は、彼女の【暴食の罪】によって食われた。
僅かな熱気を残して、火蜥蜴が吐き出したはずの炎は跡形もなく消滅する。炎を食べるという奇行に走ったルーシーは、顔を顰めて舌を出していた。
「からーい」
「炎って辛いんだ!?」
「炎って辛さの象徴だからねー、火を噴くほど辛いってよく言うよねー」
驚くフェイをよそに、本人曰く「辛い炎」を食べてしまったルーシーはヒーヒー言いながらジタバタと暴れていた。【暴食の罪】は空腹であればあるほど何でも食べることが出来る特殊なスキルで、金銭を対価に捧げれば他のスキルの真似事が出来るユーリが唯一真似できないと言ったスキルなだけある。
炎まで食べられるとは想定外だが、アルアが助けられたことは事実である。まあ、あの状態ではまともに戦うことなんて出来ないだろうが。
フェイは頑丈なゴーグルに守られた瞳で火蜥蜴を見つめ、
「わ」
自分の外れスキル【鑑定眼】を発動した。
思った以上に高い値段が算出されてしまった。
というか、火蜥蜴自体が高額なのだ。小さな火蜥蜴でもそれなりにいいお値段がして、皮は軽鎧などの素材になるし眼球は魔除けにも使われるほどだ。肉は焼いて塩胡椒で食べると美味しいと聞く。
そこにいるだけで全身がお宝状態の火蜥蜴の、巨大な個体が目の前にいるのだ。算定された価値は一〇〇〇万ディール以上である。
「マスター、やばい」
「どうしたんだい、フェイ。語彙力がどこかに消えてるよ」
「あの火蜥蜴、一〇〇〇万ディール以上の値段がする。綺麗な状態だから値段がさらに高い」
フェイの報告を受けたユーリの瞳に、カシャカシャちーんという音を立てて銭の印が浮かんだ。
戦闘は中止である。余計に傷付ければ価値は下がるし、足の一本どころか鱗の一枚でも剥がせばどれほど値段が落ちるか分かったものではない。
傷がつけられていない今が好機だ。ドラゴに殴られた傷はそれほど深いものではないので、値段には響かなかった様子である。
「シルヴァーナ、食らいな!!」
銀色の散弾銃にユーリが命じれば、銃身が縦に割れる。
さながら肉食獣が獲物に食らいつくかの如く銃口が広がり、そこから風が吹き出した。周囲を睨みつけていた火蜥蜴が、異変を感じて銀色の散弾銃を構えるユーリを見据える。
ふわ、と火蜥蜴の巨躯が持ち上がったのはその直後だ。
「ぎゃ、ちょ、何だこれはあああああああああああああああッ!?」
絶叫を上げながら火蜥蜴は銀色の散弾銃に飲み込まれ、しっかり【強欲の罪】のスキル発動に必要な貯蓄に回されたのだった。




