第10話【水の神殿】
「これで良しっと」
無様に命乞いをしてきたツルッパゲ探索者のお供と奴隷は、縄で縛って放置しておくことにした。
三人揃って両手両足を縛られて自由を奪われた状態で転がされ、完全に商品か荷物のように手酷く扱われている。正直なところ、ユーリも赤の他人に対して見返りも何もないのに優しくする訳がないのだ。
彼らは可哀想なほどユーリに怯えていた。目の前で仲間とご主人様が銀色の散弾銃に飲み込まれたのだ、自分たちもいつそうなるか分かったものではない。
ユーリが三人を縄で縛る作業を待っていたフェイは、
「わざわざ縄で縛ることか? 相手はもうマスターに怯えてるってのに」
「背後から狙われたら元も子もないだろう?」
「そういうモンかね」
「そういうモンさ」
三人を縄で縛り終えたユーリは、
「さてフェイ、行くよ」
「置いて行っていいのかよ?」
「いいのさ。アタシらが迷宮区を踏破すれば、コイツらも自動的に地上へ放り出される仕組みになってる」
「分かるの?」
「フェイ、アンタは何年アタシの迷宮区探索に付き合ってきたんだい?」
ジロリとユーリに睨みつけられ、フェイは「ご、ごめん……」と謝る。
「迷宮区には仕組みが二つあるのさ。迷宮主が討伐されてもその場に残り続け、外の世界に恵みをもたらす迷宮区。それと迷宮主が討伐されると同時に迷宮区も消えてなくなる迷宮区さ」
この二つには明確な違いがあり、迷宮区の外側に持ち込み可能な資源があるかないかで判断される。
割合的には発見される迷宮区の七割が迷宮主の討伐と同時に崩壊する迷宮区であり、残りの三割が外の世界にも恵みをもたらしてくれる迷宮区だ。外にも恵をもたらしてくれる迷宮区の存在は、人類にとって非常にありがたいものである。
ただし、後者の迷宮区はやはりいくらか危険が付き纏う。なので探索者が定期的に潜っては資源を確保する、という仕事があるのだ。
「今回の迷宮区は前者さ。ほら、よく見てみなフェイ。外の世界に持ち込んで何か役に立つものはあるかい?」
「えーと……」
フェイは周囲を見渡してみるが、碌な足場がないこの迷宮区では安全に帰ることも逃げることも出来やしない。役に立ちそうな代物はどこにもない。
綺麗な蓮の花は咲き誇っているが、花屋にでもありそうな蓮の花が果たして何の役に立つのか。人類に安らぎをもたらすだけであって、文明の発展に役立つとは言い難い。
フェイは小さく「ありません……」と答えると、ユーリは満足げに頷いた。
「ほら、分かったら迷宮主を倒しに行くよ。アンタがいなけりゃ話にならない」
「はいよ」
神殿に足を踏み入れようとするユーリとフェイの背中に、細々とした声で「待ってください」と投げかけられた。
「こんなことを頼むのは烏滸がましいとは思います……でも、お願いです……私も連れて行ってください……」
同行を懇願したのは、奴隷の少女だった。
お供の二人が「お前何言ってんだ!!」「兄貴を裏切ったのか!?」と罵声が飛ぶ。
奴隷である彼女は彼らの兄貴分の所有物だったが、今やご主人様は不在の状態だ。これは自分を売り込む好機と見たのだろう。
そういえば、彼女は迷宮区案内所で奴隷待機所のところで絡まれた際に、ユーリからキッパリと「邪魔になるからいらない」と言われたはずだ。まだ諦めていなかったのか。
「お願いです……どうか、お願いします……囮でも何でもやりますので……お願いします……」
「間に合ってる」
ユーリの返答は変わらなかった。
「アタシが面倒を見る奴隷はフェイ以外にいらないさね。仮にアンタ、囮でも何でもやるって言ったけど何が出来るんだい?」
「その、私は……」
落ち窪んだ瞳でユーリを見つめ、奴隷の少女は言う。
「転移です。だから、逃げるのは得意です。お願いします!!」
「迷宮区内での転移は禁止さね。自分から手駒を減らすようなことはしないのが、アタシの主義さ。主人は不在になっちまったから、案内所でご主人様募集の呼びかけぐらいはやるさね」
「そんな……」
二度目の売り込みも失敗に終わった少女は、絶望した面持ちで俯く。
転移などという便利なスキルを持っているとは、同じ奴隷のフェイからすれば嬉しいことこの上ない。ご主人様に恵まれれば素晴らしいスキルに育てて貰えることだろう。
フェイも外れスキル【鑑定眼】の他に便利なスキルの一つでも獲得できればご主人であるユーリに負担をかけずに済むのだが、残念ながらスキルの獲得は一人一つまでとなっている。それ以上になると脳味噌に負担がかかり、廃人になってしまうのだとか。
肩を落とす奴隷の少女に羨望の眼差しを向け、フェイは「いいなぁ……」と呟く。
「フェイ、アンタはそれでいいんだよ。誇りな」
「でも、俺は外れのスキルだし」
「アタシには転移なんていうスキルの方が使えないさね。金さえあれば似たようなことは出来るし」
金銭さえあれば他人が持つスキルの真似事が叶うユーリにとって、フェイの【鑑定眼】こそが至上の宝だった。
願いを叶えるには金銭が必要で、ゴミにも宝にも値段をつけるフェイの【鑑定眼】とは相性がいい。むしろそれ以上の余計な才能はいらないのだ。
ユーリは形のいい鼻を鳴らすと、
「ほら、いいから行くよ。他の連中が追いついちまうからね」
「へぇい」
神殿の中に足を踏み入れるユーリを追いかけるフェイは、ふと足を止めて奴隷の少女に振り返った。
最強の探索者に手酷く振られて、奴隷の少女は意気消沈している様子である。隣にいる彼女のご主人様のお供二名が鬼のような形相で睨みつけているので、ユーリやフェイが見ていない隙にスキルでも何でも使って彼女のことを処理しそうだ。
ユーリは身内以外に優しくはないし同業者も邪魔になれば見捨てるタチだが、有言実行する義理堅い性格だ。彼女には「新たなご主人様の募集をかけてやる」と言ったので、ここで少女が殺されればユーリの面子が潰される。
少しだけ考えてから、フェイは奴隷の少女だけを担いでお供二名から引き離したところで放置することにした。
「何で……」
「ここで死んだら、新しいご主人様に出逢えないだろ」
フェイは奴隷の少女の落ち窪んだ瞳を真っ直ぐに見つめ、
「次は幸せになれるように祈ってるから」
それだけ伝えてから、フェイは自分のご主人様を追いかけた。
多分「何をやっていたんだい」と言われるだろうが、フェイは後悔していない。
彼女は運がなかっただけ。次はきっと、幸せになれるって信じてる。
☆
神殿の中は思った以上に静かで、太い石の柱が高い天井を支えている。
壁沿いには青を基調とした硝子絵図が飾られ、時折、綺麗な女性が描かれたものが見られる。蓮の花の上に乗った、嫋やかな印象の女性だ。
硝子絵図を眺めながらユーリの背中を追いかけるフェイは、
「マスター、この女の人が迷宮主かな」
「かもねェ。この迷宮区は作られたばかりだし、そうだろうよ」
金になりそうなものを探しながら神殿に視線を巡らせるユーリは、
「それにしても、仕掛けが少ないねェ。宝がある訳でもなし、造りが単純すぎやしないかい?」
「そりゃあ、ここの神殿に来るには転移か瞬間移動のスキルがなければ振り落とされるだけだし。神殿自体の仕掛けが少なくなるのは当たり前なんじゃ?」
「確かに、その考えも有り得るねェ」
「その考えも?」
フェイは首を傾げる。
その考え『も』ということは、フェイが出した考えの他にあるという訳だ。
フェイに出会う前、数々の迷宮区を自力で踏破してきたユーリだからこそ分かることもあるのだろう。さすが最強の探索者。
「考えられるのはフェイの言う最初の仕掛けがあまりにも難しくて、先に進める探索者が限られてくるからっていう理由。もう一つは」
話の途中で、フェイとユーリは神殿の中枢にやってくる。
広い空間となったそこには、巨大な蓮の花が水の中を揺蕩っていた。真っ白な床からほんの少しだけ浮かび上がった水の球体は、天井にも嵌め込まれた硝子絵図を通り越して降り注ぐ極彩色の光に照らされてキラキラと輝く。
水の中に浮かぶ蓮の花は、まるで呼吸をするように花弁が動く。光合成をしているのか、それとも蓮の花が生き物なのか。
すると、水の球体が突然二つに割れて、真っ白な床を容赦なく濡らす。
「なるほど、来訪者がいらっしゃいましたか」
穏やかな声。
濡れた白い床にふわふわと落ちる巨大な蓮の花が開き、その中央から美しい女性が立ち上がる。蓮の花は卵の殻のようで、女性は卵から孵化した雛鳥のようだ。
艶やかな白金色の髪は足首まで届くほど長く、長い睫毛が縁取る瞳の色は薄青。真っ白なドレスは華奢な身体にピタリと張り付くほど薄く、身体の線が浮かび上がってしまっている。
薄青の双眸でフェイとユーリを見据えた女性は、
「それでは死んでください。――わたくしの睡眠を邪魔した罪で」
ぐわりと床を濡らした水が持ち上がり、蛇の如く鎌首をもたげてくる。
睡眠を邪魔されたという怒りを露わにする女性を眺めながら、フェイはユーリに問いかけた。
もちろん、内容は途中で終わってしまった会話の内容についてだ。
「マスター」
「何だい?」
「もう一つの理由ってさ、迷宮主が異常に強い時だったりしない?」
「よく分かったね、フェイ。あとで頭を撫でてあげようかい」
「わーい」
棒読みで喜びを示すフェイは、飛んできた水の蛇から逃げ回ることになった。
さあ、迷宮主と戦闘開始である。




