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詩集『詩の群れ』続編

『自己解体の先にある、本質的自己』・・・『詩の群れ』から

『自己解体の先にある、本質的自己』・・・『詩の群れ』から



何が一体、自己解体と呼ばれるものなんだろう、だろうだ。

小難し過ぎるよ、解体なんて、身体的な話なら、危なすぎるよ。

そうだろ、つまり、比喩的解釈で、自己解体は、オーケーだろう。

そうだな、不自然は駄目なんだろうな、自然界において。



ならば、本質的自己とは、一体何だろう。

だろう、しかし、それは自己で決めなければ始まらないだろう、だろうだ。

何だって、え?

そうさ、自問自答の先に、本質は浮かび上がる訳なんだよ。



自己解体の先にある、本質的自己ってことで、皆、精神状態、最高だろうだ。

だろ、精神高揚で、精神も破滅も含めて、本質現象だろう、だろうだ。

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