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5 特攻服の剣聖

「トウ ・・ トウ ・・ トウ」

 近づいてみると、小さな声も混じっている。

「スー トウ ハー! スー トウ ハー!」

 夏の朝に響く素振りの練習。この春からこの声が聞こえることがある。

「おまえ、めずらしいな。」

 掛け声は、地元の名医、黒木胃腸科内科の庭からのもの。この家の次男ユウトの声だ。

 黒木ユウトはこの春先に錦糸高校入学を果たした。夜出歩いていることが多いために朝は苦手なのだが、ごくたまに朝早くに大野流居合と素振りの練習をしている。生前厳しかった祖父に仕込まれた一刀流の型を思い出すためだった。それゆえ、今でもユウトの眼光の鋭さ、剣先の素早さ精確さは失われていない。

 ユウトの父親も、早朝から診療の準備に余念がない。昨夜往診で遅かったにもかかわらず、朝早くから準備に怠りない。

「おう、練習終わったんかい」

「うん」

 無口なユウトはそういって朝食のパンを加えながらゼッツーにまたがる。ここから錦糸町の親戚のもつカーポートまで三十分。屈指の進学校、錦糸高校へ登校するためだ。

 本当はバイク通学を認められていないゆえ、親戚のカーポートまでいくことにしている。そこから校舎まではものの三分もかからない。今朝も黒い横分けヘアと真新しい純白の蛇腹服が、夏日を反射していた。


「15の20乗は何桁になるか?」

「わかるひとはいないか?」

 誰も答えようとしない。

「じゃあ、明日までにこの答え方を提出しろな。次の問題・・・・」

 この学校の授業は異常だ。わからない人がいてもどんどん進んでいってしまう。数学ばかりでなく、英語も現代国語も、古典も、物理も、化学も、地理も・・・。

「先生、待ってください。その問題はわかりますから…」

「じゃあ黒木、お前、答えてみろ」

「はい」

 ユウトは黒板に向かうと、考え方をまとめながら回答を書き上げていく。

「常用対数を使って考えていきます。・・・」

 一通りの説明を終えると、黙って自分の席へと戻った。

「うん、これでいい。皆ノートに書きとっておけ。じゃあ次の問題」

・・・

 やっと放課後。皆、一様にあくびと背伸びを繰り返している。こんな暮らしをしているため、ユウトばかりでなく、ほかの生徒たちも厳しい教師たちに文句たらたらである。それでも多くの生徒たちはクラブ活動に参加している。テニス、卓球、柔道、サッカー、野球…。

 ユウトは帰宅部だった。成績が学年一番ゆえ、周りのクラスメートたちは帰宅して勉強でもしているのだろうと思っていた。


 深夜、特攻服を着たゼッツーのユウトは仲間たちと蔵前橋通りを飛ばしていた。このまま船堀街道へ。ぱらぱらという警笛を鳴らしながら乗用車たちを蹴散らし本田広小路を走り抜けていく。そのあとをパトカーが続く。

 偉そうにしている奴は叩きのめす。最たるものは大人、その最たるものが警察マッポなのだが、検挙されるようなへまはしない。毎日の喧嘩とタイマンは珍しくない話だったのだが、夏になってからは、ユウトはタイマンをめったにやらかさない。有段者である彼の桁違いの速さと強さが知れ渡った今、墨田、江東、江戸川のあたりで彼に手を出そうとする者はいなかった。

 今夜の相手は足立の奴らだという。千代田線車庫近くのハトポッポで仲間がやられたという知らせが、彼らを急がせていた。

 

「この辺で、裏道へ行くぜ。追いかけて来るマッポを撒いちまおう。」

 堀切から綾瀬近くになって、ユウトはよく知った道へと仲間たちを誘導していく。くねくねとした裏道。水路にふたをした細路地。警察車両は追いかけるのを止めた。大曲から常磐線を超えれば現場はもうすぐだった。


 駆けつけた現場は静まり返っていた。うめき声だけが聞こえる。

「コージさん!」

 ユウトたちは、倒れこんでいる4人を抱き上げ、先輩格の男に話しかけた。

「ユウトか。面目ねえ。あいつら、多人数で来やがった」

 コージはそういうと意識を失った。そこへ運よく奴らが戻ってきた。十二人というところだろう。めいめいに角材や鉄パイプを持っている。

「なんだあ、お前たち、今頃来やがったのか?」

 そう言われて、ユウトは無口で立ち上がる。

「みんな、手を出さないで」

 ユウトはそれだけをいうと、仲間の一人から木刀を受け取る。仲間たちは一斉に後ろに下がったのを確認すると、ユウトは目つきが変わり、二つの木刀を構えながらゆっくり相手へ向かっていく。

「一人だけで俺たちを相手するってえのかよ。」

「馬鹿にされたようだから、しめてやるよ。」

 相手の男たちは口々に威嚇の声を上げる。ユウトは無言のままゆっくり進んでいく・・・。相手が動くと、振り下ろされる相手の長物の先端を見切りつつ、踏み込む。それと同時に木刀で下から上へかち上げ、相手の手を打ちたたく。次の瞬間、相手の腰へと振り下ろす。バチ、ドス、バチ、ドス、バチ、ドス。瞬時に十二人すべてが足腰を打たれてへたれこんでいた。

「お前、リーダーだよな。名前を聞かせろ。」

「タクヤ…。」

「おう、タクヤ。もう、俺たちの仲間に手を出すな。次は歩けなくなるぜ」

「わ、わかった。降参だ」

 ユウトが仲間たちのところへ戻ると、すでにリーダーを含めた四人を仲間たちが介抱していた。

「さあ、亀戸へ戻ろうぜ。」

 こうして、今夜もユウトは仲間たちとともに喧嘩に明け暮れていた。 

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