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6.脱線列車

今日は大晦日ですね。今年はコロナの一年でした。まじでどこにも旅行してないです。まじで。

来年はいい年になりますように(><)

 いつから僕は悪い子になったのだろうか。

 突然暗闇にぽっかりと穴があいて、光が差し込んできたのはいつだっただろうか。何かに手招きされ、そこをくぐって白い世界を見たのは。


 僕は歩いているとき、どこかで「良い子」の僕を落としてしまったらしい。親の言うことをよく聞く、良い子だった僕を。

 素直で真面目だった僕は、みんなから可愛がられた。感情を表に出さず、親のそばでいつもじっとしていた。友達のお母さんからは、「うちの子も朝陽くんみたいに良い子だったら良いのにな」とよく頭を撫でられていた記憶がある。

 僕は誇らしかった。周りのみんなとは違うんだという優越感に浸り、友達を軽蔑するようになった。でも、友達とはちゃんと遊んだ。喧嘩は一度もしたことがない。むしろ、僕から遊ぼうと誘っていた。そうしたら、母さんが喜ぶから。


 それでいいと思っていた。良い子にしていた方が、安泰な生活を送れる。僕は尖った空気が嫌いだ。波の立たない静かな海がいい。だからずっと、親の顔色を良くするために、先生から誉めてもらうために、良い子を演じ続けてきた。

 今でも不思議でならない。あれほど一生懸命築き上げてきた「良い子」を、なぜ簡単に崩してしまったのか。平穏を求めてきたのに、なぜ自ら轟音が絶えず鳴り響く世界へと走って行ったのか。



 昔、僕が学校のテストで100点を取ったことがあり、家に帰ってそのテストを見せたことがあった。誉めてもらえると思って胸を張っていたが、母さんの反応は期待と違った。


「小学校のテストで満点は当たり前」


 大して賢くもないのに、いつも口だけは偉そうにしている。たまには誉めてくれたっていいのに。


「じゃあ母さん解いてみろよ……」


 僕は小さく呟いた。悔しくて、右手でテストをくしゃくしゃに握っていた。

 独り言のつもりで言ったのに、母さんはそれを聞いていた。

 その後僕はこっぴどく怒られ、頬をじんわりと熱が伝った。世界の理不尽さを知り、初めて母さんが嫌いだと思った。もしかしたら、このときに悪い子への道を歩み始めたのかもしれない。



 なぜあのとき反抗したのか。


 もちろん頭ではわかっている。

 良い子を演じすぎて、疲れたのだ。親の忠実な奴隷であることに飽きた。敷かれたレールを走るのが疲れて、横の草むらで休憩したくなった。だから反抗した。

 でも、やっぱり不思議だ。


 僕はあれから親の言うことを聞かなくなった。宿題もときどきさぼるようになった。

 母さんも先生も、僕が変わってしまったことを悲しんでいた。

 後悔などない。あるはずがない。僕はずっと縛られてきたんだ。それが、やっと自由になれた。



 親との仲が悪化した分、友達と親しくなった。

 さすがに学校でも家でも敵しかいなかったら、地蔵ですらやっていけないだろう。

 それからの僕は、放課後に友達と遊ぶことをいつも楽しみにしていた。窓の外をよく見るようになったのは、その頃からだろう。校庭で子供たちが体育という偽名を負った遊びをしているのを羨ましく眺めていた。


 バスケを始めたのは小学5年生のときだ。家での居心地が悪かったので、授業が終わっても体育館で黙々とバスケに打ち込んでいた。地元のチームにも入り、県の大会で優勝し、初めて喜びの涙を流したのを覚えている。

 中学校でもバスケ部に入るつもりだったし、実際にそうなった。また、幼稚園のときの幼馴染である美月と運命的な再会を果たした。親友と呼べる人もできた。


 ぼくは今まで、こんなにも充実した学校生活を送ったことがない。だから、この関係を崩したくない。少しでも崩れてしまえば、もう元には戻れないような気がする。

 僕たちを壊そうとするやつがいたら、絶対に許さない。なにがなんでも、僕たちの大切な糸を切らせるものか。




 僕はひとつため息をつく。


「名前はわかりますか」

「いえ。私も何度か聞いたのですが、何も言いません。一人で外出することも多くなり、行き先も教えてくれません。最近は明らかに表情が暗くなり、とても心配です」


 おじいさんは、前に公園で見せたのと同じ顔をしていた。美月のことが心配で、このように俯いていたのか。

 おじいさんに注いでもらった紅茶を一口飲む。甘いはずの香りが、なんだか重たいような感じがして、ちょっと気持ち悪い。


「明日美月と遊びに行く約束をしているので、できればそのときに聞いてみます」


 おじいさんはひどく安堵したようだった。


「ありがとうございます。どうか、よろしくお願いします」


 

 翌日。

 いつもの待ち合わせ場所に腰を下ろす。

 錆びついた遊具が、自由に体を動かせる僕を恨ましく睨んでいる。

 できれば僕だって、ただ涼しい風を浴びるだけの大樹になりたい。縄文杉は樹齢二千年を超えるというから、もし木に理性があれば、逆に早く死にたいと望むだろう。


「朝陽くん」


 横を向くと、麦わら帽子をかぶった美月が小さく手を振っていた。白いシャツに、蚊に対して無防備なサンダルを履いている。

 いつもと何も変わらない笑顔で佇んでいるのにどこか寂しそうに見えるのは、きっと先入観のせいだろう。


 

 


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