4.告白
更新遅くてすみません…
青と黒の入り混じった世界がどこまでも広がる。物音一つない、静かな世界。空には月さえ浮かんでいなかった。僕の足音は響くことなく溶けて消え、波を生んだ。波ははるか彼方へ行ったきり、帰ってこない。海のような地面に、ときどき雨が降った。哀色の雨が、無数の波紋をつくる。
ぼんやり眺めていると、地面がゆっくりと溶け出して、僕の体は沈んでいった。必死に手足を動かしたが、無駄だった。小さな声で助けてと呟いてみるも、その声は僕のものではない。視界はだんだん歪み、輪郭を識別できなくなった。怖いわけでも悲しいわけでもない。しかし、なぜか僕は泣いていた。
胸まで沈んだとき、誰かが僕を引っ張った。大きなその手に安堵を覚える。何もない世界に、温かさを感じた。引き上げられた全身は乾いている。その人は僕の涙を拭いてくれた。僕は、目の前の僕に質問する。
「ねえ、私、いつまでしなきゃいけないの?」
僕は答えてくれなかった。幼い声は、群青色に溶けていった。
口にパンを突っ込んで、自転車を飛ばした。僕が寝坊をするなど、初めてのことだ。信号に文句を言いながら、全速力で学校へ向かった。息を切らしながら教室に入ると、予想通り秀樹がからかってきた。
「おっはー朝陽! 俺より遅いなんて、さては頭の中が美月だらけで、時間という概念を忘れちゃったかな?」
「殴るぞ」
いつもの調子で秀樹と会話を交わし、席に着く。先生が教室に入ってきた。
「今週から部活動が始まります。しっかりと自分の個性を磨いてください!」
部活。小学校のクラブ活動とは響きが違う。教室に若干の緊張が走った。
どれか一つ選べと言われたので、僕はバスケ部に入ることにした。秀樹もバスケ部にするらしい。
「お前がいるなら戦力十分だな」
「もちろんだ」
秀樹は異常なほどに運動神経が良い。先日の身体力テストでは、1人だけ異彩を放っていた。五十メートル走は六秒台。力も強い。どんなスポーツもすぐにコツを掴み、軽々とこなす。羨ましい限りだ。
「朝陽はバスケ得意なのか?」
「唯一できるのがこれだからな」
5年続けていたバスケも、きっと今は腕が落ちているだろう。
「美月にいいとこ見せなきゃな」
秀樹の言葉に言い返すのも面倒になったので、無視をする。しかし、僕が美月のことを好きだというのは事実なので、いちいち秀樹の言葉に動揺してしまう。たまに、秀樹はこのことを知っているのではないかと思ってしまうほどである。
「放課後が楽しみだな」
「まあな」
無心になれるバスケは、僕の心の支えだ。今になってやっと気付くことだか、当事学校生活で汚れていた僕の心も、バスケをしているときだけは澄み切っていた。どんな辛いことがあっても、バスケに打ち込んでいると、何もない世界へと行くことができる。
もう1年以上していないが、はたしてどれだけ体が動くか。僕は先生の話を聞き流しながら、時間が経つのを待つ。
長い6時間の授業が終わり、初めての部活の時間となった。メトロノームのようにリズムを刻む胸を手で押さえながら、僕と秀樹は部室のドアを開けた。
「失礼します。新しく入……」
「ようこそバスケ部へ、田久保くんと宗政くん!」
緊張する僕たちの頭に、紙吹雪が積もった。そして、明るい先輩たちから大きな拍手を浴びた。
「俺が部長の青葉だ。2人とも、入部してくれてありがとな」
青葉先輩は、僕たちの頭をガシガシと撫でた。さっきまでの僕たちの緊張は何だったのだろうか。
バスケ部には、僕たちを除いて7人が所属していた。部室は予想以上に狭く、足元は脱ぎ散らかした服が占領している。青葉先輩によると、顧問の先生はバスケのルールすら知らないただのお飾りで、指揮はほとんど青葉先輩がしているらしい。この現状は、青葉先輩のしつけの甘さということだろうか。
結局、今日は自己紹介と雑談だけで終わってしまった。
月光に照らされた正門の大きな桜に花びらはもうほとんど残っていなかった。4月の夜は結構寒い。空気が凍りついたように静かな夜でも、君のまわりだけは温かみを帯びている。
「何かあったか?」
黒の世界で、美月の白い肌はとても目立っていた。
「急に呼び出してごめんね。実は言いたいことがあって」
生ぬるい風になびく彼女の髪に、無意識に釘付けになっていた。先程まで漂っていた淡い春の夕闇は、金色の光によって空へと消えていった。白い息を隠すかのようにマフラーを握りしめている美月は、月光の下でただ一人輝いていた。そんな彼女に、今日も僕は恋をする。
「私と付き合ってください」
美月は白い小さな手を差し出した。