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誰かへの伝言

作者: 二月 宴

流血表現はありませんが、人身事故に繋がる表現があります。

『11時に迎えにいきます。4番線ホーム10号車の近くで待っていてください』


 自宅アパートの最寄り駅に伝言板が設置されていると気づいたのは、この駅を利用するようになって三年目のことだった。

 改札横の壁に設置されている黒板はずいぶんと古い物らしく、表面には無数の細かいヒビが入っている。右端に白いペンキで『伝言板』と書かれているので間違いなく伝言板だ。

「……使う人、いるんだな」

 よほど興味がなかったのか、それとも時間に余裕がなかったのか、今まで気づかなかった理由は我ながら謎だが、白いチョークで書かれた綺麗な文字に、通勤途中だった俺は思わず足を止めて呟いた。

 まだ残っていたことにも、利用している人がいることにも驚きを通り越して、いっそ感動すらしてしまう。

 名前などは書かれていないが、それでも当人たちが見れば分かるのだろう。無事に会えると良いですね、と今度は心の中で呟いた。

 ところが、翌日もさらに翌日も、そしてその翌日にも同じ文字で同じメッセージが書かれていた。

 黒板の左端に、黄色いペンキで書かれている『一定時間ごとに消します』という注意書きの通り、俺が帰る頃にはあの伝言は残っていないため、毎朝誰かが書いているのだろう。

 ただのいたずらなのかもしれないことが、少し残念だった。



 友人との約束の時間を間違えていることに気づいたのは、友人から電車の遅延で遅れると連絡があった時だった。

 全力疾走で駅に向かい、足早に改札を通る時にちらりと見えたあの伝言板には、やはり白い文字が書かれていた。ご丁寧に日曜日にも書いているらしい。

 けれど今日はそんなことに構っていられない。

 改札から一番近い階段を駆け上ると、乗りたいと思っていた電車がちょうど出発したところだった。

 この駅に停車する次の電車は10分後。

 ホームの先頭に立ち、友人にあと30分待って欲しいと連絡したあと、今が10時59分で、ここが4番線ホームの10号車近くだということに気がついた。

 伝言板に書かれている時間まで1分。こんな偶然もあるのかと驚いた。

「待っていました」

 小さな声が聞こえたと同時に、背後から誰かの真っ白な細い腕に抱きしめられ、身動きが取れなくなった。

 振り解こうともがいても、腕の力は信じられないほど強く、鉄サビのような臭いが鼻をつく。

 ザッ、という何かを蹴るような音が聞こえた次の瞬間、俺の体は黄色い点字ブロックを越えた。

 何が起こったのかを考える時間はなかった。

 一瞬の浮遊感のあと、全身を強く打ちつけ、頭の中が真っ白になった。

 あまりの痛みに動けずにいると、いくつもの悲鳴や大声が聞こえてきた。

 顔をしかめながら目を開けると、怯えた表情で自分を見下ろす女性と目があった。その隣の男性は、右手で大きく手招きしながら、左手でホームの下を指差している。

 今いる場所を把握して、血の気が引いた。

 間もなく来る電車は、この駅を通過する特急電車で、あと1分もないはずだ。

 痛みに耐えながら、とにかくレールの上から移動しようとすると、枕木から白い二本の腕が生えてきた。

 腕はしなやかな動きで俺の首に絡みつき、再び身動きが取れなくなった。

「迎えに来ました」

 目に見えない誰かが、すぐ近くで囁いた。

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