疑問
「なんだ? お前?」
俺に掴まれた手を振り払ったそいつは、見るからにイライラした表情で、俺に顔をグイと近づけてくる。
威嚇ってやつか。近所の猫にやられて以来だな。
そして、俺が誰かを聞くってことは、俺と雪浜さんの後を追いかけていた連中じゃないな。
あのボディーガードたちは、俺たちが演劇に出演したことで俺たちを見失ってしまったんだろう。雪浜さん、見つからずに移動するのが上手そうだし。
「僕は彼女の彼氏です」
まあなんだ、どっちにしろ、間に合って良かった。
俺の乱入で興醒めしたのか、その男は一言謝ってどこかへフラリと行ってしまう。
ま、彼も文化祭で浮かれていただけだろう。
これが繁華街とかだと面倒なのだが、流石にこんな大衆の目がある所で暴れたりしないか。良識があるようで良かった。
と、一件落着した所で、俺は雪浜さんに向き直る。
「心配したんだよ、雪浜さん。急に居なくなってさ……目立つからすぐに見つけられたけど、次からはこういうことやめてよ?」
「あ、あの…………」
「ん? どうかした?」
あれ? てっきり冷たく返されると思ってたんだけど……何故か、ちょっと恥ずかしがってる?
うん、怒ってるから顔が赤いというより、恥ずかしいから顔が赤いように見えるな……。雪浜さんには珍しく、目を合わせてくれないし。
「か、彼氏って言うのは……その場の、嘘……よね?」
「ああっ、それか! と、確かに謝らなきゃだね……」
「え? いや別に謝るのは……」
「ごめん! 彼氏って嘘ついちゃって! ああ言った方が、すぐに諦めてくれると思ったんだ! 嫌だったよね?」
「い、嫌というより……驚きすぎて、何も感じなかったわ……」
「……あれ? 怒らないの?」
「なんで怒るのよ。だって貴方は、私を助けてくれようとしたわけでしょ? 恋愛が嫌いとは言え、そんなに理不尽じゃないわよ……」
心外だとでも言うように、拗ねたように口を尖らせて見せた後、ハッと気がついたように、「ねぇ……恋ノ宮くん」と、雪浜さんは聞いてきた。
「付き合っているって知ってると、普通の人は諦めるの?」
「え? まあ……うん。好きな人がいるって分かってたら、玉砕覚悟で告白する人はいなくなるだろうから……ナンパもなくなると思うよ」
「そう…………」
いや勿論、それでも告白したりナンパするような猛者もいるかも知れないけど。
まあ、それでも告白やナンパの数が少なくなれば、雪浜さんの心労やらも激減するだろう。
やっぱそういう意味でも、雪浜さんの恋愛嫌いは勿体ないと思うんだけどなぁ……。
と、そんなことを考えていると、雪浜さんが仕切り直すようにパンッと手を叩いた。
「ま、良いわ。ありがとう、誠くん」
「え? あ、はい、どういたしまして……って、えっ? 今なんて言ったの!?」
「ただのお礼よ。二度は言わないわ」
「いやそっちじゃなくて……ほら」
ずっと恋ノ宮くんって呼んでたし、なんなら名前さえ忘れられていたはずなのに……。
「おかしいかしら」
「うん、おかしい」
「…………」
「……おかしい」
「二度言う必要は、ないんじゃないかしら……」
ムッとする雪浜さんだけど、これは流石におかしい。
だって今見た好感度は50弱、かなり上がったとは思うが、まだまだ低い部類だ。
名前呼びなんて、あと数年くらい早いんじゃないかな……? いや、数年後には期限過ぎてるだろうけど。
「なら、いつも通りの呼び方で良いわね。恋ノ宮くん」
「それは嫌です!」
「……そ、そんなにキッパリ言われると、なんかむず痒いわね……。えっと……ま、誠……くん? この呼び方で良いかしら?」
俺の名前を呼んで、ちょっと照れたように尋ねてくる雪浜さん。
ああ、やばい。
色々とやばい。
今なら、雪浜さんに一目惚れするみんなの気持ちが分かる気がする……。
一見すると雪浜さんは氷の城に守られているように見えるが、実は全く別。人間らしい所も、あるではないか。
周囲にいた男が倒れ大慌てになる様は、確かに十分異様だったが、その中心に立つ雪浜さんは、氷の女王でもなんでもなく、普通の女の子のように見えた。
「さあ、行きましょう。まだ時間はあるわ」
だからこそ、気になった。
これまで以上に、興味が湧いた。
「ああ……そうだね」
どうして雪浜さんは、恋愛に対して嫌悪感を抱いているのだろう?




