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秋葉原エイリアス

作者: 工場長

マグロ頭さんの企画された「ことば小説」参加作品です。「ことば小説」と検索すれば他の参加者様の作品を見ることができます。

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 ここは、東京とうきょう秋葉原あきはばら――。ここに来た者の大半は「メイド喫茶」なるものに足を運ぶであろう。

 ほとんどのメイド喫茶で客は最初のことばで出迎えられ席に案内される。客はメイドに注文をする。客はメイドに料理を運んでもらう。そして帰りには

「いってらっしゃいませ、ご主人様」

 と、お見送りされる。この「ご主人様」と呼ばれることに快感を持つ者もいるに違いない。

 なぜ「ご主人様」と呼ばれることに快感を持つか? それはほとんどの者が普段の生活において「ご主人様」と呼ばれる事態に遭遇しないからである。日本の人口において「メイド」と日々暮らしているものは数パーセントに過ぎないであろう。

 自分の普段の生活に無いことば「ご主人様」。その非日常的な言葉を聞くことで日常生活から離れ、ひと時の架空世界へと入っていき快感を得るのだ。「メイド」という非日常的な存在もそれを手助けしているであろう。


 しかし、カウンターの一番壁際に座っている男はその世界に浸ってはいなかった。スポーツ刈りの緑のTシャツにいつも履いている薄青のジーンズに身を包んだ男は「ご主人様」ということばを聞くたびに

(またか)

 と、心の中で舌打ちをした。彼は「ご主人様」ということばに何の感慨も抱いていないのだ。

 この街に来た当初は少し気持ちよくはなれたであろう。しかし、この街に来ることを繰り返しているうちに「ご主人様」ということばに食傷気味になったようだ。

 それ以外にも彼には「ご主人様」を望まない大きな理由があった。彼は別のことばで自分を呼んでもらいたかったのだ。そのことばとは先輩せんぱい――。


 話は数年前にさかのぼる。ある日アルバイト先で砂糖の袋を運んでいた彼は後ろから「先輩」と頭を小突かれた。

 先輩――中学高校と帰宅部であった彼にとって新鮮なことばであった。

 振り返るとそこにはショートヘアの背の高い女性が一人。「かわいい」や「綺麗」ということばより、「元気」「かっこいい」ということばが似合う娘だ。

「『先輩』って君は俺より先にこの店にいたじゃないか」

 彼が「むしろ俺が『先輩』と言いたいくらいだ」と言うと、彼女は首を横に振って否定した。

「いえいえ、同じ大学の先輩だから、『先輩』なんじゃないですか」

「えっ、同じ大学なのか?」 

 それ以来彼と彼女はあるときはアルバイト先にて、またあるときは大学内にて話すようになり、仲を深めていった。

 二人はやがて彼氏彼女の関係になる。そうなっても彼女は彼を「先輩」と呼び続けた。


「先輩、晴れたからデートに行きましょうよー」

「先輩、お誕生日おめでとうございます」


 大学時代の二人はまさに幸せそのものだった。

 しかし、大学を離れて社会人になったとき二人の生活にズレが生じた。共に仕事に追われ会えない生活。最初は互いに電話などして会えないことを補っていたものの、それも絶え二人の仲は自然消滅と言う形となった。


 それから数年――。昔の彼女に未練があるわけではないが、彼にとって「先輩」ということばは憧れのことばとなっていた。

 ある日彼は同じ店の常連に

「『ご主人様』以外で呼んでくれる店がある」

 との話を聞き、早速その店に行ってみた。

「お帰りなさい、お兄ちゃん」

 出迎えたのはメイドではなく、「お兄ちゃん」と呼ぶ妹だった。

 「お兄ちゃん」末っ子である彼にとっては一度も呼ばれたことの無いことば。

(お兄ちゃんも悪くないな)

 彼はこのことばの虜となり、しばらく通い続ける。

 しかし「お兄ちゃん」にも限界が来た。食傷気味になったこともあるが、彼にはやはり「先輩」への憧れがあったのだ。


 久しぶりに戻るいつものメイド喫茶、出迎えたメイドは彼を見て

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 と、いつも通りのことばで迎えた後で。

「久しぶりだね、○○さん」

 と、声をかけた。その時、彼の頭に電球がともった。

(常連さんは名前を呼んでもらえるのだった!)

 もちろんこの名前は本名ではない。(本名の方もいるらしいが)ここで彼は一計を案じた。ポイントカードが新しいものになったのを機に

「名前を『○○先輩』にしてくれないか」

 と、お願いした。

 カードの名前に「先輩」とつければ常連となった際「先輩」と呼んでもらえるのである。

 この作戦は彼に意外な成果をもたらした。

「なんで『先輩』なんですか」

 あるメイドが彼に尋ねた。彼はストローから口を離し答えた。

「俺は『先輩』と呼んでもらいたいんだよ」

 メイドはポイントカードを暫く見ていたが

「それじゃあ今度から『先輩』とお呼びしますね」

 と、笑顔になった。

 「先輩」と名づけることでメイドに興味を持ってもらい、名前を覚えてもらえる前に自ら「先輩」と呼んでもらえるようアピールできるようになったのである。

 以来、彼は新しい店に入るたびにポイントカードの名前を「○○先輩」と名づけた。これによってほとんどの店で「先輩」と呼んでもらえるようになった。

 

 メイド服で「先輩」

 セーラー服で「先輩」

 チャイナ服で「先輩」

 着物姿で「先輩」


 彼は今日も秋葉原の街を歩いている。後輩と出会い「先輩」と呼んでもらうために――。

「お帰りなさいませー、あ『先輩』だー」

 「ことば」というのは人によって受け止め方は様々だと思っています。ある人にとっていい意味であれば、他の人によっては悪い意味になる。

 ゆえに日々「ことば」を選んで話さなければならないと考えています。

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― 新着の感想 ―
[一言] 色々な意味でおもしろかったとですよ〜 なるほどね!先輩!
[一言] 気に入った、というとえらく偉そうですネ。素直に面白かったデス。 最初ちょっと堅苦しい文体に違和感がありましたが、物語世界が気に入ればそんなのは気にならなくなります。 そして読了後にはホンワカ…
[一言]  拝読いたしました。  呼ばれ方って、人によってはちょっとこだわりがあるし、私自身呼び方呼ばれ方にこだわりがあるほうなので楽しく読みました。彼女の風貌が、私の中のメイドイメージとかけ離れてい…
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