第4話 契約
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私は図太くもメイドを殺したその足でそのまま自室に戻り、ソファで紅茶を飲んでいた。自室に戻るなり自分で紅茶を入れようとした私に、慌てて給仕を申し出たカンパニュラは命令で黙らせ、私が座るソファの向いに控えさせている。ここで直ぐに体調でも崩していればまだ可愛げがあるのだろうが、直ぐに日常に戻っている辺りがますます私の悪役王女感を強めているのだろう。だが、こうしなければあのメイドは「王女の不興を買って殺された」のではなくなってしまう。
「何故あのメイドだと分かったの?」
「それは…。」
「今はこの部屋も防音の魔具を起動しているから、何を話しても大丈夫よ。」
矢張り盗聴を危惧していたのか、私の一言でカンパニュラは口を開いた。
「要因は様々ありますが、決定打は匂いです。」
「匂い?」
「ええ。主が人払いをされ、あのメイドが下がる際にカルミアの匂いがしたので。恐らく、毒はチョコ自体ではなく、飾りつけに使われた蜂蜜ではないかと。」
「恐らく当たりよ。口に入れる前からカルミアの蜂蜜独特の匂いがしていたし。」
ならば、何故口にしたのかという視線が突き刺さる。
カルミアは正式な名をカルミア・ラティフォリアというピンクや白の毒花をつける植物だ。当然観賞用の花なので滅多に人は口にしないが、厄介なのはこの花からつくられた蜂蜜も花と同じ毒をもつということだ。多少癖のある味だが、薔薇の蜂蜜などと大きな違いがある訳ではない。余程訓練された人間でないと区別をするのは難しい。この毒を大量に摂ると意識が混濁してきて死ぬ。少量の場合は、まず最初に嘔吐が来た後に頭部の穴という穴から液体が流れだし、1時間後には呼吸がゆっくりになり、昏睡して死ぬ。その恐ろしさからカルミアの蜂蜜は「狂気の蜜」と呼ばれる劇物だ。
「貴方も聞いていたでしょう?多少は向こうの差し金にものってあげないと、王妃達は不安になるでしょうし。それに私の紫は深いから、大丈夫よ。」
私の瞳は母親譲りの深い深い紫。つまり、高い毒魔法の適正をもち、耐毒の魔法体質が強いということだ。守護霊の世界では魔法が普及していないらしく、最初にこの話をした時にはとても驚かれた。一つ一つ丁寧に説明したのが懐かしい。赤は炎、青は水、緑は木、紫は毒。そして滅多に見られる色ではないが黒が闇、黄が光だ。
紫は毒魔法に特化しており、王国の魔導騎士団への入団などはほぼ不可能なので、外れと言われることも多いが、この紫のおかげで私はここまで生きてこられたのだから、私はとても気に入っている。
「それは存じておりますが、体調を崩されない訳ではないのですから。二年前のことをお忘れではないでしょう。」
「情報源はリウムね。」
真顔で私の身を案じてくるカンパニュラに思わず溜息が漏れる。大方リウムが帝国から帰ってくる際に、あれこれと私のことを伝えたに違いない。
「まあ、良いわ。これから書面での正式な契約手続きを始めます。」
「主、その前に一つ宜しいでしょうか。」
「許すわ。大方その背中に隠しているもののことでしょう。早く出しなさい。」
「気付いておられたのですか。」
「私が何年暗殺され続けていると思っているの?隠しポケットなんて直ぐに分かるわ。」
私の催促に背中を押されて、カンパニュラは手のひら大の布袋を取り出した。袋に縫われている紋章には見覚えがある。
「叔父様ね。今度は何を押し付けてきたのやら。」
王弟である叔父は数少ない私の味方だ。婚約者であった公爵家の令嬢をルピナス公爵家に暗殺されたことから、同じく母親をルピナスに殺された私とリウムに目をかけてくれている。
袋を手に取り開けてみると、上質な黒の革に銀細工で私の紋章を施した綺麗な首輪が出てきた。そう、首輪が。
「王弟殿下から少し早いですが、誕生日の贈り物だそうです。」
「首輪にしか見えないのだけれど…?叔父様はこれを…どうしろと…?まさか私につけろと…?」
「いえ、隷属の魔法がかけられた首輪だそうです。トリフォリウム王子が私を主への贈り物にされると決められた際に、丁度良いだろうと。」
「隷属の首輪…!!?だから、リウムは『絶対に捨てない』なんて自信満々だったのね!!」
リウムの言葉の裏に隠されていた意図に今更気付いて、思わず叫んでしまった。隷属の首輪はその名の通り、首輪をつけた者がその契約者からの命令を破った際に、着用者がすぐさま死に至る最早呪いの品といっていい代物だ。効果が強力な上に使い切りの魔具なので、お値段もとんでもない。
「叔父様はこんなものをどうやって…?」
「詳しくは存じ上げないのですが、何でも王弟殿下を慕っている帝国の姫君から頂いたと…。」
カンパニュラは曖昧な表現を使ったが、つまりは帝国の皇女を誑かして手にいれたのだろう。叔父は今も亡き婚約者に一途な思いを抱いており、近寄ってくる女性に一度も手を出したことはない。そう、最も怖いのは隷属の首輪でも、そのお値段でもなく、あの美しい容姿と巧みな話術のみでそれを手に入れた叔父の存在だ。
最近は叔父を師と慕うリウムにもその片鱗が出てきて末恐ろしい。この間も護衛を連れて庭園の散歩をしていると、リウムと私付きのメイドが薔薇の茂みの陰で何やら話している姿が見えた。不思議に思い近づいていくと、リウムの『ふふっ、ドキドキしてる。俺にバレないとでも思った?』という声が聞こえてきて思わず逃げた。あの色気は13歳が出してはいけないものだった。まだ13歳なんてまだ子供だと思っていたのに、まさかもう女性を誑かしていたなんて…。ちなみにそのメイドはあの後自主退職した。恐らくリウムに弄ばれたことを知り、傷心してしまったのだろう。あの時は謎の申し訳なさから退職金を多めに出した。
「我が主、主の手で私の首につけて頂けないでしょうか?」
カンパニュラが私の前に跪いて、私と同じ紫の瞳で私の顔を覗き込んできた。そのアメジストのような瞳に気圧され、思わず視線を手に握り絞めた首輪に落とした。
「正直、私にとって願ってもいない話なのは確かよ。身体能力も高く、身体強化の魔法も使える上に、濃い耐毒の瞳。さらには守るべき家も縛られる家名もなく、私の事情を全て知っていて、礼儀作法も完璧。私が幼い頃からずっとずっと夢見ていた文句の付け所がない護衛だわ。けれど。」
一度口を閉じると、顔を上げ、私もカンパニュラの瞳を覗き返した。
「けれど、貴方は?カンパニュラ?本当に良いの?」
私の言葉にカンパニュラは一瞬虚を突かれたような顔をして、それから初めて愛想笑いではない笑顔を見せた。何故か私は亡き母の笑顔を思い出した。思い出の母の笑顔は咲き誇る向日葵のような笑顔で、カンパニュラの少し寂し気な笑顔とは全く違ったけれど、同じ温かさを感じた。
「主は本当にお優しい御方だ。」
小さな声でそう呟いたカンパニュラは微笑みながら、首輪を握り絞める私の手を、少しカサついた手で包み込んだ。
「私の幸せは主の幸せ、私の命は主のもの、貴方を一番傍で御守りできることは至上の幸福に他なりません。」
「私と貴方は昔何処かで会ったの?悪いけれど、私、そこまで貴方が思ってくれる理由が分からないわ。」
「私のことなど些細なことです。主、貴方は生きたいのでしょう?ならば、俺の首に首輪を。」
カンパニュラの言葉に思わずハッとさせられる。そうだ、私は生きなければならない。数々の犠牲の上に生きておきながら、今更死ぬなんてことは許されない。否、私が耐えられない。その為には私はこのチャンスを掴まなくては。強く決意をして、深く深呼吸をした。
「首を出しなさい。」
「御意。」
跪いて首を垂れたカンパニュラの白い首に手を伸ばして、首輪をつける。契約は首輪の装着と新たな名の贈与、魔力を互いに少し与え合うことで完了する。私はカンパニュラの前に両手を差し出した。
「今から死が二人を分かつまで、貴方は私の護衛よ。これからは、そうね、クロッシュと名乗りなさい。」
「クロッシュ…、クロッシュですか…。良い名を有難うございます。コロナリィーア様、この命は貴方と共に。」
クロッシュは新しい自分の名を噛みしめるように呟いて、私の手に両手を重ねた。顔を上げたクロッシュの顔は窓から差し込む光に照らされ、瞳から流れる一筋の涙が輝いていた。この時の私はその涙に込められたものを露程も知らなかったけれど、この光景を私は一生忘れないだろうと思った。
カルミア・ラティフォリア(Kalmia latifolia)
大望 野心 裏切り
余談ですが、リウムはメイドを誑かしていた訳ではなく、リアの食事に毒を混入したメイドに圧迫尋問をしていました。つまり正確には「ふふっ、(自分が犯人だとバレて)ドキドキしてる。(自分が犯人だって)俺にバレないとでも思った?」という旨の発言でした。この時はリアがリウムに気まずい思いを抱いて避けていたので、面と向かってリアに忠告しようにも避けられ続け、リウムが裏で色々手を回していた時期ですね。