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第3話 任命

R指定をつけていないので、細かい描写はしていませんが、人が死ぬ描写があります。

しばらくしてふっとリウムが柔らかに笑った。今まで見せていた咲き誇る百合のような笑顔ではなくて、道端に咲くシロツメクサのようなささやかなものだった。


「勿論、これは第二王子から第一王女への贈り物ではなくて、トリフォリウムからコロナリィ―アへの贈り物だよ、リア。」

「そう。半年で捨てられると分かっているのに、贈るなんてリウムの気がしれないわ。」

「大丈夫だよ、リアはきっと気に入ってくれるし、半年で捨てないよ。絶対にね。」


お互いに愛称で呼び合うなんて何だか久しぶりで思わず顔を見合わせて吹き出してしまった。


「ねえ、またリアって呼んでも良い?」

「誰にも聞かれていない時なら。下手に人目のあるところで呼ばれて、リウムの味方になったと思われたら厄介だわ。」

「分かったよ、リア。」


守護霊以外に愛称で呼ばれるのは久しぶりで、なんだか恥ずかしくなってくる。


「リア、顔が赤いよ。恥ずかしいの?」


からかってくるリウムを思わず睨みつける。


「久しぶりなんだもの。仕方ないでしょう。それより敬語はどうしたのよ。」

「小さい頃は敬語なんて使ってなかったんだから、良いでしょう?」

「急に遠慮がなくなったわね。」


リウムが王になると決意してから、私のことを姉上と呼んで敬語を使い始めた。何だかリウムが知らない人になったような気がして、いつもは顔を見かける度に話しかけていたのに、何と話しかければ良いのか分からなくなってしまった。だから、遠慮のないリウムの砕けた話し方も目元と口元を少し和らげるだけの微笑みも、酷く懐かしくて心地よかった。


「じゃあ、そろそろ俺は戻るよ。」

「ええ、気を付けて。」


いつの間にかリウムの真後ろに控えていたカンパニュラが椅子を引き、リウムが立ち上がるのを少し寂しい気分で眺めていた。母親の生家が公爵家であるリウムと違って、母親の生家が没落寸前の伯爵家の私には、味方がいないに等しい。リウムと話している時は私の数少ない安らぎの時だった。

リウムは椅子を戻すカンパニュラに鋭い視線を向け、一言だけ言葉を発した。


「勤めを果たせ。」

「御意。」


ここにいるのはもう「リウム」ではなく、「第二王子」だった。


「ああ、姉上。忘れていました。」


リウムは王城に続く石畳に向かっていた体を翻すと、色とりどりの茶菓子が乗ったテーブルに近づいた。そして、いくつかの茶菓子を手に取り、何も乗っていない皿にのせる。


「こちらは姉上のお口には合わないかと。」


にこやかに笑うリウムの瞳はほの暗い、海の底のようだった。私は安心させるように微笑む。


「大丈夫よ、私の瞳が紫である限り。」

「でも、体調は崩すでしょう?」

「その方が向こうも少しは溜飲が下がるでしょう。」

「塵も積もれば山となりますよ。」

「心得ておくわ。」


私が引く気がないことを察したのか、リウムは溜息を吐いて大袈裟に肩をすくめてみせた。


「まだ私達を亡き者にするつもりなのでしょうか。」

「私達がお兄様を押しのけて王になるつもりなら。」

「私は王になります。」

「ええ、分かっているわ。」


逃げた私がリウムの決意に口を出す資格なんてない。私は結局色んな責任を放り出して、一番楽な道に逃げたのだ。


「では。」

「ええ。」


いつも別れ際はこの話だった。本当はもっと違う話をして別れたかった。二人共この時間だけは自分達が死と隣り合わせなことを忘れたくて、けれど染みついたそれを忘れることは出来なくて。

リウムの姿が薔薇の茂みの向こうに消え、代わりに下がっていたメイド達が近づいてくるのが見えた。


「カンパニュラ。」

「はっ。」


向かいに控えていたカンパニュラを呼び寄せる。


「今この瞬間から貴方を私の護衛に任命します。」

「有難き幸せ。この命に替えても、御身を御守り致します。」

「そう。では、今から最初の命令を下します。」


リウムがよけた茶菓子の中からドライストロベリーがかかったチョコレートを選んで、目の前の皿にのせる。


「あのメイド達の中から向こうの手のものを探し出して。こんな簡単なことも出来ないなら、解雇よ。」

「主、護衛としてこの方法は賛同しかねます。」

「嫌よ、私は繊細なの。安眠出来ないのは肌の調子に響くわ。」


カンパニュラは一瞬眉間に皺を寄せたが、次の瞬間には私の横で跪いて臣下の礼をとった。


「それが主のお望みならば。御前を汚すことをお許しください。」


カンパニュラの発言の後ろに隠された意図に気付いて、一瞬躊躇う。けれど、このチョコレートがここにある以上、もう私が救える段階にはないのだ。迷いを振り切るように一音一音はっきりと口にする。どんな経緯であれ、最後に手を下すことを決めたのは私なのだという戒めだ。


「ええ、そうね。許すわ。それが一番苦しくないでしょう。」

(リアたん?リアたん?待って、まさか。駄目、駄目だよ!!!!そんなの、ますます死亡エンドに近づくことになる!!!!)


私達がしようとしていることに気付いたのか、守護霊の絶叫が頭の中で響き渡る。なら、どうすれば良いのだろう。何処に転んでも結局死ぬのなら、私は明日生きていられる可能性が高い道を選ぶ。

メイド達は近づくにつれ、カンパニュラの存在に首を傾げながらも見惚れている。カンパニュラの美貌は滅多にお目にかかれないものだから、それも当然だろう。しかし、それを悟らせるようでは半人前だ。私が短いスパンでメイドを解雇するせいで、今いるメイドは本来なら王女付きのメイドになれる筈のない者ばかりになってしまった。けれど、それはあくまで彼女達の責ではなく、公爵家と私の責だ。彼女達を使えないとは思っても、嫌悪の情は抱いていなかった。


「これはカンパニュラ。トリフォリウムからの贈り物で私の護衛になったわ。正式な手続きはまだですが、先程口頭での手続きは終わりました。」

(リア!!リア!!!待って、考え直して!!)


私の紹介を受けて、カンパニュラは少し微笑んで目礼をした。メイド達は美形の微笑みに赤くなって少し慌てながら礼を返した。


「先程のメイドは?」

「は、はい、王女様のご気分を害しましたので、自室にて待機させております。」

「そう。なら、王城に帰ったら解雇の手続きをしておいて頂戴。」

「しょ、承知しました。」

(私の声が聞こえているなら、止めて!!)


あのメイドもそろそろ半年だったし、丁度良いだろう。皿からチョコレートをとって口に運ぶ。咀嚼すると、中からストロベリーの甘酸っぱいソースが流れ出してきた。

右側に控えていたカンパニュラがメイド達に向かって歩いていく気配がしたと思うと、庭園ではメイド達の、頭の中では守護霊の悲鳴が響き渡った。


「うるさいわ、貴方達。静かにしなさい。私の所有物に勝手に指図したのだから、当然でしょう?」

(リア、リア、何で…。こんなことしたら、本当に戻れなくなる…。)


守護霊の声が聞こえるようになってから、自分の手で人を殺したのは二回目か。一回目の時は人が死ぬのを見るのは初めてだったらしく、相当なショックを受けたようだった。何日か声が聞こえなかったから、今回もそうなるだろう。

私にとっては何十回目の殺人現場は思っていたよりも凄惨な現場ではなかった。血は少量しか流れておらず、芝生も薔薇もほとんど汚れてはいなかった。片手でメイドを支えたカンパニュラはそのままメイドを芝生に横たえると、剣についた血を軽く払って鞘に戻した。カンパニュラの衣服には返り血一つついておらず、その表情からは何の感情の揺らぎも感じられなかった。その手際に思わず口から感嘆の声が漏れた。


「貴方、本当に手練れなのね。」

「こちらの薔薇園は主の大切なものだとお聞きしたので。」


私が椅子を立とうとしたのを察したのか、カンパニュラが近づいてきて椅子を引いた。カンパニュラのエスコートで立ち上がると、腰を抜かしたメイド達に目もくれず、王城に続く石畳を歩く。後ろから足音を立てずについてくるカンパニュラの気配がした。


「それは貴方達で片づけておきなさい。」


どうせ彼女達は今日一日使い物にならない。

横を通り過ぎる時に見えたメイドの死に顔が見慣れた苦悶に満ちたものではなかったことと、『第一王女がまたメイドを手討ちにした』という噂が直ぐに出回ることだけが慰めだ。吐き気と共に今まで何千回、何万回と、心の中で唱えてきた文言がじわじわと喉の奥から込み上げてくる。






ごめんなさい、ごめんなさい。私が生きる為に死ぬことになってしまってごめんなさい。私が生きる為に貴方を殺してしまってごめんなさい。貴方を殺してまで生きることを後悔していない私でごめんなさい。

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