表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/35

第2話 義弟と従者

私の義母である王妃は生家であるルピナス公爵家の強力な後押しによって正妃になった人物だ。

ルピナス公爵家は建国当初からある由緒正しい家柄で国の政治の中枢を担っている。だが、公爵家の強みは逆に言えばその長い年月で築き上げた人脈と家柄だけだ。建国後の戦で取り立てた武功を上げた訳でもなく、領地運営や他国との外交の才がある訳ではない。年月を経るにつれ、ルピナスの威光は弱まり、他の公爵家や侯爵家、伯爵家なども力をつけてきた。




そのことに恐れを抱いた公爵家前当主は一人娘を家の力で無理矢理正妃にした。そういった経緯から王妃も公爵家も第一王子である兄が次期王となることに強い執着を抱いている。その為なら多少の犠牲は厭わない。




そんな公爵家と王妃に目をつけられたのが、第一王女である私と第二王子である義弟だ。この国では女性の王族も王位継承権を与えられるのが良くなかった。出生の順番としては第一王子の方が早いものの、私より二か月早いという程度でしかない。王位継承順位は兄の方が高いが、私が何かしらの分野で功績をあげれば順位は簡単にひっくり返る。実際公爵家に権力が集中することを良く思わない貴族も多く、私は幼少期にはそういった貴族達に担ぎ出されていた。






「日差しが強いわ。」




私の一言にメイドが慌てて仕切りタイプの日除けを私の横に置いた。しかし、そのせいでせっかくの満開の薔薇が見えなくなり、思わず眉間に皺が寄る。




「これではせっかくの薔薇が見えないわ。」


「も、申し訳ありません!!!」


「もういいわ。この日除けをどけたら、貴方は何もせずにそちらに立っていらしたら?誰かパラソルを持ってきて頂戴。」




青ざめて壁際に下がるメイドを横目で見ながら思わず溜息を吐きそうになってしまった。昨日解雇した彼女ならばこんなことはなかった。直ぐにパラソルタイプの日除けなどを用意して、冷たい飲み物まで用意してくれた。惜しい人材を解雇してしまったと思いつつも、惜しい人材なら尚更解雇して良かったと思う。いくら自分が仕える主人だからと言って自分の命まで捧げる必要はないのだ。




「姉上。聞きましたよ。またメイドを解雇されたとか。今回は随分と長く続いたと思いますがね。」




後ろから響いてきた聞きなれた声に振り返ると義弟のリウムがこちらに歩いてくるところだった。リウムは愛称で正式な名はトリフォリウム、この国の第二王子だ。成長期なのか以前会った時よりも大分身長が伸びている。私の一つ下だから、今は13歳か。私と同じ程だった筈の身長は私よりも大きくなったのではないだろうか。王家の特徴であるミルクティー色の髪に母譲りの青い瞳、整った顔立ちも相まって相変わらず美しかった。




「ええ、直ぐに解雇するのではつまらないから、少し趣向を変えてみようと思って。それより帰ってきていたのね。帝国はどうでした?」




微笑みながら視線で向いの椅子を勧めると、リウムも微笑みながら席についた。相変わらず年下とは思えない冷静さと貫禄で、これは公爵家が危惧するのも無理はない。




「別段お耳に入れるようなことはありませんでしたよ。あくまで叔父上の付き添いですから。自由に行動出来たのも一日しかありませんでしたし。」




リウムのティーカップに紅茶が注がれたのを確認すると、人払いをさせる。王城にはいくつもの庭園があるが、私がよく来るこの薔薇園はその中でも奥まった場所にある。紫の薔薇が咲き乱れる庭園で、母である側妃が亡くなった際にそのまま私の所有物となった。ここが私のテリトリーだと分かっているから、城の人間はほとんどここには近づかない。下手に近寄って私の不興を買うのは避けたいのだろう。




(久しぶりのリウムたん!!!!相変わらずの美少年ですなあ。これは確かに将来美青年になる筈だわ。やっぱりイケメンは生まれた時からイケメンなんだなって…。何だかお姉さんちょっと悲しくなってきた…。)




守護霊はリウムに遭遇する度に声を荒げている。何でも、この守護霊は王家に多く見られるミルクティー色の髪が特に好みで、同じ理由で兄と叔父もお気に入りらしい。以前、つまり王族が好きなのかと聞くと『違うの!!!王族が好きとかミルクティーの髪が好きなんじゃなくて、リアたんがミルクティー色の髪で王族だから、王族とミルクティーが好きなの!!!!ああ!!ちょっとドン引いてるのも可愛い!もっと蔑んで!!!!』と鬼気迫る声で力説された。正直怖かった。まだ王族だから好きと言われたほうが良かった。理由が分からない好意程怖いものはない。


人払いが終わったことを確認すると、リウムが口を開いた。




「しかし、今回のは少しまずかったと思いますよ。あのメイドは必要以上に目立ってしまった。もしかしたら今頃公爵家の手のものに捕まって、姉上の情報を引き出す為に拷問か脅迫でもされているかもしれませんね。」




口から出る物騒な言葉とは裏腹ににこやかな笑顔を浮かべて、ティーカップを手にとる。




(この年齢から若干の闇を感じさせるなんて、流石攻略対象!!未来のヤンデレ枠は堅いですね!)




リウムも未来予知では庶民の女子と恋に落ちる「攻略対象」とやらになる可能性があるらしい。というより、私は未来の悪役なので、基本私の周りの人間は攻略対象であると思ったほうが良いというのが守護霊の言い分だ。だが、正直リウムと関わっている身からすると、『このリウムが何の利益もない庶民の女子と恋?そして結婚?本気で?』と未だにその未来には疑いを抱いている。この弟も私と同じで自分の命が一番大事なタイプの人間だ。それも未だに私が弟の身代わりにされて殺されていないのが不思議なぐらいの。




「姉上はどうなさるおつもりで?」


「その前に一つ良いかしら?」


「なんでしょう?」


「貴方の後ろに立っている方はどなたかしら?私は存じ上げないのだけれど?」




何の紹介もなく話し始めたリウムに向かって、暗に紹介するか、下がらせろと訴える。今から始まる話は信用のおけない人間に聞かせられる話ではない。




「ああ、すみません、姉上。紹介が遅れました。これは姉上に差し上げようと思って今日連れてきたのです。先月護衛を解雇されたから、新しいものをお探しかと思って。」




相変わらず人を物扱いするのが気になるが、私もメイドやら護衛をポンポン解雇している身なので何も言えない。それに自分に仕える人間に情をかけすぎることは、相手にも自分の為にも良くないことは分かっている。そんな私の思考は守護霊の絶叫によって遮られた。




(うっそ!!!!カンパニュラ!!!!!!!!やっぱり、少年の時もイケメンなのか!!!!!)


「帝国に行った際に見つけまして。姉上の誕生日の贈り物に丁度良いのではと叔父上に相談したところ、賛同頂けたので持って帰ってきました。」




確かに来月に私の誕生日を控えているが、正直護衛の贈り物など対応に困る。どうせ半年以内に解雇しなければならないのに、贈り物とは。リウムの後ろに立つ男は胸まである濃い紫の髪を後ろで一つにまとめた、薄紫の瞳が涼しげな美青年だった。確かに滅多にお目にかかれない美しさではあるが、正直誕生日の贈り物なら珍しい魔法がかけられた宝石や魔法道具の方が使い道があって良かった。




「主、発言のお許しを。」




青年は流れるように綺麗な臣下の礼をとると、国の作法に乗っ取って発言の許可を求めてくる。これで「不作法な護衛だから要らない」と断る理由が一つ潰されてしまった。




「私は貴方の主ではないですし、その予定もありませんが発言を許可します。名と家名、生まれを名乗りなさい。」


「はっ、失礼致しました。帝国の生まれで名をカンパニュラと申します。家名はございません。」


(やっぱり!!!カンパニュラだ!!リアたん、ほら、この人も攻略対象だよ!!前話した年上クーデレの従者系イケメン!!!)




守護霊が小声で騒ぎ始めた辺りで薄々察していたが、矢張りこの男も攻略対象らしい。現段階で周囲で一位二位を争う美形が全員攻略対象であることを考えると、身の回りの美形は全員攻略対象だと思った方が良いらしい。


それにしても、今にも『どうです?姉上のお気に召したでしょう?』と言いそうなリウムの顔が、図星過ぎて正直非常に腹正しい。昔は貴族しか家名をもたない時期もあったそうだが、今は庶民も家名をもつ。家名がないということは恐らく孤児だ。家や家族に縛られないというのは喉から手が欲しい人材だ。本当にリウムは天使のような顔をして計算高い。




「何と言ってこの者を騙したの?」


「姉上、人聞きの悪いことを言わないでください。これは全てを承知の上で護衛の任を受け入れたんですから。」


「貴方いつも防音の魔具を持ち歩いているんだから、誰も聞いていないわよ。それより、全てとは何処まで?王女は大変我儘だから、直ぐに不興を買って解雇になるかもしれないことはしっかり伝えてくれたんでしょうね?」


「ええ、勿論。長期間勤務したものは公爵家の手のものに姉上の殺害を脅迫されることも伝えましたよ?」




リウムの返答に思わずカンパニュラの顔を見る。カンパニュラは私の視線を受けて、微笑んだ。




「カンパニュラ、発言を許可します。貴方、正気?」


「はい。王子がおっしゃった通り、全て承知した上で護衛の任を御受け致しました。」




ますます信じられない。主は我儘三昧の理不尽王女、直ぐに解雇されるか公爵家に目をつけられて脅されるか。私だったら絶対に進んで仕えようとは思わない。




「対価は?何が欲しいの?私は女王になるつもりはないから、権力の恩恵を狙ってのことなら無駄よ。金品も正直もっと割の良い仕事があるし、叔父上のお目にかなったのならもっと良い働き口もあると思うのだけれど。」


「主が玉座に興味をお持ちでないことも存じております。金品の類も特に必要としておりません。ただ、主の御身を御守りする機会を頂ければ、私はそれだけで幸せでございます。この身は主を御守りするためだけのものですから。」


(主呼びを注意されたにも関わらず、強行してくる強気なところがギャップですなあ。このギャップで何千人のユーザーを落としてきたのか…。)




守護霊に言われなければ見逃してしまうところだったが、主呼びを貫く姿勢と言い、発言といい、今まで見返りを求めない好意を向けられたことがない人生だったおかげで、正直非常に怖い。権力も金品も興味がないとすれば、残るは私自身だ。私は王家特有のミルクティー色の髪にスミレ色の瞳、顔の造形は今でもリウムと瓜二つだと言われるぐらいだから美少女だとは自負している。しかし、カンパニュラとは面識はないし、そこまでの好意を寄せられる覚えはない。帝国の出ならあちらの皇女もかなりの美少女だと耳にしたことがあるし、何故私なのかが分からない。守護霊のようにこの髪色が好みだという類の人間だろうか。




「何故そこまで渋られるのですか、姉上。ひとまず護衛にして半年程使ってみれば良いではありませんか。見目も良い、躾もなっている、忠誠心もある、さらには叔父上のお墨付き。俺は絶対に姉上が気に入ってくださると思ったのですが。」


(ひゃあああああああ!!!!!!!出たああああああ!!!!リウムたんのデレモード!!!あざといわああああ!!!上目遣いに拗ねた表情!)




リウムのこの仕草は私の良心を的確に抉ることを狙って繰り出されたものだと分かっているから、正直守護霊のように素直に可愛らしいと思えない。しかし、冷静な思考とは裏腹に体は守護霊の突然の発狂に驚き、ティーカップが手から滑り落ちた。




「あっ。」




カップが地面に向かって落ちていくのを目で追いながら、割れる未来を想像して悲しくなった。あの茶器も母の数少ない遺品だったのに。使わないでしまっておけばよかった。そんなことを考えながら、カップが割れるところを見たくなくて反射的に目をつぶる。けれど、いつまで経ってもカップが割れる音は聞こえてこない。恐る恐る目を開けると、黒味がかった紫が目に入ってきた。




「え?」




瞬きをしてみると、それは私の視界を占めたカンパニュラの髪だった。そして、剣を差し出す騎士のようにうやうやしく差し出された彼の両手に視線を向けると、そこには落ちていった筈のティーカップがあった。




「ほらね?叔父上のお墨付きなだけあるでしょう?」




リウムが楽し気に笑って、ティーカップに口をつけた。楽し気なリウムの声で急に意識が戻ってきた。少し震えた手で差し出されたカップを受け取ると、カンパニュラは何事もなかったかのように下がった。私がカップを落とした時にカンパニュラはリウムの後ろに控えていた。魔法でも使わなければ間に合わない距離だった筈だ。そう、魔法。




「成程、身体強化の類の魔法ね。確かに護衛には適任ね。」


「ほら、そろそろ諦めて護衛にしたらどうですか?」




何だかんだ言っても最後には私がカンパニュラを護衛にすると確信しているからか、リウムはとても楽し気に色とりどりの茶菓子を選び始めた。




「何度も言っているけど私は貴方と協力関係にはあるけど、味方にはならないわよ。」




私の一言にリウムは笑みを消してこちらを向く。美形の真顔はその造形の美しさからか、人形のように見える。この瞬間がいつも苦手だ。温度のない顔と視線が私の目を見つめる。どうしてもリウムのこの表情は昔を思い出させる。同じ弱者として身を寄せ合っていた頃を思い出してしまう。

最も今はリウムは生きる為に本気で王になろうとしていて、生きる為に全てから逃げ出した私とは似ているようで正反対なのだけど。

クローバー(Trifolium repens)

復讐 勤勉 幸運


カンパニュラ(Campanula)


不変 節操 誠実






もう少し薔薇園での話が続きます


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ