第19話 サードダンス
誰もいなかった道に人が突然現れたことに驚いて思わず足を止める。
「主、只今戻りました。」
そこにいたのは明日帰還する予定のクロッシュだった。
「嘘…。」
(え、待って、待って、クロッシュ帰ってくるの明日だったよね!?何でここにいるの!?)
リモの言う通り、今ここにいるのはおかしい。
しかも、クロッシュが今身に着けているのはただの護衛服ではない。
(待って、うわ、騎士服のクロッシュを見れると思っていなかったからもう眼福…。駄目…。黒の護衛服も良かったけど、白の騎士服の王子感…。)
騎士服を着ているということは…。
「そう、受かったのね。帰還は明日になるかと思っていたけれど。」
「第二王子に少々急かされまして。」
「リウムに?」
予想外の名前に首を傾げるが、それよりもクロッシュの帰還の衝撃が強い。けれど、それを周囲に悟らせないように言葉を紡ぐ。
「早かったわね。」
「私は主のものですから。」
クロッシュがそう言って一瞬微笑むと、こちらを伺っていた令嬢達から溜息が漏れる。
「そう、その。」
怪我はなかっただろうか。三日ですら異常な早さなのに、それを二日で終わらせてきたのは正直言って正気の沙汰ではない。
けれど、ここでそれを尋ねるのは違う。いや、見目の良い護衛を侍らせる王女なら気にしても良いのか。
「何処かに傷でもつけてこなかったでしょうね。貴方は私のものなんだから、傷が一つでもついていたら許さないわよ。」
私の言葉に令嬢達が「お可哀想…」などと囁く声が聞こえる。これならセーフらしい。令嬢達の反応に胸を撫でおろすと、クロッシュは跪いて私の手をとった。
「勿論。傷一つ、つけておりません。」
クロッシュの言葉に安堵する。元々三日で帰ってこいなんて無茶を言っている自覚はあったので、心配はしていたのだ。
「主。」
無表情な顔をこちらに向けてクロッシュが居住まいを正す。
「何かしら。」
「宜しければ、貴方と踊る栄誉を私に頂けないでしょうか。」
クロッシュの言葉に黄色い悲鳴があがる。矢張り美形は何をやっても映える。
(リアたん、ビックチャンスじゃん!!!これでクロッシュと踊れば今日は終わり!ハッピーエンドでしょ?ナイスタイミング!!)
リモの言葉にハッとする。そうだ、ここでクロッシュと踊ればひとまず三回は踊ったのだから今日は終わりのようなものだ。後は懲りずに媚びを売ってくる貴族を適当に躱せば終わる。
一瞬向こうに見えた叔父の姿にちくりとしたものを感じるが、これが一番良い選択だ。私にも叔父にも。
「ええ、良いわよ。」
微笑んでクロッシュに頷いてみせる。私の了承を受けたクロッシュは立ち上がって大広間の中央に私をエスコートする。
「まさか本当に帰ってくるとは思わなかったわ。」
「主の命ですから。」
相変わらずの返しにふと、いたずら心が顔を覗かせた。
「私の命令だったら何でも出来るの?」
「ええ、それが私の存在意義ですから。」
「もし、私が『死ね』と命令したら?」
「死にます。」
このやりとりの間、クロッシュの表情も声色も全く変わらなかった。
矢張り分からない。何故ここまでの忠誠を私に誓ってくれているのか。クロッシュの忠誠心には隷属の首輪をつけているからではない何かを感じる。
「クロッシュは昔私に会ったことがあるの?」
「私が主をお見かけしたことはありますが、主は気付かれていなかったと思います。」
クロッシュの言葉に幼い頃の記憶を掘り起こす。幼い頃もあまり王城からは出なかった。外出をするのなんて公務の時ぐらいだろう。その時に私を見たということだろうか。だが、クロッシュは帝国の出だった筈だ。この国に来ていた時にたまたま見かけたとか?
「一目みてそこまでの忠誠を誓ってくれるなんて、私に一目惚れでもしたのかしら?そういうことならまだ納得がいくわ。たまにいるしね。容姿だけで好きになったと言ってくる人が。」
昔からちらほらそういう人から好意を告げられることがあったので、それならまだ納得がいく。
曲が終わったタイミングを見計らって、中央に進み、曲に合わせてステップを踏む。
「一目惚れ…ですか。」
クロッシュの驚いたような顔に思わず顔が赤くなる。ないだろうと思って軽い気持ちで口に出したことだったが、良く考えると凄く恥ずかしい発言だった。
「それならまだ納得出来るっていう話よ。」
焦ってフォローのような言葉を口にする。
「一目惚れなんて俺には恐れ多いことです。」
「そ、そうよね。」
きっぱりとしたクロッシュの言葉に不自然に相槌を打つ。何だか変雰囲気になってしまった。なんとか、場の空気を変えようと必死に話題を探す。
「そう、そういえば、試験内容は何だったのかしら。」
例年基本的に魔物の討伐だが、対象の魔物は変わる。それによって難易度もかなり変わるのだ。
「ワイバーンでした。」
「ワイバーン!?」
何でもないように言うクロッシュに思わず声を荒げる。
「騎士試験でワイバーンって…。そういうものなの?」
「いえ、付き添いの騎士の方も驚いていたので、珍しいケースだったのではないかと。」
クロッシュの言葉に一瞬寒気がした。公爵家か。叔父に頼んだとはいえ、完璧には彼等の妨害を防ぐことは出来なかったのだろう。一歩間違えていたら、もしかしたら…。
思わずクロッシュの手を強く握ると、クロッシュから戸惑ったような気配がした。
「…本当に何処も怪我はないの?些細なことでも異常がある部位とか。今は誰も聞いていないのだから、正直に言いなさい。」
「御心配なさらずとも、何処も怪我はしていません。」
「本当に?首輪に誓える?」
「はい、今ここで誓って御覧にいれましょうか?」
クロッシュがそう言うと、私の手を握る手の力が強くなった。
「いいわ、そこまで言うなら大丈夫でしょう。」
そこまでしてもらう程ではない。基本的にクロッシュは私に嘘を吐かないし、信用して良いだろう。何より、ここで嘘を吐く必要がない。
「後、貴方いつからいたの?気付かなかったわ。」
「つい先程です。試験官の方に無理を言って帰還して直ぐに騎士服を支給して頂いたので。」
ということはパーティーが始まった頃に王城には帰還していたのか。
「その試験官、大方女性でしょう?」
クロッシュにしては珍しく微笑んで何も言わなかった。つまりそういうことだろう。
「リウムといい、何処でそういうのを身に着けてくるのかしら?」
「こういった手法がお嫌いでしたら、今後は控えます。」
「別に構わないわ。使えるものは使えるべきよ。少し手をとって微笑んだだけでしょう?」
「はい。」
「なら、良いわ。ただ、それ以上は駄目よ。」
「承知しました。」
そういうクロッシュの顔は相変わらず無表情だ。クロッシュが女性を誑かす時にはどんな顔で何を言うのだろう。叔父が誑かす姿は直ぐに想像がつくし、リウムも現場を見ている。だが、クロッシュがそういったことをする姿は全く想像がつかない。
「クロッシュ、少し笑ってみて。」
「笑うですか。」
そう言ってクロッシュはいつものような微笑みを浮かべる。見事なアルカイックスマイルだ。確かに綺麗だとは思うが、叔父やリウムはもっと自分だけが特別だと錯覚するような笑みを浮かべていた。
「もっと、こう蠱惑的というか、魅惑的というか。そういう笑み。」
「難しいことをおっしゃいますね…。」
「叔父様やリウムみたいな女性を誑かすような笑みよ。」
私の言葉を聞いてクロッシュは試行錯誤をしたが、何か違う。
「すみません…。」
「ただの興味本位だから気にしないで。」
曲が終わる。これで三曲踊り終わった。
「助かったわ、有難う。」
「主をお助け出来たのであれば本望です。」
何に対しての礼か尋ねることもなく、クロッシュはそう言った。全部お見通しということだろう。
「もう私の護衛に戻れるのよね?」
「はい、正式な合格書類などは後日渡されるそうですが、既に騎士の称号は頂いたので。」
「そう、ならついてきて。後はパーティーが終わるまで、玉座に座っているから。」
「はっ。」
クロッシュが差し出した手に手を重ねて、玉座に向かう。
(これで今日は終わりかー。良かったね、何もなくて。)
「ええ、そうね。まあ、まだ一日目だけれど。」
今日はこのままつつがなく終われるだろう。だが、まだ生誕祭は後二日ある。
「御身は命にかえても御守りします。」
私の呟きにクロッシュは私の目を見てそう言った。
私と同じ、けれど私よりも薄い紫の瞳。
クロッシュがここまでの忠誠を誓ってくれる理由をいつか、彼は話してくれるだろうか。
そう思うのは彼に気を許しているからなのか、首輪がある安心感からか、それとも警戒心からか。
「ええ、頼んだわ。」
私も真剣な顔でクロッシュの瞳を見返す。
後二日。今年も生き残れますように。そう祈って絨毯を踏みしめた。




