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第1話 日常

口をつけていたティーカップをソーサーに戻すと、傍に控えていたメイドを手招きする。これから何が起こるか分かっていないメイドはにこやかに近づいてきた。




「貴女どちらの出かしら?」


「シュバイザーです、王女様。」


「そう。」




私が初めて私的なことを尋ねたからか、何処か嬉しそうなメイドの返答に内心で安堵の息をつく。シュバイザーは王城より北に位置する公爵領だ。今代の公爵が優秀なこともあって、この国の中では比較的栄えている。しかも、王女の専属メイドになれるということは恐らく公爵の遠縁の身分がある者だろう。


私は顔に張り付けた笑みを崩さずに口を開いた。




「貴女を今日限りで私付きのメイドから解任します。」


「え…。」




私の唐突すぎる解雇宣言にメイドは耐え切れずに声を漏らした。どうしてという困惑が隠しきれていない。それもそうだ。このメイドは一年程私に仕えている。歴代の私付きのメイドの中では最長記録と言っても良い。


周りにいた他の私付きのメイドも何故彼女がという表情をしている。彼女は気立ても良く、気遣いも出来る。所作も完璧だし、私の食事や服装の好みも理解している。今までの中では最高のメイドだったし、国中を探してもこれほどの人材は恐らくなかなか見つからないだろう。むしろ、彼女がこんないわくつきの王女のメイドになったことの方が驚きだ。私も彼女が私付きのメイドに加わってからは毎日快適に過ごせたし、自分の好みや行動を理解している人間に世話をしてもらうのはこんなにも素晴らしいことなのかと感動した。


だが、違う。彼女のメイドとしての才能ゆえに私の我儘で手元に置きすぎてしまったが、一年はあまりにも長過ぎた。そろそろ王城でも噂になってきてしまったのだ。『あの我儘で手が付けられないと有名なコロナリィーア王女のメイドで一年も解雇されていないものがいる。』と。




「どうしてという顔をしているわね。まさか、一年も解雇されなかったからって、私のお気に入りになれたとでも思っていたのかしら。ふふ、随分と自分に自信がおありなのね?笑ってしまうわ。私、本当はずっと前から貴女を解雇したいと思っていたのよ。」




呆然としているメイドに笑いながら話しかける。




「でも、ほら。私付きのメイドも、護衛も、シェフも、皆出来損ないばかりが来るから、直ぐに解雇になるでしょう?毎月毎月その繰り返しで私そろそろ飽きてしまったの。だから、たまには趣向を変えてみようと思って。」




ここまで来るとメイドも本当に自分が解雇されるのだと理解したようだった。私の嘲笑う声にメイド服を握りしめながら俯いた。




「貴女、ここに来た時はずっと私に怯えていたのに、最近は全然そんな素振りも見せない。皆半年もてば良いほうなのに、自分は一年も仕えているからって優越感に浸っていたんでしょう?そんな貴方が面白くて仕方なかったわ。満足に紅茶も入れられない、私の好みも分からない、所作も汚い、容姿も優れていない。それなのに、私のお気に入りだなんて。この間なんて、新しく来たメイドに『私は一年も仕えているから、困ったことがあったら相談して』なんて言っていたわよね。あの時はおかしくて、おかしくて。とても笑わせて貰ったわ。」




メイドは怒りからか、屈辱からか震えながら唇を噛みしめていた。




「でも、もう飽きたわ。貴女は要らないから、出て行ってくださる?」




私はなみなみと紅茶が注がれたティーカップを持ち上げ、メイドの顔に向かってぶちまけた。
































「ああああああああああああああああ、もうなんで!!!!なんでまた解雇しちゃったの、リアたん!!!!!」


「うるさいわね、何度も言っているでしょう。メイドの解雇は私の習慣なんだから、口を出さないで頂戴。それと、その愛称はやめなさいと何度言ったら分かるの。」




守護霊の声が聞こえるようになってから二年。最初の頃は幻聴の魔法か精神汚染の呪いでもかけられたのかと思って慌てたが、今では全く気にならなくなってきた。




「だって、今の子最近はリアたんに好意的な感じだったのに!!!!!解雇するなんて!!!!しかも公衆の面前で馬鹿にして紅茶ぶちまけちゃったし!!!!また嫌われたよ!!!!」


「だから、逆だと言っているでしょう。好意的になったのならば尚更直ぐに解雇しなくてはいけなかったのに。一年も解雇しなかったのは私の失敗だわ。反省しなくては。」


「反省するポイントが違うって!!!!もう、本当にこのままだと、死亡エンドだよ!!?シナリオ通りに公衆の面前で婚約破棄からの返り討ち惨殺ルートから国外追放中の盗賊に惨殺ルートから選り取り見取りの死亡ルートに突入だよ!!!!」




本当にこの声の主は守護霊なのだろうかと最近疑い始めた。言葉遣いも良くない上に、よく喋ること、喋ること。一番難点なのが、私の話を全く聞かないところだ。いつも死亡えんどがだの、るーとがだの言って私の行動に難癖をつけてくる。


この守護霊が私の生活に介入してきた当初、私は混乱しながらも相手の素性を知るためにひたすら質問を投げかけた。何処の出身なのか。身分は。目的は。それに対する相手の返答を要約するとこうだ。




『自分はそちらの世界の住人ではないが貴方のことをずっと前から知っていて、貴方の未来も知っている。貴方はこのまま行くと将来殺される。だが、自分は貴方のことが好きだから、その未来を変える手助けがしたい。』




最初は全く信じられなかった。嘘をつくならもう少しマシな嘘がつけないものかと思ったが、私以外に声も聞こえず、私自身も視認出来ないことを考えると、相手がこの世界の住人ではないと認めざるを得なかった。では、この存在は何なのか。王城の図書室の文献を調べてみて見つけたのが、守護霊だ。


この世界では守護霊は最早おとぎ話なので、大した情報は得られなかった。だが、分かったのは守護霊の姿は誰にも見えず、守護霊が加護を与えた人間にのみ声が聞こえるということ。そして、その加護は守護霊によって様々なことがあるということだ。恐らくこの守護霊の加護は未来予知ではないかと考えた私はその考察を守護霊に披露したが、




『いや、未来予知というよりルートを知ってるっていうだけで、リアたんがシナリオ通りじゃない行動をした場合の未来は分からないし、あくまであるかもしれない未来を知っているだけっていうか。そもそも守護霊とか大したものじゃないし。あ、でも、やっぱり守護霊ってなんか格好いいから守護霊でも良いかも!!』




などといまいち要領を得なかった。そして、守護霊はそのままげえむという未来予知の方法で見た未来の私について長々と話し始めた。




守護霊が未来予知で見た未来の私は我儘理不尽三昧の出来損ない王女として順調に育ち、この国の魔法学園に入学する。そこは由緒正しい学園で私の兄である第一王子や弟の第二王子、有力貴族の公爵や伯爵が通っているのだが、そこに奨学金制度の特待生枠で庶民の女子が入学してくる。その女子は容姿成績共に優秀なまさに才色兼備で、様々な男性に好かれた。すると、そのことに持ち前のプライドの高さから腹を立てた私はかなり陰湿かつ暴力的ないじめを仕掛ける。しかし、その妨害にも庶民の女子は負けず、一人の男子生徒と結ばる。

しかも、私はいじめや今までのふるまいから本格的に王女としての素質がないと烙印を押され、国外追放されたり、相手の男子生徒に殺されたりするらしい。


話の大筋だけ聞くと何とも荒唐無稽な話に聞こえるが、まるで見てきたかのように語る未来の私はまさに今の私をそのまま成長させた姿で、なんだか(ああ、確かに有り得るかも)と妙に納得してしまった。




「お願いだからさあ、そろそろ私の提案に乗ってみない?だって、もう学園入学まで四年もないんだよ?本当にこのままだと死んじゃうよ?」


「嫌よ。」


「私はこんなにもリアたんの幸せを願っているのにいいいいいい。リアたんは私のことなんてどうでも良いんだああああああ。」




守護霊は一年にも及ぶ攻防で私の頑固さに疲れ始めたのか、最近はひたすら泣き落としにかかってきている。




「これも何度も言っているでしょう?私に死なれたくないなら、口出しをしないで。貴方の言う通りに行動した方がよっぽど早く死ぬわ。それに、このまま行けば少なくとも学園卒業までは無事に生きていられるのでしょう?なら、私は行動を改める気はないわ。」




どんなに守護霊が行動を改めるように提案してきても、私はそれに乗る訳にはいかなかった。勿論、私だって命は惜しい。むしろ、私は自分の命が一番大切だ。だから、簡単にメイドを解雇に出来るし、暴言だって我儘だって厭わない。どんなに『出来損ない』や『王女にふさわしくない』と陰口を叩かれても構わない。












私にとって何よりも恐ろしい事。

それは「王女にふさわしいと評価され、義母である王妃に抹殺される」ことなのだから。


アネモネ(Anemone coronaria)


見捨てられた はかない恋 あなたを信じて待つ

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