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第17話 ファーストダンス

このパーティーが私の生誕を祝う催しだというならば、正直開催しないで欲しいと思うくらいには今年も退屈で居心地の悪いものだった。


「コロナリィ―ア殿下。今年もこのように謁見することができ、嬉しい限りです。」

「ええ、そうですわね。」


誰かも分からない相手に笑みだけ振りまく。相手はこちらの愛想のない返答に会話に詰まったのか、挙動が不審になる。


「そ、それにしても、殿下はお年を召される毎にお美しくなっていかれますなあ。」

「去年の私は美しくなかったということかしら?」

「い、いえ、決してそのようなことは!!!」

「あら、そう。私の邪推だったかしら。では、参考までに去年の前夜祭の私のドレスと今年の私のドレス、どちらが私に似合っているかお聞かせ願えるかしら?去年の私を覚えていらっしゃるなら、可能でしょう?」

「そ…それは…。その、私如きが殿下のお召し物を批評するなど恐れ多いことですので…。」

「まあ、自分の立場を自覚なさっているのは素晴らしい美点ですわ。ですが、今は私が聞きたいと言っているのですから、それを拒否するなんて…それこそ貴方の美点を損なう行為だと思いませんこと?」


私の追及に可哀想なぐらい汗をかき始めた相手をみて、思わず溜息を吐いた。ここで止めても良いのだが、これからもこういうことがあると面倒だ。こういう輩は見つけた時に潰しておくに限る。


「あの…その…きょ、去年の殿下のドレスよりも今年のドレスの方が大人っぽくて似合っていらっしゃるかと…。」

「…それはあの色のことかしら?確かに去年のドレスの色は少し子供っぽかったですものね。」

「…!!!ええ、ええ!!そうですね!!あの色より今年のドレスのエメラルドグリーンの方が殿下にはお似合いかと!!」

「成程ね…。では貴方は他に何色が良いと思うのかしら?」


九死に一生を得たとばかりに元気を取り戻した男に心の中で笑ってしまう。


「そうですね…。殿下の瞳と同じ紫などいかがでしょうか。」

「あら、おかしいわね。」


自分で自分の首を絞めていることにも気付かないなんて。


「私の去年のドレスは紫よ?」


綺麗だと褒められた顔でにっこりと笑ってみせる。


「貴方、私に嘘を吐いたのね。」

「あっ、いえ、そのっ!!」

「下がりなさい。もう二度と私の前に姿を見せないで頂戴。不快だわ。」


取り付く島のない私の言葉に自分が取り返しのつかない失態を犯したことに気付き、男の顔色がどんどん悪くなっていく。


「っ、もっ、申し訳ありませんでしたっ…!!!」


男は今回はもう挽回出来ないと踏んだのか、礼を取り去ろうとする。

だが、残念なことに次はもうない。


「ああ、待ちなさい。貴方、家名と名をもう一度名乗りなさい。私がわざわざ覚えてあげるのだから光栄に思うことね。」


私がそう言うと、その男はますます顔色を悪くして転がるように去っていった。


「もう何も言わないのね。」

(流石にここまでくるとね。)


パーティーが始まり、私に少しでも顔と名前を憶えてもらおうという貴族が挨拶をしに来た時、リモはそれはもう口を酸っぱくして(笑顔で!!!優しく!!!嫌味も言わない!!!!)と言ってきていたが、何人もこういった相手が続くと何も言わなくなった。


(なんかもう段々腹が立ってきたわ。皆、権力欲しさに媚びてくる相手ばっかり。今日はリアたんの誕生日パーティーなのに。もう皆纏めて燃やしちゃう?リアたん女王ルートでも目指しちゃう?)

「そう出来たら、楽なんでしょうね…。」

(でも、ほら、リアたん。次で最後っぽいし、殺意をやる気に変えるしかないよ。)


リモの言葉に階段の下を見ると、残っているのは後一組のようだった。

彼等が登ってくるのを見て気を引き締める。このやりとりを終えて、何回かダンスを踊れば今日は座っているだけで良い。

階段を登ってくる彼等が誰なのかは流石の私でも分かっていた。否、散々刻み付けられた。

この国の影の王、ルピナス公爵家だ。


「コロナリィ―ア殿下。本日はおめでとうございます。」

「ええ、有難う。」

「今日は娘を殿下にご紹介しようと思いましてな。既に社交界デビューは済ましているのですが。」


言外に私が公務や社交の場に出ないことを非難してくる。狸っぷりは相変わらずだ。

だが、一々この男の発言に引っかかていたらキリがない。公爵の後ろに視線を向けると、公爵は体をずらして私に挨拶をするように促した。


(来た!来た!来たよ!!リアたん!!!ツンデレ公爵令嬢、セルシスルートで第一の難関、友達になりたい悪役キャラ第一位など数々の異名をもつあの子が!!!)


先程までの疲れた雰囲気など何処にいったのか、頭の中で叫ぶリモに思わず溜息が出そうになるが、ぐっとこらえる。ここで溜息を吐いたら確実に面倒なことになる。


「はじめてお目にかかります。カメリアと申します。学園では殿下と同学年になると思いますので、以後お見知りおきを。」


そう言って優雅な礼をとった彼女をみて私は納得した。結い上げられた赤い髪は思わず触れたくなるような艶やかさで、若草色の瞳は少し吊り上がって知的な雰囲気を醸し出していた。この美しさ、気品、優雅さ、確かにこれは兄の婚約者、王妃候補にふさわしい。


(やっぱり美人さんだわ…。お肌すっべすべ、唇ぷるぷる。これでリアたんと同い年だから14歳か。私が14歳の時と比べるだけで申し訳なくなる…。てか、この見た目でさ、ツンデレなの可愛いすぎん?そりゃあ、友達になりたい悪役キャラ一位になるわ。)


ツンデレが何かは分からないが、確かに友達になりたいという気持ちは分からなくもない。私を前にしても物怖じしないし、媚びるような真似もしない。礼儀作法も身についているし、着ているドレスを見る限り私とセンスも合いそうだ。

人を容姿や第一印象で判断する気はないが、こういう人間が周りにいたら毎日楽しいだろうなと思う。


「こちらこそ。同時期に学園に所属するなら、何かと顔を合わせる機会も多いでしょうから。」


まあ、彼女が公爵家の令嬢である時点でありえない話なのだが。


「では、失礼致します。」


カメリアの挨拶が終わると公爵はすぐさま礼をとり、階段に向かう。カメリアと一言も喋らなかった公爵夫人もそれに続いて階段を下っていった。

王族の許可もなしに御前から下がるなど他の貴族がとったらすぐさま不敬ととられる行為だが、公爵家は特例だ。


「やっと終わったわね…。」

(お疲れさま~。後はダンスか。リウムたんとだっけ?)

「ええ、そうよ。後二人ぐらいは踊らくてはいけないでしょうけど…。」


パーティーの主役である以上、せめて三回は踊らないといけないのだが、引き籠っている私にはリウム以外の当てがない。いや、当てはあるのだが、諸々の障害があるのだ。


(そうだよ、叔父様は?リアたんの頼みなら一つ返事で了承してくれるでしょ。)

「それは考えたわ…。けど…。」


正直言って気まずすぎる。叔父と姪という関係ではあるが、フッた男とフラれた女という関係でもある。叔父は全く気にしていない様子だが、正直私は未だに気にしている。何せ私の初恋であり、人生の三分の一という長い期間好きだったのだ。一年では傷ついた心を修復できない。


(うーん、じゃあ、ナンディナは?今はリアたんの護衛だけど、本来は騎士団の人間な訳だし、ダンスの相手に選んでも大丈夫なんじゃない?)


私の心中を知ってか知らずか、リモはそれ以上追及することなくナンディナの名を挙げてきた。


「やっぱりそうなるわよね…。私は知り合いがいないもの。」


そう、私の私情を優先すると矢張りこうなる。この選択肢にも懸念事項はあるがこれ以外の道がない以上、腹をくくるしかない。そうなると、残る一人を誰にするか…。

そんな事に頭を悩ませていると、貴族の挨拶が終わったリウムがこちらに歩いてくるのが見えた。大広間の視線がこちらに集まるのを肌で感じるが、そんなものは何処吹く風といった堂々とした様子でリウムは手を差し出してきた。


「姉上。そのドレスとてもお似合いです。宜しければ、姉上ファーストダンスを踊る栄誉を私に頂けませんか?」

「ええ、勿論よ。」


差し出された手に手を乗せ、立ち上がる。多くの視線に晒されながら、階段を降りた。

丁度合奏団が一曲を終えたところだったので、そのままリウムのエスコートで大広間の中央に進む。互いに気取った礼をし、リウムの背中に手を回すと、ゆったりとしたワルツが流れ始めた。




「有難う、私の頼みを聞いてくれて。」


「滅多にないリアのお願いだからね。」




直ぐ近くに人はいないので、小声で会話をする。




「けど、ごめんなさい。リウムは婚約者がいるのに、ファーストダンスを踊って欲しいなんて、相手の方は気を悪くしたでしょう。」


「大丈夫、彼女には俺から話して納得して貰ったから。それにリアは婚約者がいないんだから、弟の俺が相手をしたぐらいで誰も変に思わないよ。俺もリアが俺をファーストダンスの相手に選んでくれて嬉しいしね。」


「それもそうなんだけど…。」




口にするか言い淀むが、けじめはつけなくてはならないと口を開く。




「私、リウムが私の頼みを断らないだろうと思って頼んだの。それに、多分リウムならそう言って笑って許してくれるだろうと思って。だから、私の自己満足だけど謝っておくわ。ごめんなさい。」




言葉にするとますます申し訳なくなって視線をリウムの向こうに向けると、兄の姿が見えた。今日も多くの信奉者に囲まれている。一瞬目が合った気がしたが、直ぐに人の波に攫われて見えなくなった。




「そんなこと気にしてたの?」


「そんなことって…。リウムからしたらそんなことなのかもしれないけど、私には大きなことなのよ。」




リウムの言葉に、思わず拗ねるような声音になるのを抑えられなかった。




「それってリアの中で俺の存在が大きいってこと?リアは俺を喜ばせるのが得意だよね。」




笑いながら繰り出された言葉に溜息しか出ない。弟がどんどん女たらしへの道を進んでいく。




「貴方が将来後ろから刺されないことを祈ってるわ。」


「祈るんじゃなくて、俺の隣にいてくれればその心配はないと思うんだけど。」


「私の誕生祝いの時くらい、勧誘は止めてくれないかしら?」


「はい、はい。お姫様の仰せのままに。」




私のじっとりとした目線にリウムはおかしそうに笑いながら、ターンをする。




「リアはこの後は誰と踊るの?」


「誰とだと思う?」


「叔父上とか?後はあの護衛かな?」


「まあ、そんなところね。」




リウムの探るような視線に曖昧な返しでその場を濁す。




「リウムは?婚約者とは踊るんでしょう?」


「まあね、婚約者だし。」




淡白な返事に引っかかるものを感じるが、所詮政略結婚なのだし、そこは口を噤んでおく。リウムのことだから、その辺りは上手くやるのだろう。




「そう。久しく会っていないのだけれど、元気?可憐な方だったから、この時期は気温の変化も激しいし、体調を崩していそうだわ。」


「元気だよ。見た目の割に芯がしっかりとしたご令嬢だから。」


「意外だわ。深窓の令嬢といった言葉が似合う方だと思っていたから。」


「まあ、王子の婚約者になるぐらいだから。綺麗なだけじゃつとまらないよ。」




何の感情もかんじられない表情をするので、てっきり仲が良くないのかと思ったが、相手の性格をしっかり掴んでいる辺りそういう訳ではないらしい。




「仲が良いのね。」


「どうかな。」




肩をすくめるリウムに笑みが零れる。リウムも私と同じで近い年頃の友達がいないから、婚約者という大人の事情で縛られた関係であっても、そういう存在がいるのは良いことだ。




「それより、リア。お誕生日おめでとう。」


「誕生日は明日よ。」


「けど、一番に祝いたかったから。もう今日はこれで最後だろうし。明日一番最初にリアに会うのは僕じゃないだろうから。」




リウムの少し悔しそうな顔を見るのは久しぶりで、昔を思い出した。


小さい頃は二人共まだ親の庇護下にあったから、もっとのどかに暮らしていた。公爵家に狙われるもの同士、私の母とリウムの母は親しくしていたから、二人に見守られて良くリウムと遊んでいた。勝ち負けの決まる遊びで負けると決まってリウムは悔しそうな顔をして、もう一度と再戦をねだったのが懐かしい。


もう今は二人の母は死んで、双子のようだった私達の容姿もどんどん離れていく。


全部変わったように見えるけれど、それでもリウムは変わらない。




「有難う。」




全ての感謝の念を込めて笑う。リウムが私を誘うのは、私の為だということも分かっている。けれど、私にはその手をとる勇気がない。


本当はその手をとらなくてはならないのに、そう出来ない私の弱さと臆病さをリウムは見ないふりをしてくれる。




「うん。」




そう言ってリウムもいつも浮かべる笑みとは違う歳相応の笑みを浮かべた。


ワルツが終わる。同じ相手と踊れるのは一曲だけだ。二曲以上踊れるのは婚約者か結婚した相手だけ。




「それじゃあね、リウム。」




幸せな気持ちでお互いに手を離す。貴族との挨拶でささくれだった心があたたかい気持ちで包まれる。




「またね。良い夜を。」


「それは…どうかしらね。」




リウムの言葉に苦笑して背を向ける。


後二曲。


誰かも分からない貴族に声を掛けられる前に向かわなくてはいけない。


走りたい気持ちを抑えて、私は再び階段に向かった。

椿(Camellia japonica)

「完全なる美しさ」「気取らない優美さ」「申し分のない魅力」


花粉症が辛すぎて、杉は今すぐ花粉での受粉以外での交配に切り替えてくれないでしょうかね…。


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