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第11話 サンドウィッチ

「疲れた…。」


仕立屋が応接室から出ていったのを確認すると、そのまま後ろのソファに倒れこんだ。


(リアたん、お疲れ様~。でも、ドレスどんなのになるか楽しみだね!)

「姫さん、お疲れ様です。長かったですねえ。」

「明日からは貴方も忙しくなるわよ。国中の貴族から贈られてくる贈り物を開けて、安全を確認して、御礼状を書いて、誰が何を贈ってきたのか覚えなくてはいけないんだから。」


背もたれに寄りかかって指折り明日やることを確認していると、ナンディナがポットと軽食が乗ったカートを押してきて、テーブルの上に準備し始めた。


「随分気が利くのね。」

「クロッシュに散々言われたんで。クロッシュに渡されたメモ見ます?もういつ何をするかびっしり書かれてるんですよ。」

(うわ、やば。クロッシュ、リアたんのこと心配しすぎでしょ。)


ナンディナがポケットから取り出したメモ用紙を見ると、綺麗な字でびっしりと文字が書き込まれている。


「だからって全部やらなくて良いのよ。貴方に任せたのは私の護衛だけなんだから。」

「そう言っても姫さん、暗くなったらあのメイド達直ぐに帰しちゃったじゃないですか。今日まではクロッシュもいたから良いですけど、明日からは俺と姫さん二人だけなんですから。寝るまでいてもらった方が良いんじゃないですか?」

(ね~、二人共美人さんだったのに。まあ、リアたん程じゃないけど~。)


クロッシュは今、明日からの騎士試験の内容についてリウムに聞きに行っている。試験は明日なのに勉強も鍛錬も一切していないクロッシュに流石に不安になり、『主の傍を離れる訳には行かない』というのを無理矢理リウムの元に行かせたのだ。リウムは有能な人間を探しているので、必然的に騎士試験にも詳しい。


「嫌よ、叔父様の推薦とはいえ、良く知りもしない人間を二人も傍においておくなんて。」


セッティングが終わったのを見て、姿勢を正しサンドウィッチを口に運ぶ。お行儀は悪いが、誰も見ていないし、疲れているからと言い訳をする。


「俺はいいんですか?」

「あら?貴方も私を殺したいの?」

「まさか。」

(ナー君が暗殺とか性格的に無理だよね~。そもそも理由ないし。)


最初はクロッシュのように敬語を使って畏まっていたナンディナだったが、一度気を抜いて今のような口調をしてしまった際にそれはもう物凄い勢いで謝ってきた。土下座をして、逆にこちらが困ってしまうぐらい怒涛の勢いで謝罪を述べられた。正直、私以外誰もいなかったし、別に少し砕けた口調で話されても全く問題はなかったので、それは許した。というか、ナンディナはかなり敬語が苦手なようで、彼の敬語は畏まりすぎて逆に聞きにくかったのだ。何故彼が騎士の試験に合格したのか、非常に疑問ではあるが、恐らく有り余る剣の腕前でカバーしたのだろう。


「そういえば、貴方から見てクロッシュは三日で騎士試験に受かると思う?」


横で控えているナンディナの視線が少し居心地が悪くて、こちらから話題をふる。


「合格自体は全然余裕だと思いますけど、三日はどうですかね。クロッシュが出来る出来ないとかじゃなくて、単純に三日は短すぎて想像がつかないというか。俺の親父でも五日ですから。」

「貴方は何日かかったの?」

「俺ですか?俺は七日なんで、まあ早い方ですけど、七日程度なら何人かいますから。」

「そう、意外だわ。」

(リアたん、騙されないで!!!!ナー君は確かに七日かかったけど、試験に受かったのが11歳だから!!!!俺なんてみたいなこと言ってますけど、その人史上最年少で合格してますから!!!!!今までの最年少記録16歳だったのに!!!!)

「ごほっ、ごほっ!!」

「姫さん!?大丈夫ですか?」


リモの言葉に思わずむせて、サンドウィッチが変なところに入ってしまった。危なく大したことないと思ってしまうところだった。11歳で合格は頭がおかしい。私が11歳の時なんて、本当に何にも出来ない『お姫様』だったのに、その頃にはもう騎士になっていたのか。まさに騎士になる為に生まれてきたような人間だ。


「でも、騎士になるのは大変だったんでしょう?私も詳しくは知らないけれど、合格率も低いというし。」

「ああ、まあ、俺の場合は親父が騎士団長だったんで、そこまでというか。英才教育を受けてきましたから。」

「…騎士以外になりたいと思ったことはなかったの?」


思わず口から零れたその一言は思いの外、真剣味を帯びてしまった。


「んー、そうですね、まあ、俺の場合はもう物心ついた時から剣を握ってましたから。あんまりそういうことは考えたことがないですね。」

「…そう。」


ナンディナは少し困ったように笑うと、今度は私に話題をふる。


「姫さんは小さい頃何になりたかったんですか?」

「私は…。」


小さい頃なりたかったもの。ただ漠然とした願いはあったけど、それは将来の夢なんて言えるものではなかった。


「忘れたわ。」


私の言葉にナンディナは微笑んだ。


「そうですか。まあ、小さい頃のことなんてそんなものですよ。」


何だか変な空気になってしまったので、違う話題を探すと、目の前のサンドウィッチが目に入る。


「このサンドウィッチ、貴方が作ったの?」

「あ、バレました?給仕室の台所をちょっと借りて作りました。」


いたずらがバレた子供のように彼は笑ってみせた。そうか、だから私が食べるのをじっと見ていたのか。


「わざわざそんなことしなくても、そこらへんのメイドに言えば食事をもってきてくれるわ。」

「でも、今はクロッシュがいないですから。」

「毒なら、大丈夫よ。貴方の目は節穴なの?どう見たって私の目は紫でしょう?」


ナンディナの方を向いて、大きく目を見開いてみせる。それに対して、ナンディナはまた微笑んでみせた。今度は少し真剣な眼差しだったから、そんな顔もするのかと少し驚く。


「どうせ少しの間なんですから、その間くらいは安心して食べてもらいたいんですよ。臨時とはいえ、俺は貴方の護衛ですから。」

「止めた方が良いわよ、ろくな結果にならないわ。」


こうやって人に優しくされるのには慣れていないから、何だか気恥ずかしくなってサンドウィッチにかぶりつく。今日はお行儀なんて忘れよう。ナンディナもそんなの気にしないだろうし。


「大丈夫ですよ、俺強いんで。」

「貴方が強くても、貴方の家族も強いとは限らないわ。」


笑って力こぶをつくって見せたナンディナの言葉に少し目をやって、それからまたサンドウィッチを咀嚼した。いつも食べる丁寧に作られたものとは違ったけど、そのおおざっぱな味がとても気楽だった。


「俺の家族は親父しかいませんから。騎士団長をどうにか出来る人間なんてほとんどいませんよ。」

「…ごめんなさい。」


次のサンドウィッチを選ぼうとしていた手は行き場をなくして、私の膝の上に着地した。人との交流が少ないから、こういう時にどうすれば良いのかいまいち良く分からない。


「姫さん、全然ごめんなさいって思ってないでしょ?」


そう言って笑うナンディナの顔は酷く楽しそうだった。


「思ってるわよ、一応。」

「一応じゃないすか。でも、気にしなくても大丈夫ですよ。俺、小さい頃に母親が死んだんで、あんまり覚えていないんですよね。」


だから、さっき幼い頃の話の時に少し寂しそうだったのだろうか。再びサンドウィッチの皿に手を伸ばして、今度は卵が入ったサンドウィッチを選ぶ。一口齧って、それから口を開く。


「じゃあ、一緒ね、私と。」

「姫さんとですか?」

「ええ。何?不満なの?」


怪訝な顔をするナンディナに思わず渋い顔になる。


「いや、そうですね…。一緒ですね。」


歯切れ悪く答えるナンディナにまた変な空気になりそうな気配を察知して、食べきれないからサンドウィッチの皿を下げるように言う。


「美味しかったわ、また明日も作りなさい。」


カートに皿を乗せるナンディナは私の言葉に一瞬驚いて、その後嬉しそうに笑った。


「御意。」

「ふふっ、クロッシュの真似?」


その言い方があんまりにもクロッシュに似ていたから、思わず笑みが零れる。すると、ナンディナは少し目を見開いてそれからまた優しく笑った。


「姫さん、そうやって笑ってる方が良いですよ。」

(私も同意~。)

「そんなこと言われても自分じゃ分からないわ。」


ナンディナとリモの声に恥ずかしくなってムキになって言い返す。


「幸せそうな顔してます。」


その言葉に心臓が掴まれたような心地になる。駄目だ、それは、私にそんな資格は。

ふいにナンディナが近づいてきて、私の頬に触れる。

手袋越しに温かさが染みた。


「何でそんなに苦しそうな顔するんですか?幸せじゃ駄目なんですか?」

「だって、そんなの、ずるいわ…。」

「誰に?誰かにずるいって言われたんですか?」

「それは。」


たまに見る悪夢で皆が言っていた。私のせいで死んでしまった皆が言っていた。けど、そんなこと言えなかった。


「幸せになっても良いんじゃないですか。」

「でも…。」

「幸せになるのに誰の許可も要らないんですよ。」


赤い瞳が私を覗き込む。言い聞かせるような口調に何だか無性に泣きたくなった。


「それでも気になるなら、俺が許可出します。姫さんまだ14歳なんですよ?良いんじゃないですか?少し我儘になったって。それに、生きてるんだから幸せになりたいって思うのは当然じゃないですか。」


人にこうやって触れられるのは久しぶりだった。本当なら不敬だと言って手を振りほどかなくてはいけないのに、何故か心地よいその体温に縋り付きたくなってしまった。その温かさは陽だまりのようで、母のことを思い出した。

先程こっちの方が良いと言われた笑顔を頑張って再現しようとする。だが、上手く出来ているだろうか。目の前の赤い瞳を見つめ返すと、彼は太陽のように笑った。


「良く出来ました。」


本当によく笑う人だ。


「お母様みたい。」

「お母さんですか。俺男だから、兄さんとかにして欲しいんですけど。」

「兄さん?」

「あ、でも、姫さんにはもう兄さんいましたね。」

「あれはお兄様よ、兄さんとは違うわ。」

「そういうものなんですか。」

「私が言うんだからそうなの。」


何だかさっきまでは気にならなかった距離が急に恥ずかしくなって、軽口を叩いた。


「兄さんって何だか不思議な響きね。庶民になったみたい。」

「あー、まあ、姫さんはあんまり使わない言葉遣いですからね。でも、そっちの方が子供っぽくて良いんじゃないですか?」

「子供ね。」

「嫌ですか?」

「別に嫌ではないわ。」


誰かに面と向かって子供扱いをされるのなんて久しぶりだ。ずっとずっと大人にならなくてはいけないと思っていたから、肩の力が抜ける。


「じゃあ、兄さん。湯浴みの支度をして頂戴。」

「湯浴みの支度って男の俺にやらせて良いんですかね。」

「支度だけなんだから大丈夫に決まっているでしょう。背中を流せと言っている訳じゃないんだから。何?貴方不満しか言えないの?」

「いやいや、分かりましたよ、コロナリィ―ア。」

「そこまで許してないわ。」

「普通妹は名前で呼ぶでしょう、兄妹なんだから。」

「私は貴方の妹じゃないもの。」

「俺は姫さんの兄さんなのに?」

「私が勝手にそう思うだけよ。」


どんなに好ましいと思っても、線引きは重要だ。本当なら私も『兄さん』なんて呼ぶべきじゃないんだろう。でも、私はまだ『子供』なのだから、これぐらいの家族ごっこは許してほしい。

ナンテン(Nandina domestica)

幸せ


初めて予約掲載を使うので、上手くいくか今から少し心配です。掲載される頃には多分スキーに行っています。骨折しないで帰ってこれると良いんですが…。


今週は週二の休みを明日明後日にするので、掲載はお休みです。

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