<3>
捕縛する光魔法へトーコが触れる。
最初に比べれば黒い煙もだいぶ収まり、少女は未だ睨み上げながらも、心なしかぐったりとしているようだった。
「トーコさん、あの…大丈夫ですか、その子?」
「うん、別に抹殺するつもりで掛けた術じゃないから。今は強制的に浄化させてるから、この子に力なんかほとんど残ってないと思う。反抗心はともかくとして」
淡々と告げながら、ロープ状の光魔法を掴み、横たわる少女を起き上がらせた。
縛り上げられ床に座り込む、ボロボロの少女の顔を、トーコは真正面から覗き込む。
「さあ、キリキリ吐いてもらいましょうか」
「トーコ、それ悪役の台詞」
「失礼な」
ロイもクルトと同じことを思ったが、口に出したら叩かれそうだったので懸命にも飲み込んだ。
「さて、私達を襲おうとした目的は何?」
『ぎぃ…が…』
「喋れないフリなんかで誤魔化せると思うな。手紙送ってきた奴が言葉分からない訳ないでしょうが」
『アガガガガ?!』
無駄な抵抗に締め上げが増したようである。
若干痺れている気もするので、雷魔法でも追加したのかもしれない。
『は、話します! 話しますぅぅ!』
「よろしい。ちゃっちゃと話す」
「わぁ、トーコ、イキイキしてるねー」
「トーコさんですからねぇ…」
涙目のゴーストを締め上げるトーコに、のほほんとしたクルトと疲れを滲ませるロイ。
三者三様というか、緊張感がないというか。
「そこ、煩い」
「「ごめんなさい」」
怒られたら揃って謝罪する、そんな漫才じみたやり取りが交わされるくらいには慣れた光景でもある。
慣れてしまった光景なのだ。
『わ、わたしの名前は、シェーンです…』
「「知ってる」」
『あ、その…ゴーストです』
「「知ってる」」
『う、あの、えっと…!』
「トーコさん、クルトさん…テンパってるみたいなので、もうちょっとお手柔らかに…」
人間であれば、血の気が引き顔色が青くなっていそうなほど怯えて涙目の少女、シェーンが、ちょっと可哀想に思えてきたロイである。
お節介の甲斐あってかは知らないが、ホッとしたように息を吐き、顔を上げた。
『私は…殺されて、その無念からゴーストになりました』
「そっかぁ、それは災難だったねぇ」
しみじみとクルトが呟くが、災難で済ませて良いものだろうか。
「それで、犯人はどうしたの。まさかそいつに何もできなかったから、無関係な人に襲いかかってるんじゃないでしょうね?」
『ち、違います! シッカリ復讐を遂げました!』
「なら良し」
合格とでも言うように頷くトーコ。
それでいいのだろうか。
『私を殺した男は、逃げるように街から去りました。それを、追いかけて追いかけて追いかけて追いかけて追いかけて追いかけて』
語るシェーンの目がヤバイ。
思わずロイが一歩引くとそれに気づいたのか、こほんと可愛らしく咳払いをして気を取り直す。
『男の後を追ってどこまでもどこまでもずっとずっと付いて行きました。すぐに楽になんかしてやるものかと、真綿で首を締めるようにゆっくりと接近する旨の手紙を送って、見えないわたしに日々怯えて、逃げるように2、3日で移動を繰り返す様を見ているのが何よりの楽しみでした』
取り直せてない。
顔が引きつるが、クルトとトーコはわかるわーとでも言いたげな顔で、同意を示す様に頷いているので疎外感が半端ない。
『段々と精神を病んで、逃げるように酒に溺れ、夜も眠れなくなり、最後には貴族の馬車に轢かれ、ゴミの様に捨てられて死んだのを見届けました。最期に…』
感情を抑えようと一呼吸置いたシェーンだったが、光景を思い出したのかむしろ恍惚とした表情を浮かべる。
『最期に、あの男の耳元で、今あなたの後ろにいるの、と囁いた時のあの様子ったら! 飛び上がって叫びながら馬車の前に飛び出していって、グシャッ! って!』
キラキラとして語る内容にもうロイはドン引きである。
だが、恍惚とした顔も、すぐに表情を曇らせて溜息を吐いた。
『スラムの浮浪者が気でも狂ったのだろうと、死体はゴミ溜めに捨てられていました。看取る者も憐れむ者も悲しむ者もいない、そんな男の最期に、わたしは復讐は終えたんだと…そう思ったのに』
「満たされなかった?」
トーコの言葉に、コクリと頷く。
『あの男が死ねば、全て終わると思っていたのに…終わらないの。どんなに沢山終わらせても、わたしはまだ終わらないの…』
頷いたまま、俯いたままの少女に、先ほどまでの勢いはない。
どうして? と力なく呟いた彼女に、場違いなほど明るい声が掛けられる。
「あはは。そりゃあ消えられないね、君はまだ未練の塊だもの」
『未練…?』
思いもよらなかったのか、呆然と繰り返してシェーンが顔を上げた。
「そう、やりたかったこと、出来なかったこと、奪われてしまったもの。それらに囚われているからね。それじゃあ消えられないよ、無理無理」
ヘラリと笑いながら告げられた事実に、信じられないのか、シェーンが緩々と首を振った。
『わたしがしたかったのは、復讐で…』
「勿論それもあるけど、君まだやりたい事いっぱいあったでしょ?」
『やりたい…こと…』
「そ。んー、そうだなぁ」
考え込むように指先を顎に当てて、シェーンの目の前にしゃがみ込むと彼女の顔を覗き込む。
「さて、君の未練はなんだろうね。もっと遊びたかった? 家族といたかった? 恋をしたかった? うん、もっともっと、生きたかったんだよね」
『…あ…』
挙げられたものは、普通に生きていられたら彼女が手に出来ていたものだ。
それでもストンと憑き物が落ちたような顔付きになっている。
言われるまで気づかなかったのだろう。
まだ幼いと言えるほどの少女が抱いたのは、未練と呼ぶには余りに有り触れているものだったのだから。
「欲張りとは言わないよ、君は奪われた側で、それを渇望する権利があるからね。でも、奪った側でもある」
『……っ!』
そして、同時に己の所業を自覚したのだろう。
瞳に浮かぶのは後悔と罪悪感だ。
『わたし…、わたし…っ』
ガチガチと、歯の根を震わせて言葉にすることができないシェーンの姿に、クルトとトーコがチラリと視線を交わした。
「反省はしてると思う」
「うん、元は被害者だしねぇ」
「情状酌量の余地はある。けど被害は?」
「そこそこいるから償わないといけないなぁ」
「それは必要。出来ないなら道は一つ」
「んー、それは大丈夫じゃないかなぁ、多分」
「適当」
「ちがうよ?!」
ぽんぽんとテンポよく交わされる会話は、2人以外には謎だろう。
実際、目の前で放置されているシェーンは、困惑顔で見上げている。
「クルトさん、トーコさん。分かるように伝えてあげてくださいね」
「ああ、ごめんごめん」
クルトからは苦笑が、トーコからは軽い頷きが返された。
放っておくと、どこまでもマイペースに話を進めてしまう2人の軌道を修正するのも慣れたものである。
「君に提示出来ることは3つある」
『3つ…? え?』
だがマイペースなのは変わらない。
困惑するシェーンには構わず、しゃがみ込んだクルトが目の前に立てた指を突きつける。
「1つはこのまま消滅。ただし、君は自分の事情があったとはいえ、多数の人間を死に追いやっているからね、その罪を贖わずに終えるということは、文字通り消滅だ。この世界だろうとどこの世界だろうと、生まれ変わることはない」
『消滅…』
ゴクリと唾を飲み込むシェーンには構わず、クルトは突きつけた指を折り、話を続ける。
「もう1つは、その身を犠牲にして罪を贖う方法だ。例えばこの街の守り主になり、災害を遠ざけ豊穣をもたらすこと。君の場合、450年といったところだろうね。刑期と捉えてもらうと分かりやすいかな? 刑期を終えたら消滅か守り主の継続を選ぶことが出来る」
『は、はぁ…』
「最後の1つは、僕らに仕えてもらう。直接神に支えることでも罪は贖えるからね」
『神様に仕える… え?』
予想しなかった言葉だったのだろう、驚きに目を白黒させて見開いている。
プルプルと震える指をクルトに向けた。
『神、様…?』
「ああ、うん。言ってないもんね。僕一応神に分類されるんだ。邪神のクルトです、よろしくー」
ケロリと明るい笑顔で言い放ったクルトに、シェーンは今度こそ固まった。
だがそんな彼女にさらに続けて爆弾が投下される。
「邪神の巫女、トーコよ。邪神っていう派閥で考えれば第二位ね」
「僕はその下で中間管理職してます、ロイです」
邪神一派でーす、と自己紹介すれば、今回自分が誰を襲ったのかを理解したのか、シェーンはそのまま後ろにひっくり返って気絶した。
ゴーストなのに。