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<2>

「「「かんぱーい」」」


 カコンと木のカップを打ち鳴らし、ぬるい蜂蜜酒を煽った。


「あー、生き返るー」

「ジジくさいよ、クルト」

「酷い!」

「いや、それはちょっと俺も思いました」

「ロイまで?!」


 賑やかに3階のリビングで飲み進める3人。

 リビングとは言っても、家具が何もないため床に直座りである。

 食器はマジックバッグのポーチから出してロイが提供したが、それ以外は照明のマジックアイテムがあるくらいで他は何もない。

 食事は、先ほど近くの食堂から持ち帰りで作ってもらったものを皆で囲んでいる。

 もちろん皿もカップも床に直置きだ。


 一通り掃除は終えたとはいえ、一応クルトとトーコは一般的に言えば経営者という名のお偉いさんなので、この扱いは如何なものかと思わないでもないが、本人達が嬉々として広げている以上ロイは何も言えない。

 今更気にしたところでどうしようもないとも言うが。

 掃除に時間を割いたこともあり、既に日はとっぷりと暮れている。


「んー、この煮込みピリ辛だね。お酒が進むー」

「ああ本当、喉の奥からピリッとくる。こっちのスープも旨味が出てて美味しい、野菜も具沢山」

「焼き魚も美味いですよ。湖に近いからやっぱり魚料理は名産なんでしょうかね」


 箸を進めてまたお酒を飲んで。

 もう既に外は夕焼けから暗闇に変わる時間である。

 三人は穏やかに食事を楽しんだ。


「ゆっくり3人で食事するのも久々ね」

「え? そう?」

「3人だけならひと月くらいでしょうか。ちょこちょこお会いしてましたけど、お客さんと一緒の時が続いてましたからね」

「あ、それでか。よく一緒にいるから久々感がなかったよ」

「クルトがいなくて2人で食べた時もあったわね」

「え、何それ聞いてない」

「そのあとクルトさんも合流してますよ。もー、トーコさん、クルトさんで遊ぶなら俺を巻き込まないネタでお願いします」

「わかった」

「遊ぶのは諌めないの?!」


 否、騒がしくも楽しく過ごしていた。

 もともとが古い付き合いであるし、彼方此方に飛び回って自分達の家の管理さえロイに任せきりの2人である。

 ロイにしても彼らの仕事を手伝うより、住み込みの家の管理の方が長いのだから、今更この3人に仕事とプライベートといった区切りは存在しないのだ。


「そういえばこの店、開店予定はいつですか?」


 なのである程度もすれば、仕事の話になるのもいつものことである。


 現状、すっからかんな建物へ棚などの納入や人の手配からとなるので、いくらなんでも明日から営業は無理だが、ロイも新店舗の準備は慣れたものだ。

 急ぐのであれば他店舗用の在庫から持ってきて、手の空いている人員を手当をつけてかき集めて、3日あれば形だけでも取り繕って進めることもできる。


 彼らの仕事は主に商いだ。

 正確には、少し値が張るが物がいいと評判の商会だ。

 ほとんど品物を、制作から販売まで行っているため、彼らの商会でしか扱わない商品が多いのが特徴の一つである。

 品物も薬から食品、雑貨、服飾、家具、マジックアイテムと手広い。

 トーコ曰く、自分達のものを売るついでに作り手に売り場を提供しているだけの委託販売がメインだ、とのこと。

 委託販売とは何ぞやと最初は思ったが、今までなかった販売形式は着実に売り上げを伸ばしている。

 他の商会や商用ギルドなどの取引事はトーコが、職人を見つけてスカウトするのはクルトが得意としており、そして手続きや店舗ごとの管理を纏めているのがロイだ。


 だからロイとしては彼らがなるべく早めにオープンと言えば出来る限り日程を詰めるのが仕事なのである。

 だが今回、即答するかと思ったトーコは、ちょっと悩んでからロイに向き直った。


「早ければ早いほど、って言いたいところだけど、二ヶ月先でいいわ」

「珍しく随分先ですね?」

「今度お願いする職人さんは『染物』を扱ってる女性なの。加工品にも興味があるみたい。ここの店は布地の販売と、それを使って作った小物の販売で半分使うつもり」


 そういえばここに住み込みで職人か店員を雇い入れると、クルトが来るときに言っていたのを思い出す。


「なるほど。染物ならカバーとかクッションとかですか? 確かにその辺作るならちょっと日数かかりますね」


 それでも2ヶ月、どのくらい作れるだろうか。


「それも作るけどちょっと豪華なものも揃えて、価格帯を区別しようかと思ってる。お針子さんに人員の追加も必要でしょう。お針子部隊のリーダーと、レース編み組と刺繍組のリーダーに招集かけてもらえる?」

「わかりました。場所はどうします?」

「ここだと移動鍵の問題もあるし、すぐ集まれるウチの家がいい。明後日の黒の2刻で調整して。先約があるなら時間ずらすから言ってちょうだい」


 ポンポンと軽快に話が進められる。

 スケジュール帳を取り出して、話に上がったリーダー達の休暇が入っていないことを確認して頷いた。


「わかりました。明日の朝一で伝わるように手紙箱に送っておきます」

「ん、お願いね」

「話終わったー?」


 まとまったところで、ズイと酒瓶を抱えて拗ねた声でクルトが割り込んで来る。


「もー、2人ともお祝い事の最中だよー? 堅苦しい話はここまでにして、飲もーよぉ」


 ぐいぐいとお酒を勧められるのを、苦笑しながら手紙だけ先に書かせて欲しいと伝え、ポーチから飾り気のない便箋と手紙箱を取り出す。

 こちらは家に置いてある手紙箱とリンクしており、どちらの手紙箱からでも取り出せるようにしてあるのだ。

 緊急の連絡手段なら他にもあるが、一部の者しか使えないし、小さなものなら手紙に入れてやりとりが出来るこの手紙箱は、既に生活になくてはならないものなのである。


 手早く3通書き上げるロイの横で、クルトの相手を引き受けたトーコが注がれた酒を飲む。


「話に割り込めないからって拗ねるんじゃありません」

「だって僕、難しいことは苦手だもの。でも邪魔しないで待ってたんだから偉いでしょー?」

「あはは、職人さんの発掘がクルトさんのお仕事ですからね」

「クルトは人タラシだから」

「それは褒めてるの?」


 人タラシ。

 なんともぴったりな表現に苦笑する。

 人柄なのかなんなのか、気難しいと有名な人でもスルリと懐に入ってしまうのがクルトなのだ。

 見目が華やかなのもあり、女性受けが特にいいのは言わずもがなだが。


「そういえば、今日も1人クルトさんに熱い視線を送ってる子がいましたね」


 待ち合わせの広場での光景を思い出し、顔を上げる。


「あー、そんなこと来るときに言ってたねぇ」

「ええ、広場で木の陰からクルトさんを見つめてましたよ。俺と目が合ったら恥ずかしかったのか引っ込んでいなくなっちゃいましたけど」


 ちょっと幼い感じだったかなぁ、と記憶を手繰る。

 背もさほど高くなく、あどけなさが抜けない少女だったはずだ。

 年齢的に手を出したら犯罪者コース一直線間違いなしな幼さだったので、話のネタで終わる程度のものだが。


 書き終わった手紙を宛名を書いた封筒に入れる。

 さっさと出してお酒を飲もうと手紙箱に手を伸ばした瞬間、カタン、と中から音が響いて箱が開いた。

 手紙が届いたのだ。


「? こんな時間に誰だ」


 中に鎮座する白い手紙に首をひねる。

 既にどこの店も閉めている時間だ。

 そんな時間帯に手紙が届くなど、目の前の2人から以外にそうあることではない。

 何かトラブルだろうか、とげんなりしながら手紙を取り出すが、宛名も差出人も書かれてはいない。


「何だこれ…」


 取り出した手紙をひっくり返してみたが、やはり何も書かれていない。


 あり得ない。


 手紙箱のシステムは宛先を書くことで相手に届くのだ。

 どこに出すのかわからないものは、例え手紙箱に入れてもどこに向かうでもなくそのまま残るようになっている。


 そのはずだ。

 何故なら手紙箱を作っているのはここにいる彼らの商会なのだから。

 故に、目の前の物が本来あり得ないものだと断言できるのだ。


「どうしたの、ロイ?」

「いえ、あの…宛名のない手紙が届きまして」

「宛名がない?」


 あり得ない事態に、2人の手が止まった。

 2組の視線を向けられながら、恐る恐る手紙を開封する。

 だが中身を見て、ロイは首を傾げることになった。


「何? いたずら?」

「でも宛名なしで届く? あ、白いインクで書いたとか? それなら一応システム上は弾かないけど」


 緊急性のなさそうなロイの様子に、2人は身体から力を抜いて再びお酒を煽る。


「んー、いたずら…なのかなぁ? ちょっと意味がわからなくて」

「なんて書いてあったの?」

「あ、はい。『わたしシェーン、今広場の木の後ろにいるの』」

「ブフッ?!」


 読み上げた瞬間、トーコがお酒を噴いた。


「トーコ?!」

「ト、トーコさん?! 大丈夫ですかっ?」


 ゲホゴホと普段のクールな彼女から想像出来ない姿で咽せる様子に、慌てて2人で水やらタオルやらを渡す。


「っ、ゴホ、ゲホ!」

「あああ、トーコさん落ち着いて、お水飲んで!」

「ケホ…っ、…さん…」

「何、トーコ? どうしたの? 他に何か欲しい?」

「メリーさん!」

「「誰それ?!」」


 知らない女性の名前を叫ぶトーコだったが、驚く彼らを尻目に彼女の奇行は止まらない。


「そうね、この世界電話ないものね! まさかの異世界でメリーさんアナログ化!」

「トーコー? 訳わからないこと言ってないで戻ってきてー?」

「ああ、ごめんなさい。大丈夫よ」


 クルトに揺さぶられ、やっとトーコが正常に戻った。

 たまにある光景なので、宥めるクルトほどではないがロイも割りとすぐに復帰する程度には慣れてきた。


「で、メリーさんってなぁに?」


 タオルで、咽せて濡れたトーコの口元を拭いながら尋ねる。

 甲斐甲斐しい男である。

 ちなみに床は先にロイが片付けた。


「メリーさん?」

「そう、メリーさん。今トーコが言ってたでしょ、誰? その人呼んで欲しいの?」

「違うわ。というか、呼ぶ必要ない」

「んん?」


 どういうこと? とクルトが尋ねようとしたところで、またカタンという音共に手紙が届いた。

 ロイが手にする前に、スルリと横からトーコが掠め取った。

 ペリペリと手早く開封して、中身を読み上げる。


「『わたしシェーン、今広場の入り口にいるの』」

「またさっきのいたずら手紙ですか?」

「なにこれ、居場所の報告?」


 意味がわからないと顔を見合わせる2人に、手紙を見せる。


「これ、私の故郷でもあったの。名前はシェーンじゃなくてメリーさんっていうんだけどね」

「居場所の実況中継?」

「そうだけど、そうじゃなくて」


 カコン。


 再び届いた手紙をまた開封し、2人にも見えるようにに広げる。


「『わたしシェーン、今パン屋の前にいるの』」

「パン屋?」

「そういえば広場出てすぐのところにありましたね。焼き立てのパンのいい匂いがしたの覚えてます」

「あ、そういえばあったね。美味しいのかな、明日買いに行こうか」


 香ばしい香りに食欲がそそられた覚えがある。

 のほほんと、クルトと明日の朝ご飯に買いに行こうと話していると、また再び手紙箱にカコンという音共に手紙が届いた。


「あ、また来た」


 今度はクルトが手に取り開封する。


「『わたしシェーン、今空飛ぶアヒルの前にいるの』」

「空飛ぶアヒル?」

「なんだっけ…ああ! ここに来る途中にそんな名前の宿屋があったね」


 言われてみれば確かに、宿屋を通り過ぎてここに来たと思い出す。

 そして、ふと気付いた。


「広場の木、広場の入り口、パン屋、宿屋…」

「ロイ?」


 手紙が来た順に呟くロイにクルトが訝しげに声をかける。

 その横で、またカコンと音がした。


 手を伸ばして素早く中身を開く。


「『わたしシェーン、今ベリスの食堂の前にいるの』」

「ベリスの食堂って、さっきのお店だよね?」

「ご飯買いに行った場所ね」

「やっぱり…これ、近づいて来てますよね」

「え、何が?」


 疑問符を浮かべるクルトの前で、届いた手紙を順番に並べた。


「このシェーンの居場所です。広場からこっちに向かって来てる」

「あ、確かに。まさかシェーンってトーコの知り合い? 会いに来たとか?」

「シェーンって名前の知り合いはいないわよ。ついでに言えば、逐一行動報告しながら近づいて来る知り合いにも心当たりないわ」

「そうだよねぇ」

「でも会いに来たってのは合ってる。この場合ターゲットが誰なのかは分からないけど」

「はい?」


 どういうこと? とクルトが問いを重ねる前に、カコンと音が響いた。


「『わたしシェーン、今お家の前にいるの』、お家?」

「着いたみたいよ」

「あ、じゃあ会いに来たなら鍵開けてあげないとかな?」

「いらないと思う」

「え?」


 カコン。


「『わたしシェーン、今階段の前にいるの』」

「は?!」

「鍵は?!」

「これ、近づいて来るタイプの怪談…こっちで言うならゴースト? 魔物? どっちかしら。とにかくそういうタイプだから、鍵も何も効かないわよ」


 ピラピラと手紙を見せながら淡々と告げるトーコだったが、聞いた2人は一気に青ざめた。


「会いに来たんじゃなくて襲いに来たってことですか?!」

「ちょ、それ早く言って?!」


 カコン。


「『わたしシェーン、今2階にいるの』」

「「クルトさん、結界間に合いますか?!」

「間に合わせるよ! あーもう! トーコの馬鹿ぁぁ!!」」


 カコン。


「『わたしシェーン、今3階にいるの』」

「結界張った!」

「さすがクルトさん!」

「でも僕らの周りしか張ってない! あんまり動かないでね?!」


 カコン。


「『わたしシェーン、今部屋の前にいるの』」

「うわ、ギリギリ…ホント、もうちょっと早く言ってよトーコ…」

「この後中に入ってくるんでしょうか」


 じっと扉を見つめるが、物音一つ立てず動く気配がまるでない。


「転移型のゴーストだと思うのよね」

「トーコさん?」


 ポツリとトーコが呟く。


「移動が早いから、自力で移動してるわけじゃないと思う」

「あ、なるほど」

「ってことは?」


 カコン。


「『わたしシェーン、今貴方達の後ろにいるの』」


 ガン! バン! バァン!!


 トーコが届いた手紙を読み上げた瞬間、手紙を覗き込む3人の背後から叩きつけるような音が響いた。


「ひっ?!」


 振り向いて息を飲む。


 薄汚れた金の髪を振り乱した、少女。

 紛れもなく広場の木から覗き込んでいた、彼女だ。

 髪の間から覗く顔は愛らしかった様相の欠片ももなく、悍ましいの一言だった。

 肌は病的き青白く、見開いた目は血走り、口からは赤黒い血を垂れ流している。

 身につけている服はズタボロで、手足も含めて土や血で酷く汚れていた。

 右の手足は紫色に変色し、明らかに関節とは関係のない場所であらぬ方向を向いている。


 そんな女が、クルトが張った結界にベタリと張り付いて薄気味の悪い笑みを浮かべていた。


「うわぁっ!!」

「これはまた…なかなかに強烈なお嬢さんだね…」

「それで済みます?!」


 悲鳴を上げたロイだったが、クルトのどこかズレた感想につっこまずにいられない。

 そんな2人を放置して、1人冷静に女を見つめていたトーコが動いた。


「光魔法、捕縛」


 指先をくるりと動かすと、ロープ状に顕在した光が女に巻き付く。

 呆気なくもそれだけで女は拘束されて床に転がる羽目になった。

 やはりゴーストだからなのか、巻き付いた光魔法に焼かれてドス黒い煙が上がる。


『ギィャァァアアァァ!!』

「来るのが分かってる訳だから、捕まえるのは難しくない」

「そう言い切れるのはトーコさんくらいだと思います…」


 ケロリと言い切る彼女に、頼もしく思うが同時に頭痛も覚えてしまうのは仕方ないだろう。

 そして余りにも呆気なく捕まったゴーストに、若干の哀れみを覚える。


「トーコ、この子どうするのー?」


 もう危険はないと判断したのか、クルトも結界を解いて転がる女に近寄った。

 文字通り手も足も出ない状況になっても、未だ敵意は消えていないようで、髪の間から覗く瞳で睨み上げている。


「結局さ、この子は何がしたかったの? 僕らを殺したかったの?」

「さあ。害意があったのは確かだけどね」


 クルトの隣に並び、女の顔を覗き込む。


「私の知ってるメリーさんも諸説あるから、何が本当なのかは知らない。でも、彼女の目的は聞けばいいんじゃない?」

「誰に?」

「本人に」




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