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<1>

 


 カタン、と室内で小さく響いたにロイは手を止めて顔を上げた。


「はいはい、仕事の依頼かな?」


 立ち上がって向かうのは、部屋の隅にある小さな小箱。

 普段は蓋がされているはずのそれは、物が届いていることを知らせるために、カパリと口を開いて中身を晒していた。

 手紙箱、という名の魔道具だが、各家庭に一般的に普及している便利グッズである。


 《ロイへ》と書かれた自分宛の白い手紙を取り出し、書かれている見慣れた文字と、封筒の上からでも分かる紙とは違う硬い感触と大きさに、すぐに差出人に思い当たった。


「やっぱりクルトさんか」


 くるりとひっくり返した手紙の裏には予想通り、クルトと名前が書かれている。

 側にあったペーパーナイフで封を切れば、中からコロンとした黒い鍵と、メッセージカードが出てきた。


「《黒の4つ刻に広場まで来てね。動きやすい格好で!》 …え、これだけ?!」


 裏までひっくり返して見るも、やはり他には何も書かれてない。


「広場って言ったって…」


 どこの、と続けようとしたところで、同封されていた黒い鍵を思い出す。


「あー…うん、これ使って来いってことだな」


 とりあえず行き先はクリアのようだ。

 そして動きやすい格好と言うからには、何かを手伝わされるのだろうとロイは推測する。


「荷物運びとかかな」


 今着ているのはシンプルなシャツと黒の細身のパンツなので、そのままでいいだろう。

 靴だけは丈夫なブーツに履き替えることにした。

 時間を見れば、もうすぐ黒の3刻半だ。

 ちなみに黒の刻はちょっと古風な言い方で、今は割と午後3時半と言う人の方が多い。


「あと半刻で時間か。噴水までどのくらいかかるか分からないけど、クルトさんのことだし、無理な時間指定はしてないだろ」


 こちらの都合丸無視な呼び出しではあるが、不思議なことに、いつもクルトに呼ばれるときはロイに取り立てて用事がない日なのだ。

 することが無いわけではないので、決して暇ではないのだが、急ぎの用事は全く入っていない日なのである。

 故に断りにくい。毎回。


「持ち物の指定はないけど…」


 腰に短剣とマジックバッグのポーチ、ロイのいつもの軽い外出スタイルだ。

 ある程度の物はこの中に入っている。

 ちなみにマジックバッグはそこそこ高価だが、庶民でも頑張って手を伸ばせば届く範囲の物だ。

 全て身につけ終えれば、特筆すべき物はない、どこの街でも馴染む特徴のない男が出来上がった。


「いつものことながら俺って平凡…別にいいけど」


 小さくため息を吐くが、さして落ち込んでいるわけではない。

 特別顔の作りが悪いということでもないのだ。

 地味なだけで。


 ともかく身支度は出来た。

 表に『外出中』と札だけ下げて、引っ込むと家の中から戸締りをする。

 そう、出掛けはするが外には出ないのだ。

 準備が全て整ったところで、腰のマジックバッグに手を突っ込み、ジャラリと鍵の束を取り出す。

 優に50は超えているそれらに今回の黒い鍵を加えた。


「さて、どこに繋がるのやら」


 黒い鍵を、今しがた戸締りをした玄関の扉の鍵穴に差し込む。

 途端に扉の縁を沿うように青白い光が走った。


『目的地、ハーバシルへ接続…待機…クリア』


 感情のない無機的な声が、差し込んだ鍵から聞こえる。

 これもマジックアイテムの一つ、移動鍵≪アクセスキー≫だ。

 各地で設けられている、移動用拠点に繋ぐための鍵である。

 鍵を差し込んだ扉を、一時的に拠点まで繋ぐ便利アイテムなのだ。

 マジックアイテムの中でもそこそこ高価なのと、街中の拠点まで出向けば少額で街間の移動が出来るので、鍵自体は一般的なアイテムとは言えないが、珍しいものでもない。

 ただし、一般家庭でここまでジャラジャラと複数の鍵を所有しているところは、そうないだろう。

 厳密に言えばロイは商売事にも携わっているので、一般家庭と同じ括りで考えてはいけないのだが、それでも個人で大量の鍵を持っているのはとても珍しいのだ。


「増えてきたし、そろそろ鍵も地方別に分けよう…何より重い」


 ある意味贅沢な悩みを抱えて、ロイは扉をゆっくりと押し開いた。


 感覚的にはゆっくりと扉をくぐっただけ。

 それだけで、目的地にたどり着くのだから便利なアイテムだとつくづく思う。


 移動用拠点に着いたロイは、出てきた扉を閉じて鍵を仕舞い込んだところで、ぐるりと円柱状に作られた室内を見回した。

 拠点の建物自体はそこまで古い建物でもない。

 移動用の扉≪ゲート≫は5つ、そのうち1つが10人程まとめて移動出来る大型のものだった。


 街の規模としては小さめ、かつ重要拠点ではない。

 拠点の内装と扉の数からそう推測する。


 ハーバシル。

 ロイは聞き覚えのない地名だったが、彼が住んでいた土地から陸路なら馬車で1ヶ月以上かかる地域の小さな街だ。

 湖に面した街であり、背後には連なる山に囲まれた少々閉鎖的な地域でもある。

 まあそれは外に出て行く人が少ないだけで、観光客や旅人、移住者に対して敵意があるわけではないのだが。

 大きな特産品も目玉もない、平和で長閑な田舎街である。


「すみません、広場ってここから近いですか?」


 拠点係員に声をかけた。

 拠点から拠点への移動は使用前に料金が発生するし、自前の移動鍵はそもそも使い放題なので、出て行く側では余程不審者でもない限り声を掛けられることはないのだ。

 ロイが声を掛けたのは、壮年の男性である。

 ワイルドな髭と鋭い目つきに、ちょっと腰が引けたのはご愛嬌。


「お兄ちゃん、ハーバシルは初めてかい?」

「は、はい。知り合いから広場に来るように言われたんですが、場所がわからなくて」

「そうかそうか。広場ならここ出たら目の前だ。朝は市場もやってるから、機会があったら覗いてみるといい」

「あ、ありがとうございます」


 ニッと口角を上げて笑う姿は頼もしい。

 外見で判断してごめんなさいと、心でお詫びして外へと向かった。

 聞いた通り、建物を出てすぐ目の前が広場になっていた。

 控えめだが可愛らしい花が植えられ、木陰の下にはベンチもあり、憩いの場になっている。

 その木の後ろから、覗き込むような格好の女の子がいた。

 視線の先を辿れば、点在するベンチの一つに、見覚えのある男の姿。


 ああ、またか。


 何度目か数える気もしない光景に、街へ繰り出すなり呆れ混じりの息を吐く羽目になった。

 視線の先の彼こそロイを呼び出した本人だ。

 彼は、そりゃあ見目麗しい男性なのだ。

 彼の濃いめの茶の髪と瞳は、色合いはありふれたものだが他とは造形が違う。

 柔らかな金髪と青い瞳、色彩だけなら華やかで賑やかなのに自分は何故地味系なのだと、ちょっと世の理不尽を嘆くロイである。


「あ、ロイ!」


 顔を上げてロイを見つけた男は、人好きのする笑みを浮かべてすぐに立ち上がった。

 途端に木の後ろに隠れていた子は引っ込んで姿を隠してしまう。

 隠れる直前、バチリと視線が合ったのがとても気まずい。


 うん、邪魔する気はなかったんだけどな。


 そんなロイの心中はいつだって伝わらないものである。


「やあ、ロイ。来てくれたんだ」

「いやまあ、特に急ぎの用事もなかったですし。補充したい薬はありますけどね」


 歩み寄ってちょっとジト目で見上げるが、呼び出したこの男は全く反省した様子もなく、ニコニコと笑うだけだ。


「でも急にどうしたんですか、クルトさん? 仕入れる品を増やすってトーコさんと出て行ってから、まだ5日も経ってないですよ?」

「ふふふ、急にごめんねぇ。実は一つ家を買ってね、新居祝いでもしようかと思って」

「は?! 家?!」

「うん、お店もできそうな感じのレイアウトだよー」


 ヘラリと笑うクルトに、ロイは頭を抱える。


「野放しにした途端これか…! っていうか、本来の用事はどうしたんですか!」

「新しいジャンルで腕の良い職人さん確保できそうだよー、褒めてー」

「…流石ですね、お疲れ様です」

「で、その職人さんか、店員さんに住み込みでお店やって貰おうかなぁと思って、家買ったんだー」

「買ったんだって、お店の管理するのは誰だと思ってるんですかっ!」

「んー、ロイ?」

「そうでしょうね、そうでしょうとも! 丸投げするなら先に相談してくださいよ! やっと半年前にオープンしたお店も落ち着いてきたと思ったところなのにー!」

「あはははは、ごめんねー」


 クルトに食ってかかるが、堪えた様子はゼロである。

 軽く笑われ、がっくりと肩を落とした。


 ロイとクルトの関係は、簡単に言えば従業員と雇い主である。

 もっと言えば、ロイは中間管理職のようなものだった。

 雇い主はクルトだけでなく、もう一人トーコという女性がいるが、彼らはふらふらと自由に出歩いてしまうため、店主としてはとてもではないが任せられない。

 そのかわり、経営者としてこうやって新店の場所を確保してきたり、新しい仕入先や納品先を確保してきたり、はたまた従業員を確保してきたりと出歩いた先で何かしら見つけて来てしまうのだ。

 そしてロイに丸投げするのである。

 つまり今この瞬間、しばらく忙殺されることが決定してしまったのだった。


「でもまぁ、大丈夫、ロイならできるよー」

「その根拠はどこから…俺そろそろゆっくり休暇でも欲しいです」

「休暇はいいけど、一人で出掛けるのはちょっと反対かなー」


 君、トラブルメーカーだし、と苦笑された。

 否定したくても出来なくて、口を尖らせて拗ねる。


「好きでトラブル呼び寄せてるんじゃありません」

「はいはい。でも遠出するなら誰かと一緒にいてね。ロイにいなくなられると困るし」


 ポスポスと頭を乱暴に撫でられる。


「じゃあ行こうか。トーコはもう中にいるよ」

「あ、はい。ここから近いんですか?」

「まあそこそこ近いかなー」


 のんびりと歩くクルトの隣に並ぶ。

 ふと広場から出る瞬間、先ほどの木を振り返ってみたが、あの女の子はもういなくなっていた。


「ロイ?」

「ああ、いえ。クルトさん相変わらずモテますね、可愛い子が覗いてましたよ」

「なにそれ、ストーカー?」

「いや、もうちょっと可愛げがあるものだと思いますよ」

「ふぅん」


 興味なさそうな返事を返される。

 まあそうだろう。

 ロイから見ても、クルトの興味は今も昔も1人にしか向いていないのだから。


 表の通りから横道に逸れて、居住地区に差し掛かった辺り。

 とはいえ、小さな街だからそこまでの距離ではない。

 3階建のちょっと大きめの建物の前でクルトは止まった。


「ここだよー」

「ここって…え、これいくらだったんですか? 綺麗だし、結構高そうな物件ですけど」


 見上げた建物は多少年数は経っているようだが、目立った痛みもなく、窓のガラスなども割れた様子はない。

 外壁はグレーに塗られ、屋根は濃いめの青と、落ち着いた雰囲気の建物だった。

 大きな街ではないとはいえ、物件の相場と金庫の現金が頭の中で行ったり来たりして思わず青ざめる。


「ふふふ、いいでしょ? 地下室もあるんだよー? お値段の方も結構頑張ったよー」

「頑張ったのは私でしょう。クルトは横にいただけ」


 ドヤ顔で胸を張るクルトに僅かに呆れが混じったような、感情の乗らない声が重ねられた。

 チリン、とドアに付けられているのだろうベルが鳴り、中から黒髪の女性が顔を出す。


「トーコさん!」

「いらっしゃい、ロイ」


 ロイのもう1人の雇い主、トーコである。

 長い黒髪を後ろに束ね、少々目つきが悪くさらに表情筋は最低限しか仕事をしない。

 無表情がデフォルトのキツめの美人だ。


「もー、ひどいよトーコ。僕にはー?」

「出迎えご苦労」

「それ違う!」

「外でキャンキャン騒いでないで中入りなさい」

「トーコが冷たい!」

「いつものことでしょう」


 そして性格も少々キツい。

 淡々と返すトーコと感情豊かに騒ぐクルト。

 正反対だけれども決して二人は仲が悪いわけではない。


「僕のハニーは僕にだけ冷たい…」

「特別扱いよかったわね、ダーリン」

「そんな特別扱いはいらない…!」

「そう。その他大勢の雑多な扱いでいいと」

「あ、嘘嘘、待って待ってぇー!」

「ロイ、他人のフリしてないで中に入りなさいね」

「無視しないでー!」


 腰に縋り付くクルトを引きずって中に案内するトーコに、遠い目になりながらも付いていった。

 クルトがトーコにべったりなのは周知の事実だし、トーコも何だかんだでそれを許容しているので、お似合いなのかもしれない。

 言ったら(主にトーコが)怖いので言わないが。


「ロイ」

「はい?! ごめんなさい!」

「? 何謝ってるの。はいこれ」

「はい?」


 心中を読まれたのかと思って思わず謝ってしまったが、手渡されたのは箒と雑巾だ。


「まだ掃除終わってないのよ、手伝って」

「あ、はい」

「トーコ、トーコ、僕は?」


 僕も役に立つよ! と立候補するクルト。

 それでいいのか雇用主その1…と思うが、本人はとてもキラキラと期待に満ちた眼差しを向けているので、幸せならそれで良いかと早々に思考を切り上げた。

 キラキラしい視線を向けられた本人は、ことり、と首を傾げる。


「クルトには私、買い物頼んだはずだけど…終わったの?」

「あ」

「ちゃっちゃと行って来なさい」

「はい…」

「ついでに商業ギルドに寄ってきて。許可証が出来てると思うから」

「ううう、人使いが荒いよ、トーコ」

「あら、頼りにしてるのに」

「え!」


 へにょりとしたところで思い掛けない言葉にクルトが固まる。

 その横で頬に手を添えて、アンニュイに息を吐いた。


「でも嫌なら仕方ないわね。自分でするなり他の人頼るなり…」

「嫌です! 頼って! 他の人頼らないで僕を頼って!」

「そう? じゃあ行ってらっしゃい」

「行ってきます!」


 すぐさまクルトは外に飛び出して行った。


「トーコさん…相変わらずですね」


 ひらひらと手を振って見送るトーコに顔をひきつらせていると、再びことりと首を傾げられた。


「そう? それより掃除を終わらせましょう。ロイは1階の窓ふきをお願いね。終わったらお外を掃いてくれる?」

「わかりました」


 実質的な最高権力者の依頼≪お願い事≫に、中間管理職は一も二もなく頷いたのだった。

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