4話
2人が酒場を辿り着いたときには既に町は夕闇に呑まれていた。
店内へと入ると石積みの外壁とは異なり内装は全て木材で造られている。見渡すと少し薄暗い店内が独特の雰囲気を醸し出しており、席はカウンターとテーブルを含め20人程度だろうか。昼間の気鬱さと比べると幾分か明るい雰囲気だ。
カウンターまで移動したコウエイは大きなバックパックを床へ降ろし椅子へ掛け、その横で未だふて腐れた様子のアキラが乱暴に椅子に座る。
すると少し痩せた男性が近づいて来た。
「いらっっしゃい! 何にします?」
「ではお勧めの料理を2つ下さい。あと地酒と牛乳があればそれもお願いします」
店員の明るい接客に対し、コウエイはフードとマスクを外して新しい町では恒例となった頼み方で注文する。「畏まりました」と下がっていく店員から視線を外し大きく伸びをした後、全身に溜まった疲れを吐き出すかのように大きなため息を吐いた。
「はぁー、ようやく一息つけますよ。誰かさんが騒ぎを起こすから疲れが余計に溜まってしまいました。――――明日は必ず手伝ってもらいますよ」
コウエイが顔を向けるとアキラはフードを被ったまま肘をついた手に顎をのせ反対側を向いており、完全に聞く耳を持たない姿勢だ。その様子に彼は再びため息を吐く。
いったい今日1日で何度ため息を吐いただろう、などと考えていると体格の良い男性が飲み物を運んできたので、気持ちを切り替え町に来て最初に目にした光景を思い出しながら体格の良い男性に尋ねかける事にした。
「この町にも『シールド』は張られていないのですね?」
「ん? まあご覧の通りだよ。もしかしてあんた達旅人かい?」
頷くコウエイに対し男性はグラスを置いた後再び顔を向けた。
「何でまたこんな辺境の地域に来たんだい? 王都を目指すなら馬車を使うだろ?」
男性は怪訝な顔で問い質してくるが不思議がるのも無理はない。
何故ならこの時代の殆どが自分の生まれた場所で一生を過ごすからだ。理由は汚染環境もあるが一番は魔物が世界中に蔓延っているからだろう。
現在人間は『シールド』内か比較的環境の良い地域での生活に限定されている。それに比べ魔物は環境に合った進化を遂げているので世界各地で生息していた。今や彼らが世界の支配者といっても過言ではない。
余程の理由で町などを出る場合も物資の運搬を行う際に出ている馬車に同行するなどして少しでも危険を回避するよう心掛けているほど。
つまりこの時代に外を出歩く人は殆どと言っていいほどいないのだ。
だからこそコウエイは男性の問いに言いなれた言葉を返す。
「私は医者でして各地を回って診察しているのです。勿論明日からこの町でも診察を行うつもりです」そこで先ほどまで笑顔だった表情を曇らせ、「それでですができれば休めるような場所を教えて頂けますか? どうやらこの町には宿屋がなかったので」
「あーそりゃあないだろうねえ。この町に来る人なんていないから必要ないんですよ」
不安な様子で問いかけたコウエイに男性は顎に手を当てながら答えた。
その言葉にコウエイはがっくりと肩を落とす。きっと心の中ではまた野宿なのかと嘆いているに違いない。
そんな彼の落ち込んでいる姿に気の毒と思った男性が声をかけてきた。
「えと、私この店主なんですけどもし酒場で良ければ貸しますよ。隣の部屋なら倉庫なんで睡眠くらいならできますんで」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
コウエイが店主の手を取り大喜びしながら感謝を述べていると、最初に注文を取ってきた痩せた店員が出来上がった料理を運んできた。すると今まで大人しくしていたアキラが料理の匂いを嗅ぎ取ったのか、顔を上げると同時にマスクを外し、皿を奪うように受け取り、添えてあったフォークを握り締める。
「ようやく飯が来たか! いっただっきまーす!」
出された料理はパスタだ。具材はシンプルで玉ねぎと茄子にトマト、少し変わっていると言えば炒り卵が入っているところだろうか。加えて香草の香りがより食欲を刺激させるようだ。
アキラがパスタを美味しそうに掻き込んでいたがフォークの持ち方といい食べ方といい兎に角行儀が悪い。その姿にコウエイは顔を顰め注意しようとすると店主が肩を叩いてきた。
「さっきの話の続きなんだけど言い忘れたことがあって。診察してくれるという話なんだけど無駄だと思いますよ。この町は結構厳しい状況で医療費どころか生活すら難しい状況なんですよ。まあだから早い内に次の町へ旅立った方があんた達の為だよ」
少し寂しそうな様子の店主に食事をしていたアキラが急に手を止める。
「ふぁふぇふぉふぉとふぁらきゅにゅふんふぁふぉ!」
「アキラ! 口の中のものが無くなってから話して下さい!」
青年の注意を受け少年は食べ物を呑み込むが反省する素振りは全く無い。
「んぐっ、ふぅ――金のことなら気にすんなよ。こいつ何所でも無料で診察してるしよ」
「……この子の言うとおり無料で診察しますのでぜひ居させてください。十分な医療機器も備えてありますので」
コウエイは不満を残すも顔に出さず横に置いたバックパックに手を置きながらアキラに続く。すると驚いたように店主が声を上げた。
「まさかそのでかい荷物は医療機器を積んでいるからだったのかい? まあ確かに王国目指すにしては大きすぎるとは思っちゃいたけどさ。しかし無料で診察なんて本当に良いのかい? それに診察やら薬やらってのはかなり高いんだろ?」
「そんなことはありません。診察費自体それほどお金はかかりませんし、それに薬なら自然から手に入れて生成できますからそんなに高価ではありませんよ」
店主の不安を払拭しようと語るコウエイの姿に、アキラは一度だけ視線を向けるがすぐに食事へと戻った。
「そういう訳なので気にしないで下さい。何も全員に薬を処方するわけでもありませんし、それに自慢ではありませんがそれなりには博識ですので」
「うーん、しかしなあ……」
そう言われるも店主は顎を撫でながら考えてしまう。例え本当に医療費が安かったとしてもその言葉に甘えても良いのかと。不況がこの町に限ったことで無い事は町から出なくとも世界を見渡せば否応なく理解させられる。だからこそ素直に頷けずに思案を巡らせていた。
するとその思いを断ち切るような声が響いた。
「まあいいじゃねえかおっさん。此奴が診たいって言ってんだし細かい事は気にすんな。それに使えるもんは使ったほうが得だぞ」
店主が顔を向けるとそこには既に食事を終えていたアキラが煩わしそうにフォークを齧っていた。そのまま少年は店主の言葉を待たずに続けだした。
「それに世を渡るためには多少がめつくないと駄目だぜ。これは長旅をしてきた俺の経験だ」
店主は自慢げに語り胸を張る少年を前に固まってしまう。こんな小さな子供に世の中の事を教えられるとは思わなかったのだろう。それは先ほどまで抱いていた不安を驚きと共に何処かへと吹き飛ばされていた。
そしてこの子なりの不器用な優しさだと意識すると自然と笑みが零れていた。
「はははっ! まあそこまで言ってくれるなら此方としても願ってもないことだしお願いするよ。そのお礼と言っちゃなんだが昼間はこの酒場を自由に使ってくれて構わないから」
「良いのですか!? お貸し頂けるなら願っても無い事ですけど」
「ああ、昼間は仕入れとかで空けているから気にしなくても大丈夫さ。それにさっきの坊主の言葉を借りるなら多少がめつくないと外で診察する事になりますよ、ははっ!」
店主は心の底から笑っていた。
今まで厳しい環境で生活してきた彼にとってアキラの何気ない優しさは荒んだ心を癒すような暖かさだった。それは冗談を口にできるほどに。
その冗談に対してコウエイは空笑いをしながら青ざめていた。分かっていても今までがそうだっただけに笑い飛ばすことができないのだろう。
店主が去った後暫らくして食事を食べ終えたコウエイがアキラへと振り向く。
「先ほどはありがとうございます。貴方のお蔭で納得していただけました。」
「は? 別に俺は何もしてないぜ?」
「貴方が私の代わりに説得してくれたから、了承して下さったのでしょう」
「別にコウエイの為じゃねえよ。あのおっさんが苛々させるから言ったまでだ」
「ふふっ、素直ではありませんね。ですが少し言葉遣いは改めてくださいね、私にはまだしも目上の方に失礼ですから」
「うっ、うるせえ!」
褒められたからか叱られたからかは解らないが、顔を真っ赤にしてアキラは逃げるように隣の部屋へ去っていく。コウエイも酒を飲み干した後立ち上がり荷物を背負い隣の部屋に向かっていった。
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