3話
魔物とはアキラたちが出くわしたシベリアヒグマのような、革命期以降に生まれた生物を指す。
大袈裟な命名がされているが、強ち間違いでもない。
必要以上に強靭な身体を得た種、化学知識を得たかのような能力を扱う種、毒と交わり自らが害なす存在となった種、そして通常生物が持つには過ぎた力を扱う種と多種多様に進化を遂げた様は――人間には化け物にしか映らなかった。
とは言え、決して魔物とて容易に進化したわけではない。
一秒一秒が絶命へと誘う環境、それも人間のように何一つ守る手段もない状況下を生き抜いた証でもある。
それ故に人類と魔物に大きな差が生まれた。
まだ環境が荒れ狂っている間、人は限られた範囲で生活しなければならないのに対し、魔物はその枷がないため自由に活動できたのだ。
最初は多くの犠牲を払った魔物だが、次第に人口に並ぶほど回復し、天候が安定した時に逆転する。
生きようと足掻き爪と牙を研ぎ続けた生物と、自衛だけに専念し続けた生物では、どちらが地上の支配者となるかは想像に難くない。
今では総人口も5億まで減少し、文明の大半を失い、再起するため立ち上がるも多くの道具を失った状態で勝てるはずもなかった。
また安定したとはいえ、自然も人類にとってはいまだ脅威であり、命を落としかねない。
そんな様々な理由もあり、今だ人類は自ら閉じこもった殻の中でしか生活できないのだった。
無論、納得しているかと問われれば誰も頷かないだろうが。
もはや町の誰もが抗議を断念する中、何処からともなく檄が飛ぶ。
「大人の癖にビビってんじゃねえよ! ただくたばる位ならせめて挑戦してみりゃあ良いじゃねえか!」
突然上がった甲高い声は人だかりから出られず渋々と話を聞い流してアキラだ。
呆然としている住民たちを他所に少年はなおも罵声する。
「ったく……どいつもこいつも死人みたいな面してんだから、野垂れ死のうが挑んで殺られようが大して変わらねえだろ!? それ位のやる気もねえ奴は今すぐにでも死んじまえ!」
そう吐き捨てた彼は怒りに満ちていた。
アキラは一縷の望みがあるにも拘らず行動しない連中がもどかしく腹立たしかったのだろう。
彼は知っていた。行動をしなければ何も変わらないと。
だからこそ許せなかったかもしれない。
町に入ったときに感じた生気のなさに怒りを感じたのも、初めから諦めている態度が気に食わなかったからだろう。
しかしその思想はアキラが特殊な境遇だからこそ思えるのであって、普通の人にその意見を押し付けるのは酷というものだろう。
だが彼はそれを知る由もない。
流石に住民たちも子供に罵られたからか、今度はアキラを囲むようにして怒鳴り始める。
その騒ぎに乗じて町長は逃げる様に立ち去るが、既に気に留める者は誰もいなかった。
「何も知らない子供が勝手な事を言うんじゃない!」
「ガキのくせに生意気な事を言うな!」
周囲の叱咤が口々に飛び少年は静かに――――いや、激昂していた。
頭をすっぽりと覆うフードで表情は解らないが体は怒りで震え、ギリギリと歯軋りをしており、長旅のストレスもあってか我慢の限界に達したようだ。
そして己の力を起こすべく、自らの意志で心臓の鼓動を爆発的に高めようとする最中――
いきなり背後から腕が伸びてきて口と視界を覆われた。
「申し訳ありません。私の連れが皆さんにご迷惑をかけたようで。私のほうからきつく叱りつけておきますのでどうかこの場はお許し頂けませんか?」
突然のことで慌て出すアキラを抱き抱え押さえ付けていたのはコウエイだった。
腕の中で暴れる少年を余所に青年は深々と頭を下げながら謝る。その様子に住民たちも少し頭が冷えたのか、ばつが悪そうな表情でそれぞれ散っていった。
周囲に誰もいなくなったことを確認し、コウエイが未だ暴れるアキラを放す。
すると縄張りを荒らされた獣の様な勢いで少年が甲高く哮り立つ。
「何で止めやがった! ああいう口だけの馬鹿共は力ずくで解らせるのが1番だろ!」
「――――あのですねぇ、町では目立たない様にと言ってありましたよねぇ?」
「うるせぇ! 今は関係ないだろ!」
「大いにありますよ! 私たちの目的を忘れましたか? それに貴方のことが知られたらこの町に居られなくなるかもしれないのですから少しは自重して下さい」
「オレには関係ねえ。だからぶっ飛ばす!」
コウエイの言葉を短く噛み千切っていく猛獣。激昂した今、暴力という選択肢しか頭にないようだ。
次第にコウエイも頭に血が上ってきたので一度深呼吸をし、笑顔を絶やさぬまま飼い犬を躾けるように言葉を下す。
「あまり聞き訳ないと…………今日からご飯抜きですよ?」
その一言にぐっと口を噤むアキラ。
少年にとって食事は何よりも楽しみだからだ。
唸りを上げながらも我慢した少年にホッとするコウエイはこみ上げる疲労をぐっと堪え、町の酒場を探し始めるのだった。
今回も読んでいただきありがとうございます。