5日目-8
「ちょっと待ちなさい。もうひとつ話があるわ?」
「……なんでしょうか?ご存じの通り、今日も忙しいのですが?」
何度も呼び止めてくるカトリーヌに対し、小枝が不満げに問いかけると、カトリーヌは何も言わずに、チョイチョイと小さく手招きをした。どうやら何か言いにくいことがあるらしい。
それを見た小枝は、一瞬どうするかを考えてしまったようだが……。大人しくカトリーヌに耳を近づけることにしたようである。
「(さっき、ギルドの前に、教会の連中が来てるように見えたんだけどさ……)」
「(えぇ、私を探していたらしくて、後で教会まで"神の御業"を受けに来るよう言われました)」
「(まじか……)」
「カトリーヌさん、キャラ壊れてません?」
「まぁ、人の忠告は大人しく聞きなさい」
と、前置きをした後で、カトリーヌは再び小声で話し始めた。
「(普通、協会関係者が"神の御業"のことで冒険者に直接言いに来るなんて事、ないわ?)」
「(つまり、彼らには何か意図がある、ということでしょうか?まぁ、そんな気はしていました)」
「(それなら話は早いわ。多分、彼ら……あなたのことを"魔女"だと思っているはずよ?)」
「(魔女ですか……。昨日、魔物を追い払ったからですか?)」
「(さぁね。コエダ様、色々と大胆に暴れてるし……)」
「(……そうですか。では、もう少し、人間アピールをした方が良さそうですね……)」
「(えっ?)」
「(いえ、何でもありません。それで、彼らに注意をすればよろしいのですか?)」
「(えぇ。まず、絶対に、彼らと争いごとは起こしちゃダメよ?彼ら、どこから連れてくるのかは知らないけど、かなり強力な戦力を持ってるし、最悪の場合、他の町や王都から応援を呼んだりするんだから。……教会に楯突く魔女がいる、ってね)」
「(戦力を持っているなら、昨日のスタンピードの時も、魔物退治に繰り出されていたのですか?外では見かけなかったように思うのですが……)」
「(彼らは繰り出されてないわ?冒険者や騎士団と違って、魔物と戦う義務は無いし、そもそも"教会"という組織自体が国に属するものじゃないから、国からの指図も受けないし……)」
「(なるほど……(つまり、面倒くさい人たち、ということですね……))」
「(信仰心を持っているようにさえ振る舞えば、タダで施しをしてくれたり、怪我の治療をしてくれたりする人たちだから、冒険者たちの間では重宝されているんだけど……コエダ様の場合は、施しも必要無ければ、怪我の治療も必要無いと思うし、その上……)」
「(……例の薬ですか?)」
「(そういうこと。まぁ、気をつけることに越したことは無いから用心して?)」
「……ご忠告感謝します」
小枝はそう言って、カトリーヌに対し、深々と頭を下げた。その様子を見た他の冒険者たちは、何やら目を疑うかのように真っ青な表情を浮かべていたようだが……。小枝もカトリーヌも、彼らの反応に気付いた様子は無かったようだ。
◇
小枝がギルドを去った後。カトリーヌの姿は、ギルド長の部屋の中にあった。そこにいたダニエルに報告すべき事があったのだ。
「言っといたわよ?」
「あぁ、すまん。まったく……コエダ様には困ったものだ。次から次へと厄介ごとを持ち込んでくる……」
「まぁ、持ち込んでくるっていうか、背負ってくるって言った方が適切だと思うけど?見て見ぬふりさえすれば、私たちが害を受けることは無い訳だし……」
「見て見ぬふりさえできれば、な?できないから、こうして忠告をしてもらったんだ」
「えぇ、分かってるわよ。今、コエダ様に何かあると、ガベスタンの連中が何かしてきた時に大変な目に遭うのは私たちだし、それに……まぁ、色々焦臭いことがあるって話だし……」
「あぁ……。とにかくだ。教会の連中が動いた時のために、こちらから先手を打っておく」
「人使いが荒いわね……。あ、ところでさ」
ダニエルの発言を聞いて、何か思うことがあったのか……。カトリーヌはジットリとした視線をダニエルへと向けながら、こんな問いかけを投げかけた。
「前から気になってたんだけど、あなたどうしてそこまでして、コエダ様に気を回そうとするの?今、コエダ様にこの町を去られたら困る、っていうのは分かるけど、時々あなたから、それを越えた何か特別な感情があるように見えるのよね……。女の勘、っていうの?」
「(勘が鋭いくせに、未だ未婚か?)」
「あ゛ぁ゛?」びきびき
「……何も言ってないだろ……」
「いま絶対、失礼なこと考えたわよね?」
「……いや、俺が考えていたのは、お前の質問にどう答えるか、って事だけだ」
「ふーん……まぁ、良いわ?で?」
「実はな……コエダ様は、生き別れた娘に似て——」
「いやいや、あなた、今までこのかた、ずっと独身じゃない」
「あぁ、そういえばそうだったな……。実は、生き別れた妹に——」
「弟はいるけど、妹はいないわよね?幼なじみなんだから、分からないわけないでしょ。……あー、そういうこと。つまりダニエルは——」
「冗談だ。コエダ様があまりに脆い存在だからだよ。騎士団に囲まれた時だって、一つ間違えれば公開処刑。商業ギルドの一件だって、下手をすればこの町で生活出来なくなっていたはずだ。だが、彼女は……まぁ、素行に色々と問題はあるが、害のある人間というわけではない。昨日のスタンピードの一件を見ていれば分かるだろ?それ考えれば、助けたくなったとしても、何らおかしな点は無いと思うが?」
「……怪しいわね?」
「断じて嘘は吐いていないからな?」
「……そ。まぁ、そういうことにしておくわ?」
そう言って、腕を組んで、鼻から溜息を吐くカトリーヌ。そんな彼女の様子を見る限り、納得出来ているようには見えなかったものの……。彼女は、これ以上、ダニエルからはまともな返答が望めないと判断したらしく、とりあえずその場では、ダニエルの言葉を信じることにしたようだ。