5日目-5
「あ、そうです。アルティシアちゃん」
小枝の用意した食事をアルティシアが綺麗に平らげた後。小枝は異相空間から細い木の枝で作った籠を取り出して、それをアルティシアの前に置いた。籠の上には、赤いハンカチが乗せられていて、その内部を見ることは出来ないようだ。
ゆえに、アルティシアが問いかける。
「これ、何ですか?」
「昨日、お約束していた物です」
「お約束?……まさか!下水道に逃がした暗殺者たちの——」
「……アルティシアちゃん?たまにえげつないことを考えていませんか?(魔物を千切る話とか……)」
「えっ?遺留品か何か……ではないのですか?」
「それはそれでどうかと思いますが……遺留品ではありません」
と、自分がどんなことを考えたのかは言わずに、遺留品である事を否定する小枝。なお、えげつないことを考えている、という自身の発言が、自分にそのまま返ってくることに小枝自身が気付いているかどうかは不明である。
それから彼女は、ハンカチを摘まんで、それをパッと外すと……。その中身をアルティシアに見せながら、説明を始めた。
「チョコスティックです」
「ちょこ、すてぃっく?」
「もしかして、チョコレートとか、分かりませんか?」
「……すみません。何なのですか?その"ちょこれーと"というのは。木の枝のようにも見えますが……」
「食べ物です」
「食べ物……!」きゅぴーん
「会うことが出来ない昼間でも何か口に出来る物は無いかと思いまして、家にある物で適当に作ってきました。でも、適当に作った菓子ですからねー……」ちらっ
「お菓子……!」キラキラ
「やはり、アルティシアちゃんの口に入れる物では——」ちらっ
「いただきます!ぜひください!というか、食べさせてください!」あー
「……小鳥さんみたいですね?」
小枝はそう言って、チョコスティックを、アルティシアの口の中にそっと入れた。するとアルティシアは——、
「はむっ!」
——と、嬉しそうに唇で挟んで、咀嚼を始める。
「……どうですか?」
「…………」
「…………?」
「…………」ぶわっ
「……やはり口にあわなかった——」
「すっごく美味しいです!家宝にします!金庫に鍵を掛けて取っておきます!」
「やめてください。それだと、数日で腐って食べられなくなってしまいます」
「うぅ……食べるのが勿体ない……でも、すっごくおいしい……」わなわな
「無くなったらまた作ってきますので、遠慮無く食べてください。でも食べ過ぎには注意してくださいね?カロリーが高いので、あまり食べ過ぎると……」
「……?食べ過ぎると?」
「……いえ、アルティシアちゃんの場合は、すこし食べ過ぎた方が良いのかも知れませんね」
本当は18歳だというのに12歳くらいにしか見えないアルティシア。その原因が極度の好き嫌いによる栄養不足であることを知っていた小枝は、アルティシアに対し、食べ過ぎ注意とは言えなかったようである。
「でも、夢中になって食べてしまったらすぐに無くなってしましますから、その点だけは注意してくださいね?私もよくそれで、悲しい思いをすることがありますので……」
「や、やっぱり、金庫の中で——」
「いえ、普通に食べてください」
そんなやり取りを、4、5回ほど繰り返した後……。どうにか小枝は、アルティシアに、チョコスティックを食べて貰えることになったようだ。
その結果、アルティシアは、この日1日、チョコスティックを慎重に食べることになるのだが……。それが原因である問題が生じることに、小枝もアルティシアも気付いていなかったに違いない。
◇
「(グレーテルさんの家を借りるためにも、今日は頑張らないといけませんね!)」
空が赤くなり、アルティシアと別れてから……。小枝は今日も、冒険者として活動するために、ギルドに向かって歩いていた。
彼女の視界に映っていた薄暗い町並みは、昨日の一件——小枝のエンジンの衝撃によって建物が半壊させられるという事件により、荒れに荒れていたようである。ただ、修復が進んでいる建物のもチラホラと見受けられて、このペースだと2週間もすれば、元通りに戻っていることだろう。
そんな町並みを眺めながら歩いていた小枝は——
「(ごめんなさい、皆さん。次やる時は、もう少し考えてやります)」
——もうやらない、とは考えていなかったらしく……。同じ状況に陥った時にどうするかついて考えていたようだ。なにしろ、昨日のスタンピードの原因は、隣国のガベスタン王国が引き金となったのである。いつ再び同じような攻撃が加えられるとも分からなかったのだから。
それを思い出した小枝は、ふと疑問に思う。
「(ガベスタンの方々のこと、やはり、正式に報告すべきだったでしょうか?でも、あの騎士団長……何て言いましたっけ?名前にあまり特徴の無い方だったような……ウエディングベル……いえ、違います……。"なんとかベル"なのは確かなのですが……あ、そうです。グラウベルさんでした。彼に報告したとして、信じて貰えるでしょうか?というか、言ったら言ったで、戦争になってしまいますよね……。そうなると、アルティシアちゃんも忙しくなってしまいそうですし……)」
そしてガベスタンの者たちについて報告するか否かを悩んだ小枝は——、
「(ま、何か起こりそうだったら、妨害しましょう!)」
——結局、報告するのをやめたようだ。以前、アルティシアの暗殺を防いだ時のように、自身が秘密裏に行動して、ガベスタンからの攻撃を妨害することにしたらしい。もしかすると、日本人特有の"事なかれ主義"が影響したのかも知れない……。
「(これでますますこの町から離れにくくなってしまいましたね……)」
昨日は町を離れるかどうかを考えていた小枝だったが、今では考えを180度変えて、しばらくはこの町で生活していくことを心に決めていたようである。アルティシアの存在もそうだが、魔女グレーテルを助けてしまったことも、その原因の一つで……。小枝は、自身の行動に伴う結果と責任を、意識しつつあったようだ。
ただ……。彼女はその考えを、すぐに改めたくなってしまう。
それは彼女が冒険者ギルドの前に来た時のことだった。
「……あなたがコエダ様か?」
「……お待ちしておりました」
2人の者たちがが、小枝の事を、ギルドの前で待ち受けていたのだ。
「……神父さんと、シスターさん?」
黒っぽい服装に身を包んだ2人は、共に協会関係者と思しき者たちだった。どうやら小枝は、この町の教会に目を付けられてしまったようである。
気になることはあるのじゃが……まぁ、良いか。