4日目-28
「(今日もGTMN料理とか、胃は無くてもリバースしてしまいそうです……)」うっぷ
地獄のような料理屋から解放された小枝は、最悪な気分で路地裏を歩いていた。ちなみに彼女は、GTMN料理を口にしたわけではない。いつも通り果実水しか飲んでいないので、悪くなっていたのは気分だけである。
この時、巷では、毎日のようにHealth Kitchenに出入りしている小枝の事を見て、とある噂が立ちつつあったのだが——、
「(可能ならもう来たくはありません……。皆さん、どうしてあんなにもGTMN料理が好きなのでしょう?)」
——GTMN料理が苦手な小枝自身はまったく把握しておらず……。後に混乱を招くことになるとは、気付いていなかったようだ。その話について追々することにしよう。
それはさておいて、小枝は急ぐように、路地裏を早足で歩いていた。人がいない場所を探して、現代世界に戻ろうとしていたのだ。
「(いつも路地裏から転移していますけど、そろそろ誰かに見つかりそうですよね……。もう、この際、どこかに家を借りてしまいましょうか?あっ……そういえば、今はお金がないのでした……)」
税金以外にゴールドの使い道が無いと考え、半ば自暴自棄になって、手持ちのゴールドをギルドに渡してしまった事を思い出し、今更になって後悔する小枝。それから彼女は、金策について考えるものの、今からどうにか出来るわけでも、数分で家を借りられるわけでもなかったので……。取りあえず次の日の目標にすることにしたようだ。
そして彼女は、今日も路地裏から、現代世界へと帰還した。
◇
ブゥン……
「ただい——」
「?!」びくぅ
「あっ……グレーテルさん。目が覚めていたのですね?」
小枝が現代世界の検疫室(?)に戻ってくると、そこにあった作業台の上では、グレーテルが眼を覚ましていた。彼女は、突然現れた小枝を見た瞬間、驚きのあまり身を引き、青いその眼を大きく見開く。
「コ、コエダちゃん?!」
「えぇ、小枝です。グレーテルさん、具合はどうです?どこか痛いところとかn——」
「あなたたち何者なの?!」
「えっ……」
グレーテルの視線と表情が、恐怖の色に染まっていることに気付いて、小枝は思わず言葉に詰まった。近くには姉もいて、事情の説明を受けているはず……。にもかかわらず、恐怖するとはどういうことなのか。小枝には理解出来なかった。
……いや、正確に言えば、理解出来なくはなかった。自分たちとグレーテルが住む世界は別の世界で、文明の進み具合もまるで違うのである。グレーテルからしてみれば、自分たちのことは、もしかすると宇宙人か何かのように見えているのではないか……。小枝はそんな予想を立てつつも、そうでなければいいと考えていたようである。それはつまり、現代世界の技術の粋を集めて作られた自分たちに対し、忌避感や恐怖を抱いている——つまり、嫌われてしまった、とも言い換える事ができるのだから……。
しかし、現状、小枝には、それ以外にグレーテルが恐怖を感じている理由に思い至れず……。その最悪の可能性を受け入れるほかなかったようである。
「……ごめんなさい、グレーテルさん。私たちが何者か分からなくて怖いというのは分かるのですが、私たちにグレーテルさんのことを傷付けるつもりはありません。むしろ、魔物のスタンピードで家に潰されて死にそうになっていたグレーテルさんを助けたくらいなのです」
小枝のその言葉に対するグレーテルの返答は、小枝が予想したものとは大きく異なっていたようだ。
「それならそうと言ってくれれば良いのに!」
「……えっ?」
「この人、何も言わないで、私のことを押さえつけて、じろじろと身体中見てくるのよ?!」
「…………」むすっ
「……あっ」
そして小枝は悟る。姉が酷く無口だったことを……。
「……姉様?」じとぉ
「…………!」びくっ
「どうして説明してくれないのですか?」
「…………」
「言葉に出して言っていただかないと、考えていることが通じないといつも言っているではないですか。姉妹の私たち同士なら何となく理解出来ますが、グレーテルさんは普通の人なのです。ちゃんと言葉で説明していただかなければ、まず通じませんよ?」
「……面目ない。緊張して、言葉が出なかった」
「子供ですか?!」
キラが無口だった理由が、あまりに酷かったためか、はぁ、と溜息を吐いて頭を抱える小枝。それから彼女は、肩を落としたまま、姉に向かってこう言った。
「グレーテルさんに謝罪してください。私からではなく、姉様から直接です」
その言葉に、キラはコクリと頷くと、グレーテルの方を向いて、そして言った。
「……申し訳ない」
「「えっ……それだけ?」」
「…………」かぁっ
そして再び黙り込むキラ。どうやら彼女は、相当な恥ずかしがり屋だったようである。
こうしてドタバタとした異世界生活4日目が終わり……。そしてそのまま5日目に突入した。