1日目-05
その後も、小枝が、のらりくらりと蟻たちの攻撃を躱し続けていると、そのうち蟻たちは疲れてしまったのか、あるいは飽きてしまったのか……。小枝たちに向けていた敵意を止めて、動かなくなってしまった。その隙を見て、ミハイルたちは馬車を走らせ……。蟻たちから距離を取ることに成功する。
このとき小枝も馬車に便乗させてもらったようである。馬車に乗って移動すれば、冒険者と思しき者たちから、この世界の情報を聞き出せる可能性が高かったので、しばらく彼らと行動を共にすることにしたのだ。
「えっと、皆様、お初にお目にかかります。わたくし、小枝という者です」
「……ミハイルだ」
「ジャック」
「クレアよ?よろしくね?」
「はい、よろしくお願いいたします」
小枝はそう言って冒険者たちに頭を下げた。
すると、もう一人、御者台に座っていた男性の方からも声が飛んでくる。
「俺は商人をしてるリンカーンだ。さっきは助かった。馬を操っていて振り向けないから、この状態で礼を言わせてほしい」
「いえいえ、何かしたつもりはありませんし、馬車に乗せて貰っているのはわたくしの方なので、お気にならさらないでください」
丁寧に返答しながら小枝が首を振っていると、3人の冒険者の中で一番背が高く、背中に槍を背負っていたミハイルが、小枝に対し質問した。
「なぁ、お前。本当に冒険者なんだよな?」
その言葉を聞いたクレアが、慌てて口を挟む。
「ちょっと、ミハイル?命の恩人にその言い方は無いんじゃない?」
すると今度は、ジャックが口を開いた。
「いや、クレア。俺も聞きたい。確かにあのとき彼女は、ジャイアントアントに挟まれたはずなんだ。なのに、ピンピンとしているどころか、あの顎をへし折ったんだぞ?こう言っちゃ失礼なのは分かっているが……アレが目の錯覚じゃないとするなら、同じ人間だとは思えない……」
対するクレアは、ジャックのその言葉に反論しようとしたようである。しかし、彼が持っていた疑問は、クレアにとっても気になることだったので……。彼女は申し訳なさそうに、小枝の方を振り向いた。その視線は、こう質問していたようだ。すなわち——小枝は本当に人間なのか、と。
実際、小枝は人間ではなかった。だからこそ彼女は、自身が人間であることをアピールしようとしたのだ。できるだけ戦闘に慣れていないように見せかけて、間違えて巨大蟻を殺さないよう気を配って……。
「(……やはり、あのとき気を抜いたのがいけませんでしたね……)」
小枝は自分の行いを思い出して後悔した。巨大蟻に挟まれた時にもっと気を配って回避していれば、今みたいに疑われることはなかったのではないか、と。……なお、自分が人間離れした動きをして、巨大蟻の攻撃を躱し続けていたことについては、自覚していないようである。
そんな後悔と同時に、彼女は現状を打破する言い訳を考えた。……ただ単に身体が硬い、と言うわけにもいかず。筋力でどうにかした、と答えるわけにも行かず……。
「(……八方塞がりですね……)」
自分が人間ではないことを認めるしか選択肢は無いのか……。彼女が諦めかけた時、妙案が彼女の頭に下りてくる。
「……あれは、偶然です。皆様が戦ってくれていたおかげで、顎にダメージが入っていたのでしょう。私を挟もうとして無理が掛かって、折れたのだと思います。というか、そうとしか考えられません」
冒険者たちが、巨大蟻の唯一の弱点とも言える口を狙って武器を振り回していたことは事実なのである。その際に顎にダメージが蓄積して罅が入りかけていたというのは十分に考えられる事だった。
だが、冒険者たちは、3人ともが顔を見合わせることになる。そこにはこんな理由があった。
「あのとき、バキッ、て聞こえたよな……」
「うん……聞こえた」
「俺も聞いたぞ」
巨大蟻の顎から聞こえてきた音は、どう思い返しても、固いものを無理に噛んで、折れた時の音だったのだ。
「いえ、あれは偶然です。ホントですって。こんなところで嘘を吐いてどうするのですか?」
と、必死に嘘は吐いてないことを主張する小枝。ちなみに彼女に嘘を吐いているつもりはない。……偶然、小枝が硬すぎたせいで、巨大蟻の顎は折れてしまったのだから。
その主張を前に、3人がどう思ったのかは定かでない。ただ、顔を見合わせた彼らの表情は暗いものではなく……。むしろ、苦笑が混じった明るいものだったようだ。
それ以降、冒険者たちが、小枝に対し、巨大蟻との戦闘でどうやって顎を折ったのか、という質問はしなくなったのであった。