4日目-27
飲み会(?)に参加したゲートリーは、小枝という人物に対する自身の評価を大きく変えようとしていた。それもそのはず、飲み会に参加したリンカーンやミハイルたちだけでなく、"Health Kitchen"の中にいた客や店員たち全員が、小枝に一目置いていたからだ。……まぁ、一目置くと言っても、その意味は様々だったようだが。
店にいた人々を見て、ゲートリーは悟ったのだ。自身はあまりにも小枝という人物を知らなすぎた、と。だからこそ彼は昨日、小枝のことをただの子供と見なして、彼女の事を無碍に扱ったのである。もしも今の彼が、昨日の自分の前に立つことができたなら、自身の愚行を必死になって止めに入っていたことだろう。それも、その手に握りこぶしを形作りながら、助走を付けて全力で……。
彼が小枝に対する自身の考えを変えようと思った理由はそれだけではない。自分たち商業ギルドが全滅させられそうになったことも然る事ながら、今日は今日で小枝がたった一人だけで魔物のスタンピードを抑えたという噂を聞いていて……。挙げ句の果てには、店の中の人々が、必死な様子で小枝の行動を止めようとしている様子を目の当たりにしたのである。これだけの状況を突きつけられたのだから、小枝に対する評価を改めない方が難しかったのだ。もしもこの期に及んで、未だに小枝の評価を改めない人物がいたとすれば、それはよほど物事に無関心な人物に違いない。
「……コエダ様」
小枝の"大声を上げる"発言によって張り詰めた空気の中、ゲートリーは、昨日の出来事を改めて謝罪しようとした。その発言は咄嗟のもので……。意図せず出てしまった発言だったようだ。
だが、彼はふと気付く。静まりかえったHealth Kitchenの中、自分の発言に——、
「「「…………?」」」
——その場に居た全員の視線が集中していることに。
「(……はっ?!これは……やってしまいましたか?!)」
小枝の暴挙を抑えるために皆が一斉に声を揃えたせいで、静まりかえった店の中。その中で声を発すればどうなるのか……。現状が結果を語っていた。
この状況の中で、彼が小枝に謝罪をするというのは、極めて困難なことだった。あまりに場の空気に合わな過ぎたのである。しかし、皆の視線はゲートリーに集中していて……。彼はその場で何かを言わなければならなかった。
「(どうする?俺……どうする?)」
ゲートリーは激しく悩んだ。若くして番頭に抜擢された彼は、これまでの経験と知識を駆使して、この場を乗り切る術を探そうとした。
ちなみに、彼は、この時、大きな問題を抱えていたようである。普段の彼なら恐らくは、まったく危なげなくこの危機を脱していたはずだが、今の彼にはそれが出来なかったのだ。
……彼はアルコールに弱かった。たった1杯でもアルコールを飲むと、途端に頭の回転が鈍くなり、思考の深度が浅くなっていくのである。いらぬ場面で余計な事を口にしてしまったのも、それが原因だった。
それからゲートリーは、ある選択肢を選ぶのだが……。それは彼にとって、最悪とも言えるものだった。……否、ある意味では、この町における彼の立場を大きく持ち上げるきっかけとなった、と言えるかも知れない。
「……こ」
「「「こ?」」」
「ここでの食事代は、俺が奢ります!」
「「「おぉ!」」」
「さぁ、みなさん!今日は食べて食べて食べまくりますよっ!うぇぇぇいっ!」
「「「うぇぇぇいっ!」」」
そして混沌に包まれるその場の空気。この時、小枝は、ゲートリーの行動を見て、こう思っていた。
「(……これが、噂に聞く飲み会なのですね。商人って大変です……)」
日中のゲートリーの言動からはまったく想像できないそのテンションの上がりように、小枝は思わず戸惑ってしまったようである。
なお、戸惑っていたのは彼女だけではなく——、
「(……俺、もしかして、大変な人を飲み会に誘ってしまったんじゃないだろうか……?)」
——ゲートリーを飲み会に誘ったリンカーンも、これからゲートリーが抱えるだろう巨額の支払金額を想像して、申し訳なく思っていたようだ。
その後、ゲートリーは、リンカーンの想像通りに、飲み会とは思えないほどの巨額の金額を請求されて、財政難に陥ってしまったようである。……そう。飲み会の費用が商会から下りなかったのだ。すべて彼の実費負担。その結果、彼は、飲み会の時のテンションとは真逆に、数日間に渡って消沈してしまったのだとか。それはもう、ゲートリーから"ゲッソリー"という名前に改名したほうが良いと思えるほどに……。
ただ、彼は結果として後悔はしていなかったようである。この日から、小枝の視線に敵意が無くなり、無事に賠償金も受け取って貰えることになったからだ。それだけでも、彼にとっては、大きな収穫だったに違いない。