4日目-26
「……どうしてこうなった」
ゲートリーは、現状を思い返して、思わず呟いてしまった。たとえそれが小枝の目の前であっても、彼はそう呟かざるを得なかったのだ。
と言うのも——、
「「「「かんぱーいっ!」」」」かこーんっ
——彼はなぜか、飲み会の席にいて……。そこでジョッキを握らされていたからだ。しかもその場には、あの恐ろしい小枝がいるのだから、なおさら彼には現状を理解するのが困難な状況にあったと言えるだろう。……尤も、小枝自身が飲み会に乗り気かというと——、
「(またこの店なのですか……。皆さん、ホントGTMN料理が好きですね?)」
——と、微妙なところだったようだが。
一行がやってきたのは、いつものGTMN料理屋"Hell's Kitchen"——もとい"Health Kitchen"。小枝とリンカーン、それにゲートリーがやってきた時点で、すでに店の中では、ミハイルたち"今日の晩ご飯はシチュー"のメンバーが待ち構えていて……。皆で、この町を救った小枝のことを祝おうとしていたようだ。
なお、小枝自身は英雄扱いを嫌ったために、大々的に彼女が魔物たちを退けたという発言は控えることになっている。その結果、一行は、ここ数日と同じように、ただ夕食を楽しむだけになっていたようだ。
「ほらほら!あなた!えっと……誰だったっけ?」
「……ゲートリーです」
「そうそう!ゲートリーさん!ほら、乾杯だよ?かんぱーい!」
と、陽気な様子でゲートリーに声を掛けたのは、シチュー3兄妹(?)の末の妹、クレアだった。彼女は最初の1杯ですでに酔いが回っていたらしく……。ノリノリな様子で、ゲートリーに乾杯を求めた。
「か、乾杯……」
カコン……
無理矢理飲み会に誘われたゲートリーは、頭の中で困惑を極めていた。自分がなぜこの場に呼ばれたのか、それが分からなかったこともそうだが、実は今の時間、彼は、勤務時間中だったのである。ゆえに彼は、エールを口の中に傾けながら、こんなことを考えていたようだ
「(……これ、付き合いの飲み会に参加したって言えば、納得して貰える……か?)」
勤め先のニルハイム商会に戻った時、部下たちや上司からの追求に、何と返答すれば良いのか……。商人という立場上、付き合いで飲み会に参加する回数が少なくなかった彼は、今回の飲み会も、小枝との親睦を深めるために飲むことになった、ということにしたかったようである。
しかし、彼にとって、その言い訳は容易ではなかった。なにしろ、彼の小枝に対する用事は、賠償金の支払いなのである。仲良くしたところで、支出は増えても、収入が増えるわけではなかったので、勤務中に飲み会に参加した十分な言い訳として通じるかどうか微妙なところだったのだ。
それでも、飲み会に参加してしまった以上、もはや事実を突き通すしか無かった。ゆえに彼は、この飲み会で、支出だけでなく、収入を得るための努力をすることにしたようだ。……すべては商会やギルドに戻った際の、自身の立場を確保するために……。
「皆さん、いつもこうしてお食事を?」
「そうだよー?ほら、ゲートリーさんも!これどうぞ?」
と言って、ゲートリーに対し、GTMN料理——それも、白い芋状の何かを差し出すクレア。
小枝はその様子を、静かに観察していたわけだが——、
ブチッ……
「ほう?これは中々に美味しい!」
——ゲートリーのその発言を聞いて、内心で幻滅していたようである。
「(うわぁ……あれって……あれですよね……)」
どうやらゲートリーが、その場の空気を読めば読もうとするほど、小枝との距離は加速度的に遠ざかっていく運命にあるようだ。
しかし、ゲートリーがそのことを知るすべては無かった。何しろ、同じテーブルに付いていた小枝以外の全員が、美味しそうに料理を頬張っていたのだから。
彼らのテーブルだけではない。店の中に居た者たち全員が、白い湯気の上がる大量の料理を前にして、明るい表情浮かべたり、笑い声を上げたりしながら、美味しそうに食事を摂っているのである。建物の中にいる全員が幸せそうで……。ゲートリーもまた、自然と表情を綻ばせた。
「…………」げっそり
「……?どうされたのですか?コエダ様」
「……いえ、何でもありません……」
どこからどう見ても、何でもないようには見えない小枝の様子を見て、ゲートリーは心配になる。ただし、彼が心配したのは、料理が小枝の口に合わないかもしれない、ということではない。
「もしやコエダ様、具合が悪いのですか?」
小枝のゲッソリとした表情が、ゲートリーには具合が悪そうに見えたのだ。恐らくは他の者たちにもそう見えていたことだろう。もしも小枝の口に料理が合わないと思っているなら、彼女の事を毎晩のようにHealth Kitchenに誘うことは無いはずなのだから……。
クレアはその代表格と言えるだろう。
「コエダちゃん!コエダちゃん!調子が悪い時に食べる料理があるよ?はいこれ!」
「……なんですか?このつぶつぶ……」
「タマゴだよ?すっごく栄養があって、食感も良いんだから!」
「……ちなみに何のタマゴです?」
「…………」すっ
何も言わずに、小枝からゆっくりと視線を逸らすクレア。やはり、彼女も、自分が食べているものがGTMN料理である事は認識できているようである。それでも彼女がGTMN料理を食べられるのは、冒険者として慣れたから——いや、麻痺したからなのだろう。
そんなやり取り(?)をしていると、ミハイルとジャックが、今日のことを振り返りながら、小枝に話を振る。
「今日は助かったよコエダちゃん」
「俺は見てなかったけど、ミハイルから聞いたぜ?凄かったってな!何がどう凄かったのかは聞いてないが、魔物の死体が残ってないって話だから……そのくらい凄い戦いをしたんだろ?こう、千切っては投げ、千切っては投げ、って感じでな」
「いえ、大声で叫んだら魔物が全部逃げていっただけです。試しにここで叫んでみますか?」
「「「「「「やめろっ!」」」」」」
「えっ……」
ミハイルたちだけでなく、店に居た全員から上がる声。どうやら皆、さりげなく、小枝たちの会話に耳を傾けていたようである。




