1日目-04
「魔女って……いえ、違います!私は通りすがりの……(そういえば、何て名乗りましょう……)」
ミハイルの指摘に、小枝は一瞬戸惑った。自分は何者だと答えれば良いのか、すぐに出てこなかったのだ。町娘、村娘、迷子、記憶喪失で徘徊中……。短い時間で色々考えてみたものの、どれも適切であるとは思えなかったようだ。
ゆえに彼女は、まるで決まり文句のように、こう答えた。
「……冒険者です」
そう答えれば、きっと納得してくれるはず……。小枝は出所不明の自信をもって確信する。
しかし、ミハイルたちから見る限り、小枝の発言は冗談としか思えなかったようだ。小枝は、森を歩くにはそぐわない服装をしていて、さらに言えば、12歳くらいの子どもにしか見えない背格好なのである。どこからどう見ても、冒険者には見える訳がなかった。
ゆえに、ミハイルたちは、反論の声を上げようとした。ところが、巨大蟻からの攻撃が激しく、小枝の対処まで注意を割けず……。結果、彼らは苦々しい表情を浮かべながら、巨大蟻への対処に集中した——いや、集中せざるを得なかった。
そんな彼らの反応が、まるで自分を無視しているように思えたのか、小枝はぷくーっと頬を膨らませた。そしてその足を、ミハイルたちの方へと進ませる。
ゆらり……
彼女の身体がブレる。巨大蟻と巨大蟻の隙間へと身体を滑らせ、雑踏の中を歩くかのように難なく通過し、蟻たちに囲まれていたミハイルたちがいた空間へと入り込んだ。そこで彼女は、上目遣いのまま、ミハイルに対し、こう言って迫る。
「冒険者です!……志望ですけど」
そんな彼女の行動が意外すぎたのか、ミハイルたちは思わず面食らった。巨大蟻がいないかのように近付いてきた挙げ句、何をしに来たかと思えば、冒険者アピールをしにきただけ……。その瞬間、彼らの疑念は高まった。……やはりこの少女はただ者ではない。魔女なのではないか、と。
魔女だから巨大な蟻の魔物に攻撃されない。魔女だから異様な服装をしている。魔女だから……。ミハイルたちの脳裏で、小枝に対する脅威度が加速度的に上昇していった。
その時だった。蟻の1匹が、小枝の身体をその強靱な顎で挟み込んだのだ。硬い木すら切り裂いてしまうその顎に挟まれたが最後。柔らかい人間など、ひとたまりもないだろう。
小枝が巨大蟻の顎に挟まれた瞬間、ミハイルたちの目に映る景色はゆっくりと時間が流れているように見えていた。彼らは、これから起こるだろう惨劇を嘆き、自分たちが小枝を守れなかったことを後悔したのだ。
それと同時に、ミハイルたちは、考えを改めた。……この少女は、蟻たちから攻撃を受けなかった訳ではなく、今まで単に運が良くて、攻撃されていなかっただけ。本当は魔女などではなく、ただの子どもだったのだ、と。
ただ、それも一瞬のこと。彼らが小枝を庇うよりも、あるいは彼女に対して謝罪の言葉を口にするよりも早く、時は無情にも過ぎ去っていく。
バキバキバキッ……
小枝の脇腹から異様な音が鳴る。何か固いものが折れたかのような破滅音。その音がどこから響いてきたのかを考えたミハイルたちは、思わず顔を青くしてしまった。
……まぁ、その当の本人は、違う意味で顔を青くしていたようだが。
「……あっ、ごめんなさい!避けるのを忘れていました……」
自身を挟み込んだ巨大蟻の顎。それが、無残にも折れて地面に転がっている様子を見て、小枝は申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。そんな彼女の姿が巨大蟻の目にどう映ったのかは定かでないが、顎の折れた蟻が、小枝を警戒するように後ずさっていく。
一方、他の蟻たちは、仲間がやられたと認識したらしく、標的をミハイルたちから、小枝へと変え始めた。残った4匹が、激怒した様子で、小枝に噛みつこうと殺到する。
しかし、回避することに意識を置いた小枝に噛みつくことは出来なかった。彼女は、ただ数cm、あるいは数mmしか動いていないというのに、迫り来る蟻たちの顎をいとも簡単に逃れ続けたのだ。
ガチンッ!ガチンッ!
巨大蟻たちの顎が空を切る。その音はまるで巨大なハサミが開閉を繰り返しているような音で……。生身の人間なら、少しでも触れれば大怪我をしてもおかしくなかったが、小枝にとっては脅威でも何でもなかったらしく、終始涼しい表情を浮かべていたようだ。
そして小枝は、何事も無いかのように軽く身体を動かしながら、その場にいたミハイルたちにジト目を向けつつ、彼らに対して訂正を求めた。
「……さっきも言いましたけど、私は冒険者志望の者で、魔女なんかじゃありません!訂正して下さい!」
「「「お、おう……」」」
「え、えぇ……」
「分かってくれれば良いんです、分かってくれれば……」
納得げに頷きながらも最低限の動きで蟻たちの攻撃を躱し続ける小枝を見て、ミハイルたちは驚きとも困惑とも言えない表情を浮かべた。いったいこの少女は何者なのか……。ミハイルたちは小枝の戦闘を観察しながら、様々な可能性について考えたようだ。
尤も、彼らが正しい答えに辿り着くことは、遠い未来の最期の日まで、遂に無かったようだが。
もうすこし文量を増やしたいのじゃが、日々のスケジュール的に厳しいのじゃ……。