4日目-17
「(なるほど、これが魔法陣……)」
黒服の者たちに紛れながら、小枝は地面に書かれた魔法陣を観察していた。彼女が見ていた魔法陣は、直径が20m程の巨大なもので、ボンヤリと青白く輝いていたようである。黒服の者たちの話を聞く限り、この魔法陣が、"魔女の森"の魔物たちを暴走させた原因らしい。
「(書かれている文字は……へぇ……アルファベットなのですね?)」
丸い魔法陣は、まるで回路図を描くかのように、銀色の粉を使って描かれていたわけだが、その内部に書かれていた文字は、まさかのアルファベットだったようである。行書体で描かれたアルファベットがお互いに繋がっていて、それが迷路のように張り巡らされた太い線に接続されている……。それを例えるなら、まるでイルミネーションの回路。実際、銀色の粉を通じて、何かしらのエネルギーの伝達を行っているのだろう。ちなみに、魔法陣の中に書かれていた単語の羅列にこれと言って意味はなく、バラバラに文字が書かれているだけの、意味不明な文字列だったようだ。
「(電源から線を切ったらどうなるんでしょうね?)」
そう思い立った小枝は、行書体の端——具体的には外枠と文字が繋がっている部分を探し始め……。程なくして、その一点を探し当てる。
そして小枝は、その部分を、地面に落ちていた木の枝を使って消した。
「(…………)」ごしごし
銀色の粉が掻き消えた——その瞬間だった。
ブォォォォン……
小枝が太枠から切断した文字列(?)の部分だけ、青白い光が失われた。その様子は、まさに、電源が切れたイルミネーションそのもので……。黒服の集団も——、
「「「?!」」」
「異常発生!魔道士班は直ちに魔法陣の修復作業に入れ!」
——と、すぐに気付いて修復作業に入った。ただ、混乱しているという様子ではなく……。元から何か異常が生じることを想定しているような行動だった。おそらくは、これまでにこういった異常事態の経験が何度もあるか、あるいは対策のための訓練を重ねてきたのだろう。
それから程なくして、黒服の者たちは魔法陣の故障部分(?)を発見する。
「サプライラインが切れてる……」
「蛇か?」
「ハイリゲナートの工作員が入り込んだ……可能性は無いか」
効果的に魔法陣が無効化されていたためか、彼らはハイリゲナート王国(ブレスベルゲンが所属する国)の工作員が入り込んだのではないかと考えたらしい。しかし、彼らが工作員の姿を確認する事は出来ず……。蛇のような動物が偶然その場の地面を這って、魔法陣を破壊したのだと判断したようだ。
小枝はその様子を、堂々と人影に紛れつつ観察する。
「(工作員、ですか……。なんか、こういうの……わくわくします!)」
小枝はそんなことを考えて、目を輝かせるのだが……。すぐに現状を思い返し、考えを改めた。
「(……ですが、楽しんでいる場合ではありませんね。こうしている間にも魔物たちはブレスベルゲンに向かっているはずです。一刻も早く魔法陣を——)」
そして彼女は気付く。
「(でも……どうして私、ブレスベルゲンのことなんか考えているんでしょう……?)」
この世界に来たばかりの頃、彼女は、この世界に住まう人々のいざこざに首を突っ込まないつもりでいたのだ。それが気付くとブレスベルゲンの町や、そこに住む人々の事を心配していて……。こうして彼女は、町や皆のことを救うために、魔法陣を消そうとしているのだ。ここに来る途中に助けた魔女グレーテルも、その一環と言えるかも知れない。
その事実に気付いた小枝は、ふと考えた。……もしかして自分は変わってしまったのだろうか、と。
「(これが、冒険者をその場に縛り付けておくための国の政策の効果、なのでしょうか?それにしては、ずいぶんと理不尽な扱いしか受けていませんけど……)」
一体、何が自分の考えを変えさせたのか……。しかし、彼女が考える限り、町では自分にとってポジティブと言えるような出来事は起こっておらず……。考えが変わった理由に辿り着くことは出来なかったようである。
「(まぁ、いいです。ワルツの情報を集めるためにも、しばらくはブレスベルゲンにいるつもりなのですから)」
妹のため、と結論づけた小枝は、迷うことなく行動に出た。ただし、どこかにいるような工作員のように、そっと静かに活動を開始した、というわけではない。
「…………?!誰だ!」
「敵襲だ!」
「敵が来たぞ!」
一斉に声を上げたガベスタンの者たちの反応通り、小枝は堂々と魔法陣の前に姿を見せたのである。そこで彼女は、ガベスタンの者たちに向かって、恭しく挨拶を始めた。
「こんにちわ、皆様。私は通りすがりの冒険者です。あらかじめ言っておきますが——人間ですよ?」
次の瞬間だった。
ブゥン……
小枝の両脇の虚空から、突然、真っ白な巨大な板のようなものが2対現れる。その姿は、見る者が見れば、"翼"と表現したかも知れない。
一見すると一枚の板のように見えるその白い物体には、切れ目のようなものが薄らと数本入っていて……。小枝が上げた手の動きに合わせるかのように——、
ウィィィィン……
——という動作音と共に変形すると、まるで巨大な手のような見た目へと変わってしまった。
その巨大な手は、小枝の機動装甲の両翼。彼女は変形する翼だけを、その場に顕現させたのだ。
突如として現れた巨大な手を前に、黒服たちは固まってしまった。いや、その光景を見る前から、半数以上の者たちは固まっていたと言えるだろう。なにしろ彼らの前に現れた少女は、見たこともない鮮やかな赤い服を着ていて、森の奥地にやって来るとは到底思えない人物だったからだ。その際、彼らの目には、小枝のことがこんな風に見えていたに違いない。
……魔女が現れた。無断で森に入った自分たちを懲らしめるために、恐ろしくて醜い魔女がやってきたのだ、と……。
そんな黒服の者たちの反応に、小枝はニッコリと笑みを浮かべてから——、
ウィィィィィン!!
ドゴォォォォッ!!
——自身の巨大な手を使って地面を掘り起こし、魔法陣を影も形も残らないほどに消し去ってしまったのである。それもたったの一撃で。




