4日目-13
小枝が立ち去ったギルドの中では、彼女の事をよく知らない冒険者たちが、巷に出回っていた断片的な噂を燃料にして、こんな会話を交わしていた。
「どう考えたって、タイミングが合いすぎだよな……」
「コエダって奴か?あぁ……。アイツが不意に現れてから、すぐにスタンピードだ。確かに何かありそうだ」
「奴は、魔女の森を一人で抜けてきたって話じゃねぇか。実は……魔女の森の"魔女様"だったりしてな?ファッファッファッ!」
「「「いやいや、まさか」」」
小枝がやってきたタイミングと、スタンピードが起こったタイミング、そしてスタンピードに対処する依頼を受けること無くギルドを出ていったこと……。それらは冒険者たちに疑念を植え付けるのに十分な効果を持っていた。構図としては、小枝がスタンピードを呼び寄せて、町を危険な状況に陥れながらも、何もせずに去って行ったようにも見えていたのだから……。
その噂は、小枝のいなくなった冒険者ギルドの中で、スチールウールに火を付けるかのごとく、じわじわと広がっていった。噂を聞いた冒険者たちの反応は、疑い3割、納得4割、そして否定3割。疑う者たちと納得する者たちを合わせると7割にも達していて……。いよいよ噂というレベルで片付けられないほどの、真っ黒い煙を立て始めていたようだ。
そしてその噂は、現冒険者ギルドのトップであるダニエルの耳にも入ることになる。
「おい!ちょっと待て、お前ら!その話をどこで聞いた?」
彼は、近くに居た冒険者たちが噂しているのを偶然耳に入れて、彼らへと詰め寄った。この時、ダニエルは、噂がすでに冒険者たちの間で広まってしまっていることを、ようやく察することになる。
そして彼は顔を青ざめさせるのだが……。その顔色は、小枝の身を慮ってのことではない。
「(拙い……。拙いぞ……。またコエダ様が——いやこのギルドが厄介事に巻き込まれそうだ……。どうして毎日毎日こうなるんだ?あー、胃が痛い……)」
毎日どころか、数時間に1回の割合で厄介事に巻き込まれる——否、厄介事を引き起こす小枝のことを考え、ダニエルは頭を抱えた。だが、今回の件に限り、彼は、この窮地(?)を脱するための妙案を思い付く。
「……これだ」
「えっ?コエダ?」
「カトリーヌ。それとなく噂を流して貰いたいんだ。コエダ様はギルドの依頼を受けて森の調査に出かけた、ってな」
小枝が依頼を受けずに森へと向かったことが噂の根底にあるというのなら、そこにギルドが介在したという噂を同時に流すことで、小枝に対する悪い噂を中和できるのではないか、とダニエルは考えたのだ。
「……例の噂を聞いたのね?」
「あぁ。もしもこの噂がコエダ様の耳に入ると、またギルドを潰されかねん。……斜め向かいの商業ギルドのように、な」
「……わかったわ」
カトリーヌは一切反論をすることなく、ダニエルの依頼を受け入れた。それから彼女は、他の受付嬢とも指示を共有して、それとなく情報を流していった。
その結果、小枝に対する噂は、ダニエルの意図通り、収束へと向かったようである。しかし、その代わりに、異なる噂が立ってしまうことを、ダニエルたちは想像していなかったに違いない。
いままでは小枝がスタンピードの原因とされてきたわけだが、そこに小枝が関係していないとなると、"小枝"という人物が不在になった噂はどう変化してしまうのか。……つまりこうなるのである。
「スタンピードの原因はコエダって奴じゃないらしいぞ?」
「じゃぁ、何が原因なの?」
「……魔女だよ、魔女。あの森に住んでる魔女が、魔物を焚き付けたんだ」
「その話、俺も聞いたぜ。見た目も中身もすげぇ醜い魔女が、町の人間に嫉妬して、魔物を暴走させたんだってよ」
噂の中から"小枝"という名前が外れた結果、"魔女"という単語が填まり込んでしまったのだ。
そして、魔女という未知の存在は、あまりに噂と親和性が高すぎた。小枝の場合は、良くも悪くも、圧倒的な力が彼女に対する噂を押さえ込む抑止力のようになっていたのだが、魔女の場合はそれが無く……。元々、嫌厭される存在だったせいか、"魔女がスタンピードの原因"という噂が冒険者たちの間で急速に広まってしまったのだ。
ダニエルがその噂に気付いた時には、すでに何もかもが遅かった。噂は冒険者ギルドの外にまで広がっており、手の施しようがない状態にまで広まっていたのだ。
「……拙いな……」
ダニエルは、今にも討伐隊を編成しそうな冒険者たちを前にして、腹部を擦った。幸いだったのは、彼が冒険者たちの行動について管理できる立場にあったことだろう。もしも彼がスタンピードに備えるための"ギルドの依頼"を出さずに、冒険者たちを野放しにすることになっていたなら、おそらく悲惨な結末を迎えていたに違いない。
なにしろ、小枝が向かった先は、森の中で暮らす魔女グレーテルの住処。もしも冒険者たちが、グレーテルの捕縛にやってきたとなれば、小枝が黙っているはずはなかったのだから……。
今年もこれで終わりなのじゃ。
果たしていつまで書き続けられるじゃろうか……。