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4日目-12

「……かつてこの町は、魔女の森で発生する魔物のスタンピードに何度も襲われて——」


「ちょっとそれ長いの?」

「後ろつっかえてんだよ!」

「長々と話してんじゃねぇぞ!こら!」


「あ゛ぁ゛?」びきびき


「「「…………」」」しーん


 スタンピードが起こるかも知れない現状、ギルドの中はざわついていた。そのせいで、冒険者たちは、遅々として手続きが進んでいなかったカトリーヌに苛立ちをぶつけたわけだが……。冒険者たちは、カトリーヌの凄んだ表情を前に、絶句するほか無かったようである。それほどまでに彼女の表情は——いや、この話はやめておこう。


「……えっと、どこまで話しましたっけ?」


「いえ、まだ何も……」


「あれ?そうでしたか……。まぁ、とりあえず、以前から当ギルドでは、準備を進めていたのです。対処のためのマニュアルも作られているんですよ」


 と言いつつ、カウンターの下から、辞典のようなものを持ち上げるカトリーヌ。どうやらそこにスタンピードが生じた際の対処方法が記載されているようだ。


 小枝はそのマニュアルに目を向けながら、どこか不思議そうな表情を浮かべて、カトリーヌに問いかける。


「何度も起こったのでしたら、原因なども判明しているのではないのですか?だったら、原因を取り除いてしまえば良いのに……」


 と、口にする小枝に対し、カトリーヌは眉間に皺を寄せて首を振る。


「それがまだ分かっていないんです」


「まだ分かっていない?」


「はい。発生のタイミングが一定というわけでもなければ、特別に強い魔物が森に入り込んだという情報があるわけでもなく、ある日、突然、急に魔物たちが騒ぎ出して、その数日後にスタンピードが起こるんですよ。私たちに分かるのは、スタンピードが起こる前兆だけで、それがどうやって起こるのかまでは把握できていないのです。それに、スタンピードが起こるかも知れないとなると、ギルドは総出で事態の収拾に当たらなくてはなりませんし——」


「つまり、調査している暇は無い、と?」


「そうです。周囲の村や集落への注意喚起や、長時間森で活動している冒険者たちへの声かけ、あるいは近くにある迷宮への通達や、町自体の閉鎖作業——」


 と、そこまでカトリーヌが口にしたところで、小枝は彼女の言葉を遮って思わず問いかけた。


「ちょっと待って下さい!今の"迷宮"って何ですか?」


 どうやら小枝には、物語の中などでしか聞いたことのない"迷宮"というものが何なのか理解出来なかったようである。


 小説などの中で語られる迷宮の多くは、例えるなら巨大な蟻の巣のようなもの。階層構造に分かれていて、その階層ごとにフロアボスと呼ばれる魔物が攻略者を待ち構え、それを倒すとアイテムが手に入る、というゲーム的な設定であること多い。


 しかし、実在するとなると、単に人間だけを相手にフロアボスを仕向けたり、人間だけしか使えないアイテムを生成したりするなど、あまりに不自然で……。かなり高度な知性が介在しない限りあり得ないことだった。


 ゆえに小枝は、ゲームライクな迷宮というものの存在が俄には信じられず、思わず聞き返してしまった訳だが……。そんな小枝に対するカトリーヌの返答は——、


「……今、迷宮の話を始めると、コエダ様の後ろにいる方々の視線を無視できなくなりそうなので、また今度でお願いします」


——というものだった。そう、今は、迷宮のことなどより、魔女の森のスタンピードをどうにかしなければならないのだから。


「……まさかとは思いますが、迷宮からもスタンピードが起こったりするのですか?」


「えぇ、たまにありますよ?」


「えっ……」


「ただ、あちらは、時期が決まっていますから、迷宮でスタンピードが生じた時はお祭り騒ぎになるんですよ。収穫祭と呼ばれています」


「(まーた、GTMN料理ですか……。迷宮がスタンピードを起こした時は、近付かないようにしましょう……)」


 小枝はそんな予想を立てた直後、ふと不安に襲われる。魔女の森でのスタンピードでも、収穫祭と似たような事が起こるのではないか、と思ったのだ。


 ゆえに彼女は、内心で慌てながら、カトリーヌたちギルド職員に何か厄介事を押しつけられる前に、撤収することにしたようだ。


「……ちょっと森の様子を見てきます」


「えっ?コエダ様ならすごくお強いので戦力に——」


「ちょっと、森の様子を見てきます」ゴゴゴゴ


「は、はあ……」


「逃げるわけではありません、森に行ってなぜ魔物たちが騒ぎ出したのか、その理由を探ってこようと思うのです」きりっ


 もっともらしくそう口にする小枝に対し、カトリーヌは何も言えなかったようだ。スタンピードが起こった場合、町の防衛のために徴用できる冒険者はCランクから……。つまり、Eランクになりたての小枝の行動の手綱を、ギルドが無理やり握るなど、現在のルールの下では出来なかったのだ。


 そしてなにより、カトリーヌは、小枝の行動を止められなかった。否、止めたくなかった。カトリーヌにとって魔女の森のスタンピードは——実のところ、家族の命を奪った憎むべきもの。もしもその原因が突き止められるというのなら、彼女としても喜ぶべき事だったのだ。


 結果、小枝は、森へと向かうことになった。しかし、その行動は、小枝が考えているよりも大きな影響を生じさせていて……。強い力を持った彼女が戦線を離れることに、少なくない者たちが、あらぬ噂を立てる原因になってしまうのである。


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[良い点] 74/74 ・「ちょっとそれ長いの?」 「後ろつっかえてんだよ!」 「長々と話してんじゃねぇぞ!こら!」 ↑ なろうで初めて見たかも。こういうの意外と見ないんですよ。 [気になる点] …
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