4日目-11
「……コエダ様。その話、もう少し詳しく聞かせて貰えないだろうか?」
ダニエルのその言葉に、小枝は人知れず頭を悩ませた。魔物が普段と異なる動きを見せていると教えてくれたのが、魔女の森の主であるグレーテルだと明かしても良いのかどうか心配になったのだ。
というのも、この世界に来て初めて会った冒険者であるクレアたちは、明らかに"魔女の森"の主に対して忌避感を抱いている様子だったのである。それを考えると、冒険者ギルドの職員であるダニエルたちも同じ考えを持っている可能性が高かったので、不用意に事情を明かすのは危険ではないかと考えたのだ。
理由はそれだけではない。
「(この展開で魔女の話を出せば、グレーテルさんが何かをしたと疑われてしまうことでしょう。あのときの彼女の心拍や血圧から察するに、魔物の接近に気付いてストレスを感じているのは間違いない様子でしたから、今回の件は、彼女と無関係のはずです)」
小枝は、ダニエルたちに下手なことを言うことで、地球と同じような"魔女狩り"に発展するのではないか懸念していたのだ。
ゆえに彼女はこう返答することに決める。
「……魔物たちは、北西から南東に向かって移動をしているようでした」
グレーテルに関しては一切何も言わずに、ただ目撃した事実だけを口にすることにしたのだ。
「私がいたのは火炎草が自生する崖ですから、方角的には……」
「……真っ直ぐにこのブレスベルゲンに向かって移動している、ってことか……」
「途中で追い抜いたので、この町を目標に移動しているとは言い切れませんけれどね」
と、小枝が何気なくそう口にすると……。ダニエルがふと眉を顰める。
「途中で……追い抜いた……?そういえばコエダ様はどうやって短時間で火炎草を採取してきたんだ?」
「……気合いです」
「気合いでどうにかなるなら、みんなそうしているだろうよ……」
「と、とにかく気合いなんです。大抵のことは気合いでどうにかなります。貴方も先ほど見ていたのではないのですか?私が試験管を気合いで作っていた姿を」
「あれ、気合いで作っていたのか…………分かった。そういうことにしておこう」
ごく頻繁に人間離れした行動をする小枝の事なので、また何か異様なことでもしたのではないか……。そう予想を立てたダニエルは、考えることをやめたようである。どうやら彼は、小枝との接し方を理解してきたようだ。
◇
その後、ギルドマスターたるダニエルは、冒険者たちに対して、緊急の依頼を出した。依頼の内容自体は、魔女の森で起こった異変を調査する、というもので……。単一の依頼ではなく、いくつかの種類に分かれていたようだ。
例えば、森の中で異常に魔物の密度が高くなっている箇所が無いかを探すというもの。もしも森の中にいる魔物たちが暴走して森の外に出てくるというスタンピード現象が起こるというのなら、その前触れとも言える現象が、どこかで生じているはずなのだ。それを急いで調査して、報告するというものである。これには移動速度に自信のある冒険者が選ばれたようだ。
あるいは、スタンピードが起こっているということを前提に、犠牲になっている者、あるいは犠牲になりそうな者がいないかを探し、救助活動を行うというものもあった。事が起こってから動いたのでは遅いので、事前に対策しようというわけである。
そんなダニエルの判断は、小枝から見る限り、妙に手際が良いように見えていた。ここまでの小枝に対する冒険者ギルドの反応からすれば、小枝の証言をギルドが信じるわけも無く……。場合によっては確実にスタンピードが起こったということを確認した後、手遅れの状態になってから動くという可能性すらあったのだ。にも関わらず、彼らは小枝の証言を信じて、行動を始めたのである。それが小枝には不思議に思えてならなかったようだ。
どうやら、魔物のスタンピードを、前から予想していたらしい。ゆえに彼女は、忙しそうなダニエル——ではなく、暇そうな(?)受付嬢のカトリーヌに向かって問いかけた。
「カトリーヌさん。もしかして……今回のスタンピードの件、かなり前から予想されていました?」
「……どうしてそう思われたのですか?」
「……一新人でしかない私の言葉を信じたこともそうですが、あまりに手際が良いように思うのです。ダニエルさんの手腕がすごいだけだと言われてしまえばそこで終わりですが、普通は対応に困るのではないかと……。アレが必要、コレが必要、何か足りないモノは無いか、って……」
「なるほどね……」
小枝の説明を聞いたカトリーヌは、納得げな表情を見せた。どうやら彼女は、小枝の観察眼について、純粋に感心しているらしい。
それからカトリーヌは、窓の外へと遠い視線を向けた後……。ギルドの初動が早かった理由について、説明を始めたのである。