4日目-8
「へぇ、こんなところに建物が……。でもお菓子の家じゃないんですね?一人で暮らしていて、魔物とかに襲われませんか?」
「あなたの言ってることが時々分からなくなることがあるけど……まぁ、確かに、魔物に襲われることが無いわけではないわ?でも滅多に無いわね。その辺に魔物避けの薬を撒いてるし」
火炎草の生える断崖絶壁で、衝撃的な出会い(?)を果たした後、小枝とグレーテルは魔女の森へと戻ってきていた。
森の中には、崖からも街道からも見えない場所に、ひっそりと一軒家が建てられていて……。そこでグレーテルは1人で暮らし、日夜研究に励んでいたようである。
そんな家の中で、2人は世間話を交わしていた。断崖絶壁で、エクストリーム世間話(?)をするというのもどうか、という話の流れになって、近くにあるグレーテルの家まで行って、ゆっくりと話をするということになったのだ。
「魔物避けの薬?……まさか!」
「(この子……ようやく私が魔女だってことに気付いたのね?)」
そう、グレーテルは研究者であると同時に魔女。彼女としては、楽しそうに話す小枝がいつになったら自分の正体に気付くのかと、ドキドキしていたようだ。
というのも、グレーテルは、自分たち"魔女"が、皆から嫌われたり怖がられたりする存在だということを知っていたのである。だからこそ彼女は、自分のことを怖れず会話に付き合ってくれる小枝に対して、決して小さくな興味を抱いていた訳だが——、
「(こうして普通の人同士のようにお話をするものお仕舞いね……)」
——気付かれてしまった今、これからも普通の会話が出来るとは思えなかったようである。
ゆえに、彼女は内心で残念に思ったわけだが——、
「なるほど……グレーテルさんはお強い方なのですね?」
「えっ……?」
——どうやらグレーテルの予想は大幅に外れていたらしい。
「ものすごくキツい臭いを放つ魔物を狩って、その体液を抽出して、この建物の周りにばらまいているのですよね?強い魔物の尿や臭腺は、縄張りを主張するのに使えそうですからね」
「……もしかしてだけど、コエダちゃんって、同業者?」
「えっ?グレーテルさんも冒険者だったのですか?」
「…………いえ、なんでもないわ」
小枝の返答を聞いたグレーテルは、余計なことを聞いてしまったと言わんばかりの様子で、用意した茶を口の中に含んだ。
すると、その様子を見ていた小枝は、ニッコリと嬉しそうな笑みを浮かべると……。自身の前面に重力障壁を展開しながら、おもむろにこう呟いた。
「……えぇ、分かっていますとも。グレーテルさんは、魔女なのですよね?」
「ブフッ!」
「…………」ニヤッ
「ちょっ、あんた?!いまの、わざとやったわね?!」
と、あまりに"魔女"と発言するタイミングが良かったせいか、茶を吹いてしまい、小枝に憤慨するグレーテル。
そんな彼女に向かって、小枝は「まぁまぁ」と手のひらを見せると……。なぜタイミング悪く(?)魔女と指摘したのかについて、説明を始めた。
「なんというか……グレーテルさんを見ていると、生き別れた妹のことを思い出してしまうのです。隠し事があると、すぐに分かっちゃうっていうか……。それでイタズラしたくなっちゃったんです」
「全然意味分かんないわよ。っていうか、ちょっと待ちなさい。あなたのその年齢で、生き別れた妹って、相当小さいんじゃない?!私を見て思い出すってどういうこと?!」
「あー、なるほど。そういうことですか……。まずですね、グレーテルさん。貴女は私の年齢を勘違いされているのではないですか?」
「勘違い?って、まさか……見た目通りの年齢じゃないってこと?」
「ちなみに何歳だと思います?」
「その様子じゃ、図星なんでしょうね…………40歳くらい?」
「……なるほど。これが殺意の衝動……!」ゴゴゴゴゴ
「この質問の答えさ……どんなことを言ったとしてもダメよね?」
若く言い過ぎたとしても、地雷が待っているはず……。グレーテルは確信していた。だからこそ彼女は、高めの年齢を言ったのだが、そちらにもまた地雷が待っていたようだ。
対する小枝も、さすがに理不尽だと思ったのか……。彼女は大人しく、自分の年齢を口にすることにしたようだ。
「18歳です」
「なんだ、同い年か……」
「えっ?」
「……なにその反応?一応聞いておくけど、私の年齢、何歳くらいだと思ったの?」
「……黙秘権ってあります?」
「無いわ?当然よね。さぁ、ほら、さっさと言いなさい?許容値以内なら極刑だけは勘弁してあげるから」
「……おっと、誰か来たようですよ?」
「誰も来てないわよ!」
目を泳がせながら話を誤魔化そうとする小枝に対し、ジト目を向けるグレーテル。
しかし、来客が来たというのは間違いではなかったようだ。まぁ、合っているわけでもなかったようだが。
ミシミシミシ……
カサカサカサ……
ドスンッ、ドスンッ……
グレーテルが滅多に近付かないと言っていたはずの魔物たちが、彼女の家のごく近くを通過していったのだ。
その様子を窓から眺めつつ、グレーテルは眉を顰める。
「おかしいわね……」
「魔物避けの薬の効果が切れたのではないですか?」
「そんなはずないわ?今日だって朝に撒いたばかりだし、雨なんて降ってないし……」
「鈍感な魔物さんが偶然通りがかっただけとか?」
「鼻が悪い魔物なんて、この森にはいないわよ。強者の臭いが分からない弱い魔物は容赦なく喰われる、っていうのがこの森の掟なんだから、その命綱でもある嗅覚を捨てるような魔物なんて、この森では生きていけないもの」
「なるほど……。じゃぁ、何かあったんですかね?」
「何か……」
グレーテルはそう呟いて考え込んでから——、
「……さぁね。分からないわ?」
——呆気なく匙を投げた。どうやら彼女としても初めての出来事だったらしい。
「森の外からすごく強い魔物がやってきたのかも知れないし、どこかで火事や災害があったのかも知れないし……。まぁ、いずれにしても、あなたは一度町に戻った方が良いんじゃない?ここにいても、森のごく一部分しか分からないから」
グレーテルはそう言いつつ、どこか寂しげな表情を浮かべた。
実際、彼女は寂しかったようである。小枝がやってくる前に、彼女の家に人がやってきたのは3年ほど前のこと。グレーテルの母親が亡くなって、その葬儀のために森の外から他の魔女たちが来た時以来のことだったのだ。にもかかわらず、話が合いそうな小枝が、すぐに町に帰ってしまうというのだから、寂しくなったとしても仕方ないと言えるだろう。
小枝はそんなグレーテルの事情は知らなかったものの、彼女がどんな状況にいるかくらいは想像できていたようだ。なにしろ、ここは、人が寄りつかないほど森の奥地。そして小枝自身も、現代日本で、今のグレーテルに近い生活を送っているのだから……。
「……グレーテルさん、私がいなくなっても、1人でおトイレに行けますか?」
「あ゛ぁ゛?あんたやっぱり喧嘩売ってんのね?!」
「その様子なら大丈夫そうですね。今度、ここに来る時は、何かお土産を持ってこようと思います」
小枝はそう口にすると、茶に対するお礼を言って、椅子から立ち上がった。
そんな彼女の後ろ姿に——、
「……甘いお菓子が良い……」
——と、グレーテルは小さく呟いていたようだが——、
「……えっ?」
「さっさと帰りなさいよ!もしかしたら……町で何かあったのかも知れないんだから!」
——小枝の耳にグレーテルの要望が届いたかどうかは不明である。
"4日目"は恐らく毎日更新できるのじゃが、"5日目"はストックの関係上、毎日更新するのは難しいかも知れぬのじゃ。
今のうちにアナウンスしておくのじゃ?